6 話し合い

 二人の部屋のドアをノックする音が響いた。根来がドアを開くと、そこには英信が不安そうな表情を浮かべて立っていた。

「今からリビングで、東三さんとの話し合いが始まりますから、よろしくお願いします」

「何の話し合いですか?」

「ついに暗号が公開されるのです。良いですかな。暗号を見た瞬間から推理を始めて下さい。あいつは埋蔵金を分配することを提案してくるかもしれませんが、私どもはそれを決して認めません。とにかく、暗号の内容を知ったら、すぐに推理を始めて、彼らよりも早く埋蔵金を見つけるのです」

「そんな喧嘩腰で良いのですかなぁ」

 と根来は不機嫌そうに答えた。

「そんな態度を取れば、それこそ血で血を洗うようなことになりかねんのでは……」

「いいえ! 埋蔵金は、私どもが手に入れるのです! この点に関してはいかなる助言も受けませんぞ。あなた方は、とにかく埋蔵金のありかを推理をしてくだされば、それで良いのです」

 何を言っても分からなそうな英信の態度なので、根来はむすっと黙って、つまらなそうに頭を掻いた。

「それでは、一階のリビングでお会いしましょう!」

 と英信は叫んで、震える手足を無茶に動かして、廊下を走り、バタバタと音を立てて階段を転げ落ちるように降りて行ったのである。


 根来と祐介がしらけながら、螺旋階段を降りてゆくと、二階の廊下から黒眼鏡の男が現れた。

「ああ、あなたは双葉そうようさんですな」

 根来はそう言って話しかけた。

「あなたは……お話は伺っています。群馬県警の……」

「根来です」

「なんでも、私どもの間でトラブルが起きないように見守って頂けるということですね。群馬県の方ですか」

「そうですな」

「ふん。それなら私と似たようなものですな」

「なんですって?」

 男は黒眼鏡をついと上を押し上げると、さもつまらなそうに、

「なに、そのことは帰りの船でお話しましょう」

「そのご様子ですと、双葉さんも群馬県のご出身ですかな。しかし、お父さんの和潤さんは山梨県の方だと思いましたが」

「なに、母のことですよ」

 その後、男は何か意味ありげに言ってすぐに黙ったので、根来はいささか妙な気分になって、

「すると、お母様は群馬のご出身ですか」

 と尋ねた。

「ええ。高崎の人間でした。しかし、そのことは今は語りたくありませんな。それよりも、これから始まることをどうお考えです」

「なんですって?」

「血を見ることになるだろうとは思いませんか。私はこんなふざけたことは嫌だな。それでも金は金ですよ。莫大な資産だ。やるだけのことはやるつもりです」

 それだけ言って、黒眼鏡を抑えながら、さっさと階段を下ってゆくその男の後ろ姿を、根来と祐介はぼんやりと眺めていた。


 かくして、リビングに集まったのは十一人。長方形のテーブルを囲むように座った。

 愛人の子供である東三は、集まった人間をじろりと睨みつけると、何も言わずに、鞄の中から一枚の和紙を取り出した。

「そ、それが……」

 英信は弾かれたように立ち上がった。東三は不満げに英信を座らせると、

「ちょっとは落ち着いて頂きましょうか。英信さん」

 と鋭く睨みつけた。

 すると、英信の長男である二十代後半の元也は、クックックとさも可笑しそうに父を笑い、

「そうだよ。父さん。そんなに慌てていたら、恥をかくだけだよ。なぁ、幸児」

 と言って弟の幸児を見る。

 ところが、幸児は何も言わずに元也の目を見ているだけだった。それを聞いて、英信は恥ずかしそうにハンカチで額を拭ったのであった。

「ご承知の通り、父は我々に埋蔵金の場所を示している暗号文を残しました。それがこれです」

 東三を除いた十人の視線が、一斉に和紙に集まる。根来と祐介も、さてどんなもんだろう、と目を輝かせて文面を覗き込んだ。そこには、筆でしたためられた四行ばかりの文章があった。


  天狗の鼻が突き出すところ

  極楽へ向かえ

  右の手に

  青月の夜


 しばらくの沈黙の後、英信は首を傾げながら顔を上げた。そして、

「天狗の鼻……」

 訳のわからないとばかりにポツリと口に出したのであった。

「分からんでしょう」

 東三は、半分は確認するような、また半分は断定するような強い口調で誰ともなしに言った。

 テーブルの席に座っている者は皆、何も言えずにその暗号文を見つめているばかりなのであった。

「へえ。これは狂った暗号だな。面白いじゃないか。天狗の鼻が突き出すところだって、そんなところがあるのかい。この島に」

 元也はさも可笑しそうな口調で言った。祐介は先ほどから、この元也の言動がどこかひどく浮かれているような、風変わりな感じがしていた。どこか、この状況の深刻さに合わないような調子外れの狂った感じが、元也から感じられたのである。

「天狗の鼻……ありますよ」

 突然、予想外の言葉が天井に響いた。一同は、一瞬誰の発言か分からず、いくつも視線がテーブル上を交差した。

 すると、英信の妻である時子が真剣な顔をして、一同の顔を見まわしてから、

「天狗の鼻、私、聞いたことがあります。和潤さんから」

 と言った。

 英信は一瞬、ぼけっとした顔で時子の顔を見ていたが、はっと何かに気づいて、慌てて人差し指を立てて口に添え「しいっ」と言った。東三と双葉の二人に、この事実を隠そうとしたのだろう。しかし、時子はそんなことは御構いなしに、

「島の北側に、天狗岩という奇岩があると、和潤さんから聞いたことがあります。天狗の鼻と言うのは、そのことでないかと……」

 と言った。英信は、この人言っちゃったよ、といかにも残念そうな顔をして、不安そうにあたりの様子を伺った。

「天狗岩。それは一度見てみる必要がありますね」

 東三は感情のこもらない声で応えると、しばらく考えてから、鋭い視線を一同に走らせた。

「皆さん。祖父、明安の遺言によれば、埋蔵金の相続権はこの場にいる、私、英信さん、双葉さん、さらに元也君、幸児君、沙由里さんにあると思われます。しかし、残念ながら、実際に埋蔵金を手に入れるのはその内のたった一人です」

 と語り出した。


「狂った遺言だわ」

 一同の視線が沙由里に集まる。

「だって、そうでしょう? 違った?」

 そう言ってから、沙由里は不機嫌そうに視線を背けた。

 東三は沙由里をジロリと睨んでから、また語り出す。

「沙由里さんの仰る通りですな。確かにこの遺言は狂っている。だからこそ、この狂気を終わらせようと思うのです。さて、この通り、暗号文は公開されました。埋蔵金はこの島のどこかに隠されていると思われます。ここにいる人間は埋蔵金を手に入れる条件が同じということになります。さて、帰りの船が到着するのは四日後です。それまでに我々はこの埋蔵金を見つけるべきだと思う」

「それでは、埋蔵金を分配するのですか!」

 英信は不安とも恐怖ともつかぬ声で叫んだ。

「しない!」

 東三が、殺意のこもったような声でそう叫んだので、空気が一気に張り詰めた。

「祖父の遺言の通りです。手に入れるのは一人だけだ。だからこの四日間という間は、皆、敵同士なんだ。いえ、表現が過激でしたか。我々はライバルというものですね」

「それこそ狂ってるわ!」

 沙由里は興奮したように立ち上がって叫んだ。

「何が狂っているというんだ!」

「絶対におかしなことになります!」

「分からんかな。沙由里さん。私はこの通り、預かった暗号文を君たちにちゃんと公開をしているのだぞ。本来ならば、君たちに教えなくったって……」

「それとこれとは問題が違います!」

「じゃあ、君は権利を放棄するというのか!」

 この口論の様子を、一同は呆気に取られて見つめているばかりで、誰も仲裁に入ろうとしない。英信は腰を抜かしたような顔をしているし、元也はへらへらと笑い、お人好しの幸児はうつむいていた。

 根来は(言わんこっちゃねぇ……)と祐介を見た。(俺が、あの東三って男を背負い投げすれば、済む話なのか?)と背負い投げの手つきを見せると、祐介は首を横に振った。

「まあ、良い。これからの四日間はこんな口論ぐらいじゃ収まらんだろう。しかし、埋蔵金を手に入れる者はたったの一人だ。忘れるな!」

 東三はテーブルを蹴るように立ち上がると、何も言わずにそのままリビングから出て行った。暗号文はテーブルの上に残したままだった。

「こんな、こんなふざけた……」

 英信は、なぜか祐介の方に掴みかかって、悲痛な声を上げた。

「あいつら、予想を遥かに越えて、喧嘩腰じゃないですか!」

「僕に言われましても……。まあ、ここには根来警部もいますし、善処しましょう」

「おい。なんか最悪な事態になってないか?」

 根来はいかにも不機嫌な声を出した。

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