18 二つ目の暗号

 さて、埋蔵金をめぐる争いは、二人のライバルの死によって一旦、終息したものと思われた。しかし、後になって考えてみれば、犯人が外部犯であるということがまだ信じられていたこの時は、これからの四日間でもっとも平穏な時間だったと言えるだろう。少なくとも、尾上家の人間は内部分裂をしていなかったのであるから。

「今日はどうしますか。根来さん」

 英信は浮かない顔で尋ねてきた。

「どうって何がですか」

「埋蔵金のことです」

「そんなものは後回しです。何しろ、人が殺されたのですからな。この島には、殺人鬼がいるかもしれないんだ。この四日間は埋蔵金のことを諦めてもらわんと困りますな」

「それは確かにそうですね。それにライバルもいなくなったことですしね。そうだ。本当に良かった」

 根来がジロリと睨むと、英信は何も言わなくなった。

「皆さんは戸締りをちゃんとして、この洋館の中にいて下さい。私たちは少し昨日の事件のことで調べたいことがあります」

「分かりました」


 根来と祐介は、ダイニングルームを出ると、東三の部屋へ向かった。ドアの鍵を開けて、室内に入る。昨日と同様の、酷い有り様である。

「持ち物を調べましょう」

「何か考えがあるのか?」

「少しだけ」

 祐介は何か考えている様子であった。東三のボストンバッグを開けて、持ち物を確認してゆく。根来も着替えなどを確認する。しばらくして、祐介は一枚の封筒を見つけた。

 慎重に封筒の中身を確認する。そして、その中から一枚の折りたたまれた和紙を取り出した。

「何だそれは」

「開いてみましょう」

 祐介がその和紙を開くと、そこには筆で、


  水無月の七つ半

  十二の穴を

  左の手に

  入るべからず


 と書かれていた。これを見た瞬間、根来は驚きのあまり転げそうになった。


「羽黒! こ、これは暗号の続きじゃねえか」

「そうですね。東三さんはこれを隠し持っていたわけです」

「この勝負、東三がはじめから有利だったんだな。暗号は二つもあったのか。しかし、おかしいな。犯人が埋蔵金目当てで東三を殺したのだとしたら、なんでこの暗号を盗んで行かなかったんだろうな」

「犯人は、この暗号の存在を知らなかったのかもしれません」

「それもそうだな。ところで、羽黒。この暗号をどう読む?」

「水無月というのは六月のことですから、まさに今月のことです。東三さんがこの時期に、尾上家の人間をこの島に呼び寄せたのも、六月という月に重要な秘密があることを知っていたからなのでしょうね。ちなみに七つ半というのは、昔の時間です」

「それで何時のことなんだ」

「これは少し難しいですね。明安さんが不定時法を考慮に入れているのか、いないのか」

「不定時法?」

「江戸時代の人は夜明けと日暮れを起点として、昼と夜を区別しました。昼間と夜を各々、六等分して一刻としました。そして、正午の刻を「九つ」それが一刻ずつ減っていって、最後の刻を「四つ」という数え方をしたのです」

「九つから四つに減っていく……意味がわからない。俺はそんなことに詳しくなりてえんじゃねえんだよ。問題なのは七つ半が現在の何時かってことだ」


「それが、夏と冬で違うんです。先ほどもいいましたが、夜明けと日暮れを起点として、昼間と夜を区別しています。ちなみに夜明けと日暮れの刻は「六つ」になります。ところが夏至と冬至では昼間の長さが違いますからね。昼間が長いので、一刻もそれだけ長くなるわけです」

「なに? 一刻ってのは夏と冬で長さが違うのか」

「昼間と夜でも異なります」

「明安はそこまで考慮したかな」

「それがわからないんです。単純に、現在の時間に対応させる場合は、一刻を二時間とみなして、昼間の七つは、午後三時から午後五時までの二時間で、七つ半はその中間の午後四時です。暁七つ半ならば、午前四時となります」

「なるほど。しかし、不定時法だとどうなるんだ?」

「そうですねぇ。現在の新潟県の日の出は、四時半、日暮れが五時ですから、昼間の一刻は約二時間と五分ぐらいになると思います。五分の誤差ですから、七つ半は四時より数分、早くなるとは思います。まあ、どちらにしても、七つ半は四時頃と思われます」

「大して変わらねえじゃねえか。今までの解説はなんだったんだ。まあいい。なるほどな。四時頃か!」

 根来は満足げに頷いた。

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