第3話 NENE「インタビュー」

校了を終えた翌日のこと。


陶器を特集する雑誌の取材で、私は寧々を連れて長野を訪ねた。工房は下諏訪駅からタクシーで30分ほどの、小さな山の中腹にあった。


陶器の職人さんのご自宅兼工房に到着してチャイムを鳴らすと、古い平屋の玄関が開いてジーンズに白のサマーセーター姿の男性が出てきた。痩せ型で身長は170cm半ばくらいで、精悍な顔だちをしていた。


会うのは今回が初めてだったが、妙な既視感を覚えた。


磐田幸一先生というまだ30を少し回ったばかりの職人さんは、伝統工芸の後継者に憧れて、高校を卒業してから長野に修業にやってきたのだという。

10年以上ベテランの職人さんの元で修業し、職人さんが亡くなった数年前からは自分の工房を持つようになったと聞いていた。

伝統的な手法はそのままに、シンプルで幾何学的なデザインを重ね合わせた陶器は、雑誌で取り上げられて人気が上がり、今では毎日数個を作り続けないといけないくらいの注文が来ているということだった。


「ようこそおいで下さいました。」

「東京からお越しですか。」


「はい。今日は日帰りなので、18時には出なければならないので、2時間ほどですが、是非どのようにお作りになっているのか、考え方・思いや、製造工程をお店いただければと思います。」


寧々がじっと磐田先生の顔を見つめていた。


「かわいい子ですね。いつもご一緒なんですか。」

磐田先生はやさしそうな顔をして言った。

まだ30そこそこなのに、それよりも10歳上に見えるくらい落ち着いた雰囲気をしていた。


「はい。母と娘2人だけの家族なんです、恥ずかしながら。だから1年間、ほとんど娘と二人で過ごしています。」


「それは大変ですね。」

「あ、いやお子さんもいらしゃって、なかなか自分の時間も取れないでしょうに、よくこういった仕事もされているな、と。尊敬します。」

「私なんか毎日が休みみたいな生活を続けていますので。」


「いや、私もそんな感じですよ。それに娘がいるからなんとかやっていっているとも言えますし。」

寧々はずっと磐田先生を見つめていた。


磐田先生は製作に入り、しばらくはお互いに言葉を発しなくなった。

寧々は寝てはいなかったものの、じっと周りの様子を見ていて、ぐずることも騒ぐこともなかった。


「今日はありがとうございました。私の主観が中心になってしまいますが、一旦文章にしてまとめ、校正をメールでお送りさせていただきます。きっと素敵な誌面になりそうな気がしています。」

私は帰りがけに磐田先生に言った。


「こちらこそ取り上げてくださって、しかも小さな子がいらっしゃるのにこんな田舎までお越しいただき、ありがとうございました。」

「また是非いらしてください。見本誌ができたときとかお持ちいただけますか。あ、いや郵送でいいものかとは思いますが、、、。」

もしかしてもう一度会いたいって言ってるのかしら、、、。まさか。


「そうですね。時間に余裕があれば、またお伺いさせてください。寧々も先生がお作りになってところを見るのが本当に楽しかったみたいで。」

「ねえ、寧々。」

見ると寧々はニコニコとうれしそうだった。


「先生にバイバイしないとね。」


「うううううぅぅぅああああああ!」

突然寧々が泣き出した。こんなことはめったになかった。

私は少し驚いた。


「どうしたの、寧々?」

寧々は磐田先生に向かって両手をまっすぐに差し出した。


私に許可を得ることもなく、磐田先生は寧々の手をとって持ち上げ、胸の中に抱きあげた。

寧々は泣きやみ、じっと先生の目を覗き込んだ。


「もしかして、本田さんですか。」

ここまで来たところで、いい加減私もそうかなと思っていた。


「というあなたはタカシさん?」


私はなんだかおかしくなり、クククと笑ってしまった。

見ると、磐田先生も笑っていた。

だって、あまりにも風貌が違いすぎたし、雰囲気だって。

あの時は、お互いに頑張って別なキャラクターを作っていたとわかり、ますますおかしくなった。


「最初から気になっていたんです。あなたにはどこかで会ったような気がしてまして。」

「ずっと考えていたのですが、思い出せなくて。」

「それに、なんでこの子が他人な感じがしないのかなって。」


磐田先生は少し間をあけて言った。

「きっとそういうことなんです。」


「そういうことなんですね、きっと。」

私も繰り返した。


「寧々にはこうなることがわかっていたのかもしれない。」

私たちは同時に寧々の顔を見た。

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