蝶よ花よ< 5 >

「姉様が姉様でなければ、僕の姉様はどこに」


瞬く。

線香の香りがする。これは、葬式?見知らぬ男が近くで茫然としている。沢山の白い花で覆われた棺と遺影の中には___

もう一度瞬く。

赤い。

赤い部屋が目の前にあった。

鉄錆の匂い。戦場で嗅ぐ、嫌な匂い。

先程茫然としていた男が血濡れで倒れていた。誰だかは知らない、わからない。知らないはずだ。知らないままでいなくてはならない。


悲鳴が聞こえる。どこから?

キショウは我に返った。頭が痛い。先程のはなんだったのか。幻術にかかっていたのか?混乱し蹲る。忘れなければ。全て忘れてまたいつものように姉様と______


「いつまでそうしてるつもりなの!?」


ヒステリックとも言える甲高い叫び、続いて胸倉を掴み無理やり顔を起こさせる誰かの手。

そこでハッとした。目の前にいる女は、誰だ?自分の姉ではない。それに気がついてキショウは尚一層混乱する。先程まで目の前にいたのは姉様のはずなのに。


「あんたは何がしたいの!?」

「うるさいっ!!!」


頭にガンガン響く怒声にキショウは怒鳴り返した。先程見た何かが視界の端にチラつく。悲しい、苦しい、辛い。色々な感情が吹き出して涙として溢れ出た。


「貴様に何がわかる、私はっ、ぼくはっ」


記憶の奥底、厳重に閉じていた蓋がほんの少し開く。それがあんまり苦しいので、キショウは泣きながら憎々しげに目の前の見知らぬ女を睨んだ。


「ただ、家族と、姉様と一緒にいたかっただけだっ!」

「わかるわけないでしょ!!」


キショウの叫びが終わるよりも先により大きな怒声が被さる。キショウは鼻をすすりながらパチリと瞬きをした。キショウが彼女を睨むのと同じくらいの熱量で彼女は残っている左の目だけでキショウを睨んでいた。


「私はあんたの姉さんでもなければ母さんでもないし、ましてやあんた本人でもないの!」


言われてもないことを理解するなど、心を読める人間でなければ有り得ない。女はあんまり大きな声で叫んだせいで息切れをしていた。口論をしたことなど初めてだ、いつも一方通行だったから。

ふつふつと、かつての彼女の怒りまで戻ってくる。自分勝手な父親も、目の前の駄々っ子も、もうウンザリだった。


「なんで男っていつもこうなの!?誰かに誰かを重ねるとか馬鹿じゃないの!?」


そうして出てきたのはその一言。そこに全てが詰まっていた。彼女の生きてきた25年、深く関わったことがある男は父と目の前の子供だけ。偏った意見だが、彼女にとっての男性とはいつも自分勝手だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る