19 内部分裂
根来と祐介は、この暗号を睨みながらしばらく考えていたが、そのうち、鞄の中から転がり落ちたノートをふと見つけた。根来はそれを手に取って、数ページめくり、おかしなことに気付いた。そのノートはどうやら東三の日記だと思われる。その内の一枚のページが丸ごと破り取られていたのだ。
「なんだこりゃ、妙だな」
根来はノートのページをべらべらと操り、繰り返し、破かれているそのページを睨みつけた。
「何が書いてあったんだろうな」
「ちょっと見せてください」
祐介は、久しぶりに探偵らしく、東三の鞄から落ちてきたルーペを拾って、そのページをまじまじと観察し始めた。
「おおっ、いいねえ、少年探偵団みたいじゃねえか。俺も小さい頃、読んだぜ。やっぱり探偵はそうじゃねえとなあ」
「静かにしてください」
祐介は恥ずかしくなって、根来を黙らせた。しばらく、ノートを眺めていると、いくつかの事実が浮かび上がってきた。
「これが破られたのは少なくとも、昨日の六時以降です」
「六時以降?」
根来は素っ頓狂な声を上げた。
「この破かれているページの前のページは、昨日の日付の日記です。その内容を読むと「今は六時だ」と書かれています。そして、東三さんの筆圧は強いものらしく、全て、裏のページに字の跡がくっきりと移っているのです。ところが、この破かれているページの後ろのページには、破かれているページの前のページの文字がまったく移っていないのです。つまり、昨日の六時には、ここにはもう一ページあったことになります。すると、簡単な推理ですが、このページが破かれたのは昨日の六時以降ということになります」
「なるほどね」
「そして、破られたページの後ろのページには、日記の文字の代わりに、あの「水無月の七つ半」という暗号の文章が、うっすらと移っているではありませんか」
「何だって……」
根来は、魚に食いつくワニのように、祐介の持っている日記に飛びついた。見てみれば、破り取られたページの次のページに、確かにうっすらと「水無月の七つ半……」という文章の跡が見える。
「その文字は、東三の日記の筆跡とはあきらかに異なるものです。したがって、昨日の六時以降、あの暗号文の内容をこのページに書き写し、破って持ち去った人物がいたことになります」
「お、おい! そ、それって、犯人じゃねえかよ」
祐介は黙って頷く。根来はしばらく俯いて黙っていたが、はっと顔を上げると、
「だが、まてよ。犯人がこの暗号を持ち去ったのだとしたら、犯人は埋蔵金の相続権がある人物に限られてくるじゃねえか。すると、やはり昨日の殺人は内部犯の犯行だったことになるな!」
根来がそう叫ぶと、廊下の窓がガタッと音を立てた。二人が驚いて振り返ると、そこには沙由里が窓に寄りかかるようにして、立っていた。
「刑事さん。今、言ったこと本当ですか……」
一番、聞かれたくない奴に聞かれちまったな、と根来は慌てて、立ち上がると、
「いやあ、冗談ですよ。ははは。なあ? 羽黒……」
それはいくらなんでも無理があるだろう、と祐介は思ったが、他に言い訳のしようもないので、
「そうですよ。ジョークです。根来さんはいつもブラックジョークを言うんですから……」
沙由里は二人の言葉を無視すると、何か考えがあるような表情を浮かべ、そのまま一目散に廊下を走り出した。そして一同の集まっているリビングに飛び込み、
「やっぱり私たちの中に犯人がいるんだわ!」
と叫んだのだった。しばらく、リビングはがやがやとしていたが、英信が青い顔をして、廊下をふらふらとこちらに向かって歩いて来た。
「根来さん……あ、あの……私たちの中に犯人がいるって言うのは……あの」
と、完全にしどろもどろになっていた。その後ろには他の家族が電車ごっこでもしているかのように、ついてきていた。
「……い、いや、その、ジョークですよ」
根来もその強引な説明を続ける。すると、沙由里はじれったそうに、
「犯人は、そのノートに暗号を書き写して、破り取っていったんだって!」
「暗号……? だって、沙由里、暗号の内容はみんな知っているじゃないか」
「もう一個あったんですよね! 刑事さん」
すると英信が目を大きく見開いて、
「もう一個! 暗号が? 根来さん。み、見せてください! 一体、それはどんなものですか!」
英信に肩を掴まれて、根来はもう訳が分からなくなっていた。
すると元也が、吐き捨てるように、
「だけどよ、俺たちの中に犯人がいるんだとして、その暗号をコソコソと書き写していったってことは、そいつは埋蔵金を独り占めにするつもりなんだろうな」
と腹立たしげに言った。
「この中にいるんだろ。おい、どういうつもりなんだ!」
元也は周囲の人間に怒鳴る。すると、幸児が震えた声を出した。
「ひどいな。兄さんは俺や沙由里が犯人だって言うのか」
「お前たち以外に、犯人が暗号を書き写していく必要はないだろうが! 尾上和潤の血縁者でなければ、埋蔵金の相続権ははじめから無いんだよ!」
「で、でもな、私たちにはアリバイがあるんだよ、元也!」
と英信は震えた声で、息子に必死に反論する。
「何かしらトリックを使ったんだろう。だが、これではっきりした。うかうかしていたら、幸児や沙由里に埋蔵金を取られてしまう」
「兄さん。俺が犯人だと本気で言っているのか!」
「やめろおおおおおお!」
根来は喉が痛かったので、その声はあまり響かなかった。その為、口論はそのまま続行となった。
「兄さんこそ、さっきから埋蔵金、埋蔵金って、あなたこそ、よっぽど殺人の動機があるわよ!」
「なんだと! 沙由里。お前は俺が埋蔵金欲しさに東三や双葉を殺したと言うのか!」
「あなただって、私たちに同じことを言ったわ!」
「ああ! だって沙由里は、昨日、東三と口論になったじゃないか!」
「おい。言わせておけば!」
幸児がそう叫んで、元也に飛びかかり、二人は廊下で激しい揉み合いになった。根来が慌てて二人を押さえにかかり、三人は勢いよく廊下の床に転がった。
「部屋に戻ってもらおう! 殺人現場前で揉め事を起こすな!」
根来がそう怒鳴ったので、この騒ぎは一旦、収拾されたのであった……。
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