第4話 NENE「ハッピーエンド」
まさに帰ろうとしていたところだったが、私たちは工房の外にある、木のイスに腰かけて少し話をすることにした。
磐田先生は紅茶を入れてくれた。
「高校を卒業する直前の春休みのことでした。」
「私は大学受験に失敗し、友達との卒業旅行に行く気分にならず、かといって家にもいたくはなかったんです。」
「貯めたお小遣いでどこか遠くの田舎に行きたいと考えていたのです。」
「たまたまやってきたのがこの場所でした。」
「そして、私はここにいよう、と心に決めました。」
「師匠である山田先生の工房を訪ねて感動したのです。こんなものが世の中にあったのか、生み出すことができるのか、と心を揺さぶられました。」
「山田先生は80歳でご高齢でしたが、まだまだお元気で、私が何度も弟子にしてくださいと言っても執拗にお断りなさいました。」
「『先生、でも先生の作品はこれからも創り出して行かないともったいないんです、私がそれを継いでいきます。』と言ったら、『それはわしがもうすぐ死ぬって意味なのか』と逆にとても怒られました。」
「でも、しばらく考えてからご納得されたようで『まずは2年。そこで見込みがないと思ったらそれまでだ。』とおっしゃわれて、今に至る、というわけです。」
「先生は工程を見せては下さいましたが、殆ど指導と呼べるようなことはしてくださいませんでした。」
「ですから2年の期限が段々近づくにつれて、私はどんどん不安になっていったのです。期間内に先生を納得させられそうもないこと、諦めて地元に戻らなければいけなくなったらどうしようか。色んなつらい思いが重なってしまったのです。」
「それでサイトに登録したんですか。」
私は言葉をはさんだ。
「そうです。息抜き、というと失礼な話ですが。」
私も似たようなもんだ言って、二人で声を出して笑った。
この人は嘘をつかない人だ。信用できる。
そして気が合う。
と私は直感的に思った。
翌月、見本誌が上がり、それを持って私は寧々と長野に向かった。
大きなスーツケース2つを抱え、寧々のバギーを押しながらの移動は結構きつかった。私は、東京の家を引き払い、長野に引っ越すことにした。
磐田先生が受け入れてくれても、受け入れてくれなくても、そうしようと心に決めていた。でも正直言うと、磐田先生はきっと私たちを受け入れてくれるだろうと感じてはいた。
長野に移り、私は雑誌の編集の仕事は続けながら工房の手伝いを始めた。
磐田先生は前からすっかり決まっていたことかのように私たち二人を受け入れてくれた。
そしてまだ1歳だった寧々は小学生になった。
そのころ寧々は父親を凌ぐほど魅力的な作品が焼けるようになっていた。
本人の希望はわからなかったが、小さくてかわいらしい後継者が早くもできたようで、幸一も毎日うれしそうだった。
磐田幸一、あなたが寧々の父親だと私は信じることにした。
あなたと私の血液型はA型。寧々はB型だったけど。そんなことはもうどうでも良かった。
NENE usagi @unop7035
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