黒薔薇さんの誕おめ文章
本日は3月21日。大半の人間にとっては特に何もない日である。しかしダークローズにとっては誕生日に当たる日であった。とはいえ彼自身も特に重要視しているわけではない。30一歩手前の大人にとっては誕生日などあってないようなものである。むしろ女性だったならば来てほしくないとすら思ったかもしれない。
もしかしたら両親から贈り物くらいはあるかもしれないが、そうでなかったとしても本人も半分忘れかけている。群に個人的な話ができるほど特別仲がいい存在もいないため、今日も今日とて仕事をし、いつも通りの日常を送っていただろう。
しかしながら、彼の配下であるユイハにとってはそうではなかった。なにせ彼女の全ての愛情という愛情を捧げている、他の誰でもない主人の生まれた日なのである。例え本人が望むところでなくとも祝いたくて仕方ないのであった。無論彼女の片想いである以上ダークローズは生年月日を教えた記憶がないのだが、そういった細かな事情はさておいて、彼女は今日が彼の誕生日であることを知っていた。
去年一昨年と残念ながらまともに祝えた記憶がない彼女は、今年こそはと意気揚々とした様子でダークローズの前に立っている。ダークローズの方は既に何だかうんざりとした顔をしているが、そんなことはユイハにとって日常茶飯事な表情であり、言い方を変えれば些細な問題だった。
「マスター、今年は何か欲しい物などはございますか?」
突然の問いかけにダークローズは一瞬返答に詰まる。欲しい物といえば新しい本やら珈琲くらいだ。ただ、目の前の目を輝かせてこちらを見ている女がまともな本を選んでくるとは思えず、かといって珈琲は医者に止められているため頼んだところで買ってこないだろう。その他の言うことはさっぱり聞かないくせに、ダークローズの身体の健康に関することはやたら素直に言うことを聞くのだ。それくらいの素直さを持って、隣に添い寝するなという自分の切実な頼みを聞いて欲しいと、いつもダークローズは思っている。
ならば適当な消耗品を頼むか?と思いながらも、それだときっとこいつは納得しないだろうことが目に見えていた。なんだかんだいって二年以上の付き合いである、それくらいは彼にも理解が及んでいる。ならばおとなしくしてくれと頼んだところでおとなしくしないのも去年経験済みであるためにこれもなしだな、と首を横に振った。
「……特にない」
「えー」
結局これといったものは思いつかず素直にそう返事をすれば、やはりというか納得がいっていなさそうな反応が返ってくる。ダークローズは頭痛を堪えながら面倒くさそうにため息をついた。ここで面倒だからといって好きに祝ってくれなどと言おうものなら夜這いをされるのは目に見えている。彼は彼女のことが好きなわけではないからそれだけはやめてほしいところだった。
「…………。……美味いものが食いたい」
かなりの長考の末、彼はそう口にした。わかりやすく率直な祝いの形といえばそれだろう。幸いにもユイハの作る料理の味は確かなものだった。そしてその返事を聞いたユイハはぱっと表情を明るくしてお任せください!と声を上げる。そうして早速買い物に出かけるためか踵を返して出ていくユイハを眺め、なるほどこう言えば楽に過ごせるのかと理解をした。来年からも同じ手で行こうと考えながら、ダークローズは今までしていた作業に戻る。
来年以降も付き合いがあるのかと自分の考えを思い返してうんざりしながらも、まだ用済みとして処分するには早いと考え直す。まともな報酬がなくとも勝手に喜んで勝手に尽くしてくるのだから、必要以上の労力を割くこともない。更には戦闘のみならず他のことまである程度はできるのだ、残念ながら普通の人間ではこうはいかないだろう。ダークローズはまた深々とため息を吐く。そう、仕方ないことなのだ。来年からも諦めて料理で手打ちにするしかない。
彼は席を立つ。書類仕事に戻るような気分ではなくなってしまった。
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