蝶よ花よ< 3 >

それから何度目になるだろうか、今日も姉のフリをしたプリマは廊下を歩いていた。そうしながら、姉のフリをどうにか繕おうと先のキショウの話を頭の中で反芻している。

そこに、諸用でタイミング悪く訪れていたネザーがいた。彼女こそ、プリマと名乗る女の生まれる原因であり、プリマの父の切望した存在である。さて、何度か二人は顔を合わせたことがあった。その度強い殺意を向け、攻撃を仕掛けてきたことはネザーの記憶に新しい。冷静さを欠く彼女の攻撃を交わし、気絶させ幾度も運んだことも覚えている。

だからこそ、ネザーは困惑して足を止めた。目は合っている。顔を視認できるような距離にもあった。しかし何も言わない、何も行わない。怒りに満ちながらも生きていた彼女の目は何処へやら、今は生気の欠片も見いだせぬ虚ろな瞳をしている。

そして、ネザーからは彼女に対して敵対心はなかった。だからこそ、彼女は自分とよく似た顔に声をかける。


「ひどく、疲弊しているようにみえる。どうしたんだ、いつもなら」


ネザーは口を噤む。彼女の見た目や口振りから、彼女の精神的な磨耗の原因の一部に自分がどうやら関わっているという自覚をネザーはしていた。「私は口出しをできるような立場ではないが」などと言いながら、確かな心配を滲ませてネザーは目の前の鏡を見た。

キショウの姉は笑う。


「いいえ、何もありませんとも。ご心配なさらずとも大丈夫です。」


型に嵌ったような、心の籠らない返答。誰かを真似たものであると容易に想像がつき、ネザーは眉の根が寄るのを感じた。


「大丈夫って、」


ネザーは口をまた閉じる。考えるように黙り込み、彼の姉のフリをした鏡がふっと目をそらすとまた口を開いた。


「私は君をよく知らない、が。大丈夫では無いことはわかるよ」


プリマはネザーを見た。嘲笑う。


「あなたに何ができるの?」


ネザーは何かを言おうとした。けれど今度こそ正しい言葉が思いつかない。言い淀む。女は微笑み、「それでは」と呟くように言ってネザーに背を向けその場を歩き去った。

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