8 天狗岩
館から島の南側の砂浜を歩いて、島の東側の縁をなぞるように、南側から北側へと回り込む。これはちょっと大変なことである。さらに途中で、東側の海岸が歩行困難な岩場になってくるので、それを避けて、島の内側のコースに入り込み、そのまま一気に中央の森を突っ切って、北側の海岸へ抜けるのだが、これもまただいぶ骨が折れることである。
結局、根来と祐介と英信の三人だけで天狗岩の下見をすることした。三十分ほど歩いてゆくと、ぱっと森の木々の間から日光が見え、視界が開けた。そこには大きな巨石がごろごろと転がり、波音を立てる海と、暗ったい曇り空が視界一杯に押し寄せてきていたのである。
見れば、その海岸の真ん中あたりにひどく大きくて、ノッポな巨石が立っていた。四メートルほどの高さだろうか。その真ん中あたりから鼻のようなものが海に向かって突き出していた。
「これが天狗岩ですか」
根来はさも感心したように頷いた。
「そのようですな。そして、たぶん、あれが十二支岩」
英信が指を指したところには、確かに十二個の岩が転がっていた。天狗岩の足元よりも、少し海寄りのところである。
これは、一つが六十センチぐらいのものから、一メートルぐらいのものまである。ぱっと後ろ姿だけ見ると、十二支の形には見えないが。
「おい。これは加工されているな」
根来は十二支岩に近づいて、思わず声を上げた。それを聞いて、祐介と英信も近づいてくる。そして、岩を海側から見て、同じように驚きの声を上げた。
「これは石仏のようなものですね。ちゃんと表側を彫り込んで、猿っぽくしてあります」
なるほど、民間のお地蔵さんぐらいのクオリティーに過ぎないが、確かに石の表面を彫り込んで、どうにか動物らしく見えるように作り込んである。
「これは、どういう訳ですかな」
根来は考え込んだ。しかし考え込んでも、答えが一向に出てこないのである。
「明安さん自身が、このようなことをしたとは思えませんね。それにこの岩、遥か昔に彫られたものと見える。像容から見て、おそらく江戸時代のものですね。その頃、この付近の漁師が立ち寄った際に彫ったものでしょう。このあたりで生活を営んでいた漁師は、この島に立ち寄る機会があったのでしょうね。それで島の鬼門に当たるこの場所に、このような縁起の良い石造物をいくつも作ったのでしょう」
と祐介も、証拠もろくに無いくせに、勝手な推測をもっともらしく語り出す。それを聞いた英信はすっかり信じ込んで、はあ、はあ、と頻りに頷くのであった。
「だが、十二支岩のことは一旦置いといて、暗号文のことを考えてみろ。始まりは「天狗の鼻が突き出すところ」だぜ。つまり天狗岩のこの突き出した鼻の下に立てってことじゃねえのか?」
根来はそう推測すると、十二支岩なんかどうでも良いとばかりに、一人で歩いて行って、天狗岩の突き出した鼻の下に立った。
「何か変わったことは?」
「特にねえな」
祐介も近づいて、真下から天狗岩の鼻を観察したが、特に文字が彫り込んであるというようなこともなく、ただ時間ばかりが過ぎてゆく。
そこで、祐介は英信の方を向いた。
「確か、暗号文ではこの後「極楽へ向え」とありましたね」
「そうでしたな」
「極楽というのは西にある。西方浄土というぐらいですからね。この海岸を西に向かって歩いてみましょう」
それを聞いて根来はハッとしたように、
「そうか! それだよ。羽黒。俺の立っているこの場所から西へ進んでゆけば何かがあるんだ」
と叫んだ。
こうして三人は、四方八方に視線を彷徨わせながら、天狗岩の地点から海岸を西に向かって歩き始めた。変な形の岩はそこら中に転がっているが、別に文字が彫り込んであるというようなこともない。次第に海岸は細くなってきて、左手に広がる森が間近に迫ってきてしまった。そして、三人は小高い崖に突き当たって、歩ける浜辺はもう目の前になく、もはや先に進めないところまで来てしまったことが実感されたのである。
「おい。何もねえじゃねえか」
「推理をしていると、たまにはこういうこともあります。しかし、まだ分かりませんよ。暗号文はこの後に「右の手に」と書かれているので、この場で右を向けば、何かがあるのかもしれません」
祐介がそう言うので、三人はその場所で回れ右をした。すると眼前には、どんよりと暗くなってきた空と、重苦しい雨雲に押し潰されているような、物言わぬ海が虚無的な波音を立てているばかりであった。
「きっと歩いてくる途中で、右を向かなきゃいけなかったんだよ」
と根来は祐介に力説した。
「そうですかねぇ……。一応、確認していましたが、何もありませんでしたよ」
祐介は、納得がいかなそうに首を傾げる。
「まあいい。俺の考えでは、この暗号文の最後が「青月の夜に」という風になっているところから、きっと夜中に来なきゃ分からねえようになってんだと思う。そろそろ、夕暮れだがな。今日は雨が降りそうだ。一旦、館に帰ろうぜ」
「そうですね」
見れば、英信は寂しそうに海岸を眺めていた。そして、ポツリと、
「手がかりは無し、か……」
と呟いた。
祐介は英信の後ろ姿を見ながら、根来に小声で、
「何だか気の毒ですね」
と耳打ちしたので、
「同情することはねえよ。金は嫌というほど待ってる男なんだから」
と根来は、祐介に耳打ちをし返した。
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