魔法少女パロな黒薔薇主従
鏡の前に座る少女の髪を、男の指が掬って編んでいく。内心で何故自分が侍従の真似事をなどと毒づく青年だが、それを口に出すことは許されていない。あまりに何度も身支度を手伝わされたせいで、すっかり彼はこれらに慣れてしまっていた。男は難なく少女の髪を飾りつけていく自分の手を苦々しく思う。
彼は目の前の魔女の物だった。それを本心から受け入れられているかは別として、魔法の契約に縛られた悪魔は彼女に逆らうことができていない。
「男性が女の髪を触るのは、本当なら良くないことなんですよ」
突然少女がそう話し始めた。触りたくて触っているわけでは全くない。反論したいのは山々だが、目の前の女の気分を害したところでろくなことにならないのは彼も重々承知している。少女が彼の気持ちを察しているかはわからないが、ともかく彼女は話を続けた。
「ほら、人間の間でも髪は女の命だと言うでしょう。この国では昔神が宿るものとしてあげられていました。……言葉遊びに過ぎないものだとは思いますけど。仮にそうだとすれば、身綺麗なものを好むのは人も神も変わりませんね。」
願掛けに髪を伸ばす、ということもありますよね、と女が話すのを聞きながら、柔く波打つ金糸を眺める。記憶にある限りでは初めて顔を合わせた日に、立ち尽くす少女の足を越え床に流れていたことを思い出す。今ではそれも彼女の手で断ち切られ、腰にかかるかかからないか程度の長さになっていた。
「願いが叶った後は切る人が多いそうです」
青い瞳が鏡越しに青年の赤い瞳を見つめる。男の髪も長かったが、男に叶えたい願いはない。ならば、目の前の少女は?魔女が望んだ願いは、果たして叶ったのだろうか。叶ったから切ったのか、はたまた諦めたから切ったのか。
少女の異様に白い指が男の方へ伸ばされる。無意識に身を乗り出してその手が自らに触れやすいようにした。そしてそれに気がつくと男は舌打ちをしたくなるような気分の悪さを感じる。
頬を白磁の指が撫でていく。
「長く」
少女の囁くような声が、近い。
「長く、待っていました。」
甘い匂いがして、ダークローズは顔をしかめる。彼は甘いものが嫌いだ。ユイハはゆるりと目を細める。口元には相変わらずの笑みが湛えられていた。
「愛していますよ、」
「ぼくの御使さん。」
沈黙。
「……?今、何と言った?」
男は聞き返す。いつも魔女の言葉は嫌になるほどはっきりと聞こえるのに、先程はまるで水面を隔てたように明瞭でなかった。興味があるわけではない。ただ、その不明瞭さが気持ち悪くて彼は聞き返す。少女は笑うばかりで答えない。
「ぼくの可愛いダークローズ。ぼくとしてはこのままでも全く構いませんが、手が止まっていますよ。仕事を投げ出すのもこのまま二人でのんびりするのもおまえの趣味ではないでしょう?さあ、早く結んでしまってください。」
男は不服そうな顔をしたまま、再び少女の髪に指をくぐらせる。少女の笑顔はいつものように貼り付けられたようなものだった。
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