海の始祖

 レイジは喫茶店の扉を押し開ける。昼食時だというのに人は少なく、静かで居心地がいい。店内左奥、一人の少年が席に座ってサンドイッチを口に運んでいる。そのテーブルの前の席にレイジは座った。

 少年の琥珀の瞳がレイジを見る。


「久しい顔だな。」

「ははは……、お久しぶりです」


 相変わらず偉そうな口調で話す少年に、レイジは後頭部をかいて笑った。


「……海の始祖、だったんですね」


 レイジの言葉にすぅと少年の目が細められる。そして彼は口元を緩め、笑みの形を作ると静かに頷いた。


「いつ気づいた?」

「つい最近ですかね」

「……そう畏まらなくていい。話しやすい口調で話しなさい。」


 レイジは苦笑しながら肩を竦める。 少年はまたサンドイッチを口に含んだ。華奢で儚げな見た目に似合わず、一口が大きい。それを眺め、それからレイジも何か食べようとメニューに目を通し、注文する。

 店員が注文を受けて厨房に戻るのを見送り、また少年に視線を戻した。


「白星に話す機会があって……そうしたら、その少年は恐らく始祖だと。」

「ふふ。彼は驚いていたか?」

「そうだなあ、多分驚いていたんだと思うけど……あの人、顔に出ないからさ。」


 何分白星は表情に乏しい。何を考えているかがわかりやすいときもあるが、その時は上手く感情が読み取れなかった。

 それを聞くと少し可笑しそうに少年は首を竦める。敵対しているはずの存在なのに、それは旧知の友人の話を聞いて相変わらずだと思っているような動きだった。


「驚いただろうし、あれは性格が良いから嬉しく思ったかもしれない。最後に会ったのがいつかは分からないけれど、恐らくその時は私に食を楽しむ余裕などなかったはずだからね。」


 小さくなったサンドイッチの欠片を口に放り込み、もぐもぐと口を動かす。礼儀作法に少しだけ厳しい彼は、その間口を開かない。そうこうする内にレイジの注文したものが届いた。一口スプーンで掬って頬張る。程よい塩気と甘みが口の中に広がった。ここのオムライスは当たりかもしれない。


「それにしても、」


 海の始祖は口の中のものを飲み込んで何かを言おうとする。しかしそれよりも先に一口茶を啜った。両手でカップを持ち、首を傾げる。


「まさか答え合わせの為だけに来たのか?」

「いや……昼食を食べようと思ったらたまたまいたから」

「む。そうか。」


 そう言えば自分はかなり自由にふらふら歩き回っているから、狙って会うのは難しいだろうことを思い出す。ならば特に話すこともこれ以上ないだろうな、と少年はカップの中身を飲み干した。

 懐から財布を出し、立ち上がる。


「私はそろそろ失礼する。行くところがあるからな。……お前の分の支払いもしておこう、ゆっくり食べるといい」

「えっ、いや、悪いって」

「年長者の奢りだ、素直に受け入れなさい」


 すたすたと少年は伝票片手に歩いていき、レイジの分も本当に精算した。にこりと笑いかけ、喫茶店から出ていく。レイジは唖然とそれを見送って、それからまだ残っているオムライスに向き直った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る