5 青月館

 青月島の桟橋に上陸する。そこは、両側に美しい砂浜が続いていて、その先には突き出た岩場が広がっていた。

「そんじゃ、私は帰りますけど。次はいつ頃、迎えに来たら良いのでしたっけ」

 漁師は、自分の髭の毛並みが気になるらしく、顎を撫でまわしながら、感情のこもらぬ口調で英信に尋ねた。

「四日後の早朝に、この桟橋まで迎えに来るようにしてください」

「四日後ですね。ここには電話線は通っておりませんし、携帯も圏外ですので、それまでに何かあったらことですなぁ。しかし、まあ、刑事さんもいるから大丈夫でしょう」

 と漁師は勝手に心配して、勝手に安心する。それを言われた時の英信の顔と言ったら、すっかり青ざめていた。漁師は気にしないで、笑顔を振りまくと、漁船に乗って本土に帰っていったのである。

「行きますか。英信さん」

 東三は、漁船を見送る英信にそう言って、何か意味ありげに笑った。

 そのまま、一行が岩場に挟まれ曲がりくねった道の上を歩いて行くと、丘の上に古めかしい洋館が立っているのが見えた。


 それは八角形のドーム型の塔を四つ角に備えている、ルネッサンス様式の三階建ての木造の洋館なのであった。石積みの基礎の上に建っていて、屋根はレンガ風な赤色に着色された鉄板葺き、壁は白いしっくいの塗り壁、窓やドアの縁などは緑色に塗ってあるのである。

 まったくもって、お洒落極まりない洋館であるから、まさかここで殺人事件が起こるなど想像もできないのである。普通のミステリーは、いかにも不気味な外観の洋館で殺人が起こるものである。しかしこの洋館は、あまりにも明るく洒落ているので、根来と祐介はなんだか拍子抜けして、すっかり安心してしまった。それにしても、この建物、かなり奥行きがあるので、館内は相当広そうである。

「こりゃあ、すげえな……」

 根来は率直な感想を述べた。

「この建物は、青月館せいげつかんと言うんですね」

 祐介は英信に尋ねる。英信はこくんと頷く。

「もちろん、私どもも初めて見るのだが、それにしても立派ですねぇ。管理は地元の方に依頼しているのですが、今でも普通に使えるようになっていると思いますよ」

「ここは尾上家の別荘、ということなのですか?」

「そう! そうです。とは言っても、現在は、父の遺言通りに、私どもと、潤一さん、双葉さん、東三さんが共同で所有していることになっているのですが、この建物もまた、埋蔵金を発見した方が所有することになります」

「そうなんですか。ふむ。戦前の建築ですね」

 祐介は興味深そうに建物を観察する。石積みの基礎部分を撫でまわして、満足げに頷いている。根来も完全に旅行気分になって、デジカメを取り出すと腰をかがめながら洋館を撮影をしている。

「お二人さん、中に入りますよ」

「お先入ってて下さい。まだもう少し外側を見たいので」

 祐介のその言葉に、英信は呆れた顔をして、家族を連れて館内に入って行った。


 根来は嬉しそうに見上げると、

「こりゃあ、すげえな。羽黒」

 と言った。

「ええ、素晴らしい造りです。しかし、ここまでどうやって木材を運んだんでしょう。船ですかね。大変ですねぇ」

 とどうでも良いことを嬉しそうに語り出す。根来も、

「こりゃあ、本格的に旅行気分だな。後で島を探検しようぜ。宝探しもしような」

 もはや、ふざけているとしか思えない台詞である。しかし、宝探しは決してふざけている訳ではない。この島に莫大な価値を有する埋蔵金が隠されていることは間違いないのである。

「しかしな。この島、でかいとは言っても実際は大したこたねぇだろ。手当たり次第に探せば、暗号解かなくったって、埋蔵金は見つかるんじゃねえのか」

「そうですね。でも、その辺に放っぽり出してあるはずもありません。どこかに埋めてあるのでしょう」

「埋めてあんのか。じゃあ、掘りゃあ良いんだな。こうなってくると、俺たちはトレジャー・ハンターってやつだな」

 楽しそうな根来の顔を見て、祐介は根来の意外な一面に気づいた。根来はきっと「宝島」を読んで育ち、若い頃に、某トレジャー・ハンターの冒険映画を見たのだろう。何か童心に返ったように嬉しそうにしている。

「根来さん」

「どうした」

「本当にこんなふざけた態度で良いのでしょうか」

「仕方ねえだろ。まだ何も起こってねぇんだから」

 二人は石積み基礎部分にしがみつくようにして、このような下らない会話に精を出していたのである。


 二人が緑色に塗られた玄関のドアを開いて、中に入ると、さすがに日本人の造った建物とあって、土間があり、靴を脱ぐようになっている。

 廊下は床と天井がピカピカに磨かれた木造りで、ドアやその縁、階段の手すりなどは全て柔らかい緑色に塗られている。白い壁と白いカーテンがほのかに光を帯びていて、廊下の両側を明るくしている。

 階段は八角形のドーム型の塔の中にあり、螺旋状に三階まで続いている。

「古めかしいなぁ。しかし、雰囲気があって良いぜ」

「ちょうど、弘前市にある市立図書館もこんな洋館でしたね」

「弘前市の市立図書館? なんだ、それは。ああ、行ったことがあるぞ。しかし、あれよりもずいぶんとこっちの方が大きいがな」

 羽黒のどうでも良い洋館トークを防いで、根来は雰囲気に浸る。

「お二人のお部屋は二階です」

「えっ? おお、すみませんね」

 英信は、心配そうな顔でドアの端から見ている。二人は鍵を手渡してもらって、教えられた二階の一番奥の部屋に向かった。

 二階もやはり同じような廊下が伸びていた。その一番奥の部屋のドアの前に二人は立つ。祐介は一言。

「鍵は新しいものに作り替えてありますね」

 確かにドアには、現代的なシリンダー錠が備えつけてあった。昔ながらの、てるてる坊主のような形で、室内を覗けるタイプの鍵穴を期待していた祐介は、いくらか表情が暗くなった。

「なんだ、残念か」

「いえ、こっちの方が安全ってことですよ」

 とちょっと不服そうに言った。根来は気にせず手に持っていた鍵を鍵穴に差し込んだ。ドアが開くと、ちゃんと室内には白いベッドが両側に並んでいた。正面には緑色の縁に囲まれた窓があった。

「こりゃまた、品があるなぁ」

 満足そうな根来をよそに、祐介は、窓の鍵を開けて、押し開いた。新鮮な海風が室内に吹き込む。淀んだ空気が一変した。

「羽黒」

「なんですか?」

「正直に言えよ、旅行気分だろ?」

「旅行気分です……」

 そう言ってから、二人は声を揃えて笑うと、デジカメを片手に窓から景色を撮影し始めたのであった。この時、二人は夢にも思わなかった。この洋館で血塗られた惨劇が巻き起こることになろうとは……。

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