ランタンに願いをかけて

 人混みの中を、シルフィは一人で進む。先ほどもみくちゃにされたおかげで一緒に遊びに来ていたマユとははぐれてしまったが、もしはぐれたらお互いにランタンを飛ばした後、ある場所で落ち合うことにしていたため慌てるようなことはない。紺色の空に星と月が瞬いて、それよりも強い輝きを放ちながら、人々の願いがランタンに乗って空へ運ばれていく。

 ぱちりとシルフィは瞬いて、それを見上げた。願い事。自分が願うこと。……群のみんなの幸福だろうか。あまり欲がない彼女にとっての一番大事なものは家族……もとい、群に所属する人々の幸せだった。平凡で普遍的な物でありながら、しかしこの世界では誰もが等しく得られるわけではない物。彼女は目を伏せ、微笑を口元へ浮かべた。やはり、それしかないだろう。彼女は群のみんなが幸せならそれが一番嬉しくて、自分の幸せにつながることだったから。他者の幸せを感じれば、自らも幸せになれるのだ。自分の願いはそれがいい。

 きっとマユちゃんは恋の成就を願うんだろうな、と思いながらランタンに魔力を灯す。ふわりと手から離れて空へ浮かんでいくそれを見失わぬように見つめ、見送った。それはやがて他の人々の願いと混ざり合い、見えなくなる。シルフィは自分のランタンがどれかわからなくなってもしばらく空を見上げて、しかしやがて人混みを掻き分けながら待ち合わせ場所へ向かった。


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 夜空を漂う人の願いを眺めながら、マユはランタンをその小さな手で抱えている。彼女はシルフィよりもすぐに願うことを決めていた。

 ……願い事は口にすべきではない。良い夢を人に話すべきでない、ということと同じで、そういったことは心に秘めておくべきなのだ。故に、彼女が何を願ったのか、それは彼女以外が知る由もない。

 彼女はランタンをじっと見つめた後、手を離す。魔力の籠もったそれは他のそれと同じように重力の手から離されて、空へと運ばれていった。彼女はそれが空へとちゃんと飛んで行ったのを確認して、そのまま踵を返す。最後まで見送るようなことはしなかった。


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 待ち合わせ場所に先についたのはシルフィだった。彼女は華やぐ喧騒と人の流れを眺めながら、マユが来るのを待っている。大して時間を置かずに彼女がやってくれば、手を振って微笑んだ。


「お待たせ、シルフィちゃん」

「あまり待ってないので、大丈夫ですよ。マユさんは何を願ったんですか?」

「せんせーがまゆに惚れるように、だよ!」


 恋愛成就を願ったというマユに、シルフィはやっぱり、と頷く。彼女がイオキベという名の神父に恋をしていることを、シルフィは既に知っていた。同じ神王教の信者であるということも知っているのだが、彼女はまだ会ったことがない。

 鼻歌でも歌い出しそうな様子のマユを見ながら、恋をするとはどういう感覚なんだろうと考えて、けれどシルフィにはまだわからない。マユはいつかわかるようになる、なんていうが、シルフィにはいまいちピンとこなかった。


「そうなんですね。……」

「あ!ねえシルフィちゃん、アイス食べてかない?まゆ、シルフィちゃんよりお姉さんだから奢ったげるね!」


 自分は聞いたのだしと、願いについて話すか悩むシルフィだったが、マユはとっくにジェラートの屋台を見つけてそちらに意識を持っていかれている。尻尾をぱたぱた振り、自分はお姉さんだからと胸を張って言う彼女に、思わず笑みを零した。彼女の方がずっと子供のように感じるのは、きっとシルフィの勘違いではない。

 二人はそれぞれ違う味のジェラートを買って、お互い一口ずつ味見をさせてあげる。美味しいね、と笑い合いながら、ヂーアン祭の最終日の夜を楽しむのだった。

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