蝶よ花よ< 2 >

アケノキショウの話をしよう。もしかして、これを読んでいるあなたは彼のことをよく知っているかもしれないが。

彼は姉を喪っていた。姉の婚約者であり、共に支えあっていた男を喪った。

丁度その頃だ、彼の心が未来を拒んだのは。

それは心が壊れぬための自己防衛である。そして、今回女が泣く羽目になった原因であった。

キショウは彼の記憶を頼りに、老若男女問わず「姉である」と判断した人間を姉様と呼び慕う。事情を知らぬ人間からすれば何もかもがわからないが、それを否定しようものなら彼の心も危うければ自らの身も危うい。故にそれを強く否定するものはいなかった。


さて。

女は硬直した。目の前の男に父の顔が重なって吐き気を催すほどに混乱している。そんな様子にも気づかず、キショウは楽しげに言葉を連ねていた。女は引きつった表情をどうにか動かして曖昧に笑い、相槌を打つ。誰かの真似は得意分野であった。そのはずだった。


ぽろりとなにかが落ちる。それが自分の目から出ている涙であると気がついた頃にはとめどなく溢れ出していた。

“ネザー”の次は“姉様”か。

プリマは……人形は自らの価値を見失う。自分の言葉とは何なのかを忘れた。

“姉様”が“珍しいことに”、自分の目の前であんまりさめざめと泣くものだから、キショウは不安がって心配そうな声を上げる。


「大丈夫ですか、どこか痛みますか、姉様」

「いいえ、いいえ。なんでもありませんよ、キショウ。姉様は少し……一人になりたいのです、ええ、なんでもありませんから」


姉様はフラフラとその場から離れる。一人の女に残酷なことをした哀れな弟は、その背を心配そうに見つめていた。

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