エイプリルフール 黒薔薇主従
今日は4月1日だ。だからといって特別何かがあるというわけではない。ダークローズは仕事を没収されてしまい暇を持て余している。魔術の鍛錬すら禁止されてしまっては、いよいよすることがない。それもこれも仕事に打ち込んでまで現実逃避したくなった原因のせいだ。
適当な本を群の書庫から借り、自室で捲る。戦前の書物まであるとは、あの書斎の持ち主であるらしい白星とは一体何者なのだろうか。噂では腕の立つ魔術師だそうだが……。
「ますたあ」
並ぶ黒文字の中に沈んでいた意識が現実に引き戻される。できれば戻って来たくなかったと思いながら、隣に立って顔を覗き込むような体勢をしている女を見た。この美しい顔をした魔族とは、かれこれ三年弱の付き合いである。無論特別美しいからと言って、人外嫌いのダークローズが好意的に思っているわけではないのだが。
「いい報告がございますの」
嫌な予感がひしひしとしている。正直言ってしまえば聞きたくない気持ちが九割九分だ。ただ本当に良い報告だったときに聞かなかったことを後悔するのはかなり癪なので大人しく続きを促す。
「ますたあの赤子を孕みました」
下腹を撫でながら青黒い瞳をゆるりと細めて女は笑った。ダークローズは僅かに目を見開き、心底嫌そうな顔で深々とため息を吐く。認知がどうのという話ではない。
「洒落にならない嘘をつくな」
「まあ。聞いているのはますたあだけなのですから、そのように言わないでくださいまし。」
どうせなら乗ってくれればいいものを、とユイハは肩を竦めた。ダークローズは目の前の魔族が子を産めないのを知っている。生殖機能がどういうわけだか進化の過程でなくなってしまったのだ。身体の関係があろうとなかろうと、どうやったって子はできない。
ユイハの異様に白い手がまた下腹を撫でる。まるでそこにあった何かを惜しむような手付きに、ダークローズは気分が悪くなった。生物としてまともに子孫を残せない目の前のそれが、少し哀れにも感じている。無論、エイプリルフールなどというふざけた風習にそのような重い嘘を突っ込む魔族の気もしれないが。
「……エイプリルフールなど、ただでさえくだらないと思っているのに」
「ふふ。もう少しイベントが楽しめたら、ドクターストップもかからなかったでしょうに。」
どの口が言うと言ってやりたいところだが、ダークローズは額に手を当てて深々と溜息をつくだけで何も言わない。おや珍しいと首を傾げるユイハを視界の端に捉えながら、ダークローズはまた手元の書物に目を落とした。
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