7 島の地図

 さて、そのしばらく後、東三の義理の兄の双葉だとか戦国武将めいた名前で呼ばれている男も二階の自室に戻ってしまって、リビングに残されていたのは、根来と祐介と英信の家族だけとなった。祐介はテーブルの上の暗号文をメモ帳に書き写すと、じっと文面を見つめながら、

「短いですね」

 とだけ言った。それだけの取るに足らない言葉であったが、根来には重要なことに思えて、祐介の顔を見ると、

「何が短けえんだ」

 と尋ねた。

「文面が、です。本当にこれ一枚なのでしょうか」

「東三さんの話じゃそうだったな……」

 根来はそんなことか、とあまり気乗りのしない様子だった。

「おかしいのはあの東三って野郎だ。なんだって、こんなところで喧嘩を売ったのか。しかし、沙由里さんのは良かったのよ。あれにはスカッとしたな。第一、ヤツは一族の抗争を起こしてえと思ってるとしか考えられねえんだよな。どうなってんだ。まったく」

 沙由里はまだ気分が悪そうにうつむいていた。

「おかしいですよね。こんな遺言」

「だけどさ、早い話が俺たちが先に埋蔵金を見つけちまえば良いんだろ」

 元也がさも愉快そうにそんなことを言ったので、根来はジロリと元也を睨んだ。元也はどきりとして静かになった。


 お人好しの幸児は何と言うのだろうか、と根来は幸児の様子を伺った。とは言っても、お人好しというのは根来の勝手な印象なのだが。見れば、すっかり静かになってしまって、備え付けの家具と同じような影の薄さになっていた。

「これはひどいことになりましたね」

 幸児はぽつりと言うと、それだけで後はもう何も言わなかった。その背後で、恋人の未鈴が心配そうに幸児の背中を撫でているのであった。

「それで、島の北側にある天狗岩と言うのは……?」

 祐介が時子に尋ねた。時子ははっと祐介の精悍な表情を見つめて、しばし呆然としたが、すぐに我に返って、

「そうですね。確かこの島のことは、この青月館の地下室にしまっている地図に詳細な説明が書かれているという話でした」

 と言った。

「和潤さんが、あなたにそう仰ったのですか」

「はい。あくまでも雑談をしている時に教えてもらったことなんですけど」

 祐介は、島の地図を見つけ出すこと、天狗岩を確認することの二つが何よりも重要なことに思われた。

「根来さん。そして英信さん。この洋館の地下室に行ってみたいのですが……」

「そ、そうですな! それに、このことはあいつらは知らんと見える。すぐにその地図を見つけて、私たちだけで天狗岩に行きましょう」

 英信は椅子に座るのだが、立ち上がろうとしているのだが、分からない中途半端な体勢で言った。


 地下室の階段を降りてゆく。ここは貯蔵庫と言った印象で、冷んやりとした空気が体に触った。祐介と根来と英信は急な石段を降りて行き、見たことのないようなガラクタまみれの地下室にたどり着いた。壊れた古時計、日に焼けて黄ばんだ古本の山、西洋風な人形が室内にいくつも並び、変色した古い箪笥も置かれていた。さらに、そこには日本刀が何本か飾られていたのである。

 根来は日本刀の一本を手に取ると、鞘から抜いて、刀身を電灯に照らした。

「おい。羽黒。これ護身用に使えるんじゃねえのか?」

「それじゃ、こっちから喧嘩を売るようなものじゃないですか。それよりも地図を探して下さい」

 そして、英信と祐介が床に散らばったガラクタをひっくり返している間、根来は興味深げに箪笥を見つめていた。

「しかし、この地下室までよく運んできたなぁ。引っ越し屋の働きっぷりを見ても同じことを思うんだが……」

 と寝言のようなことを言いながら、引き出しを開けた。すると、引き出しの中に、古い紙のようなものが折りたたまれて入っていたのである。

 根来はその紙を開いた。そして叫んだ。

「おいっ! 地図ってこれじゃあねえのか」

「なんですって、根来さん。なかなかやるじゃないですか」

「羽黒。お前なんでいつになく上から目線なんだ。まあ、いいや。見てみろよ。大したもんだろ」


 その地図を見てみると、この青月島が辣韮らっきょう型の島であることが分かる。島の南側に桟橋があり、そこから北へと向かうと、ほど近いところに洋館の絵が描かれている。南側には白い砂浜が長く続いているようである。

 問題なのは、東側と西側に無数の洞窟があると書かれていることである。地図上でははっきりと分からないが、この島の内側には多くの空洞が存在するのかもしれない。

 そして、北側の海岸には「天狗岩」と「十二支岩」の文字が書かれていた。どうやら、このあたりに奇岩が多く存在するものと見える。

「しかし奇妙な島ですな。岩と穴ぼこだらけってことか。まあ良い。とにかく、この天狗岩に行ってみんことには何も分からんですな。英信さん」

 根来は島の地図を見たせいか、やる気が出たようである。それを聞いて、英信も明るい声を出した。

「そうですね! 早く行きましょう。あいつらも、時子の話を聞いて、天狗岩に向かっているかもしれません」

 しかし、祐介はしばらくその地図を興味深そうに眺めていた……。

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