始祖様の話
炎の始祖は食べることが好きだ。辛いものが特に好きである。食べることが好きだから、やがて自分で料理をするようになった。
今日もそういうわけで鳥の肉を熱した油に放り込んでいる。
「にーさま、なにしてるの?」
幼い子どもの声。
よく聞き慣れた……自分と一番仲が良い妹の声だ。
低い場所から聞こえた声に首を下げる。彼の半分ほどの身長しかない彼女からでは何をしているのかが見えていないようで、一生懸命背伸びをして覗き込もうとしているのが面白い。
ぴよんぴよんと特徴的なアホ毛が揺れている。彼女はこう見えても始祖の竜の一柱、雷の始祖と呼ばれる存在だ。
「辛い味付けの鶏肉を揚げている」
「えーっ」
彼女は辛い食べ物が兄と違って好きではない。いい匂いがしているから寄ってきたのに、兄の作っている食べ物が自分の苦手な辛いものだと知るとあからさまにガッカリした。
しかし、ハッとなにかに気がついて、彼女は目を輝かせながら兄を見上げる。
「でもでも、あまーいにおいしたのよ?ほんとはからくないんでしょ?」
青年は苦笑いをする。実を言うと、彼女は前にも同じように寄ってきたことがあるのだ。だから、彼女のためにあまり好みでない甘いものを作ろうと頑張ってはみたのだが……。
ちらりと後ろのテーブルに目を向け、テーブルの隅の方に置かれた、アップルパイを見る。
その視線を目敏く見ていた少女は、するりと小型の哺乳類……猫、だろうか、それに似た竜の姿になるとテーブルの上に飛び乗った。
「あ!やっぱりあるの!たべていい?たべていい?」
「……焦げてるがそれでもいいなら」
「わあい!いただきまーす!」
竜の姿のまままぐまぐと食べ始めるのを眺め、自分が今しがた揚げていたものをさっさとあげてしまう。そして満足げな鳴き声を上げる妹に目を向けた。……アップルパイはワンホール分作ったのだが、なぜかもうない。
「もう全部食べたのか?」
「だめだった?」
「駄目ではないけど……」
ごろーんとお腹を見せて横になる猫のような生き物。どこに入ったんだろうと思いながらそれを指先でくすぐり、喉を鳴らす妹を見て猫みたいだなんて感想を抱いた。
美味しかったか尋ねようと口を開く。
そこでふと目が覚めた。
ここはかつて自分がいた帝国の玉座ではなく、白辰の神殿の中だ。当然のことながら、置いてきてしまった妹の姿はない。
「……」
手を持ち上げて自分の顔を覆う骨をなぞる。夢の中とは言え、久しぶりに明るく喋る妹の姿を見た。弟と共に妹のための人形を作ったからだろうか。
……今、彼の妹は心を閉ざしている。
自分は未だに彼女がどうしてああなったのかを知らない。知る必要も、意味もない。探ることで大地の始祖の怒りを買い、自分の子孫どころか白辰という国自体が滅ぶ可能性がある。父なる神竜がかつて裏切りに怒り、海の始祖の国を滅ぼしたことを彼は覚えていた。だからこそ、妹を助けることはできない。
今回の人形こそ大地の始祖が許可しなければ妹に与えることなどできなかったのだ。これ以上の干渉は今は難しいだろう。
どうしてもというならば、あの日……あの日、既に心を閉じていた妹を、一緒に連れて行くべきだったのだ。
炎の始祖はため息をつく。
またあの頃の夢のつづきが見れたらいいと。
そんな資格などないのに彼はそう願って目を閉じた。
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