タイミングの悪い日

 白星は頭痛を感じた。痛覚がないはずの自分に頭痛とは、なんともおかしな話である。

 目の前にいるのはアンバー、それにレイゴルト、そしてアスター。白星が直接御する存在の中でも少し、否、大分クセのある人選である。クセのない眷属がいるかというとそういう訳でもないが。

 アスターは死んだ魚のような目をしながらアンバーの執拗な八つ当たりを聞いている。

 アンバーはレイゴルトがとても嫌いだった。かと言ってわざわざレイゴルトに突っかかる気にもなれず、こうしてアスターに笑顔で嫌味を言っている。そしてその状態をレイゴルトが咎め、アスターが事実だからと宥める。そしてアンバーの嫌味がまたアスターに叩きつけられ……なんだこの状況は?白星は更に頭が痛むのを感じた。

 何故この三人がここにいるかというと、だ。これについては大して難しい話ではない。アンバーとレイゴルトは頼んでいた仕事の報告をするため訪れ、アスターはここ群に捕縛される原因となった例の事件で溶けた後脚の状態を見るために呼び出したのである。

 ただ……そう、全員殆ど同時に来てしまったのである。そして最悪なことに何があったのかアンバーの機嫌が元から少し悪かった。ただそれだけのことであった。

 白星はどうしよう……と思いながら目の前のギスギスしている空間を見る。最早アスターの目は死んだ魚どころか地獄を見ている気分になる域に達し、アンバーの機嫌は目に見えて下降を続け、レイゴルトもいい加減アンバーに苛立ちのようなものを感じ始めているようだった。


「……ええと、まず報告を____」

「我が主は大して数のいない眷属の機敏すら把握できないのかい?それともこれを機に仲良くしてくれればよいとでも思ったのかな?そうだとしたらなんと慈悲深いことだろう!関係の改善を頼んでもないのに図るだなんて!実に神様らしいじゃないか?」


 おおっと。白星はすっと口を閉じる。時間のかかるアスターの検査よりも先に、さっさと報告を聞いて退室させようと思ったのだが。今度は白星に八つ当たりである。自分と初めて相対したときですらこんなに不機嫌にはならなかったというのに。ついでに言うならこの状況は別に白星のせいではない。

 さーてこれからどうしようか、おっとレイゴルトが眉根を寄せてアンバーを見ている。今にも苦言を呈しそうだ。白星はしくしくと胃が痛むのを感じた。胃なんてないのにね……。


 その時勢いよく扉が開かれた。外の空気が流れ込み、同時に兎耳の少年……チカゲが顔を出す。誰かを探すようにきょろりと視線が部屋を滑り、やがてアスターを見つけるとすたすたと部屋の中に入ってきた。


「検査終わりましたぁ?」


 事情を知らない呑気な声が聞こえてくる。アスターは目をぱちくりとさせて小さな兎を見下ろした。


「……いいや、まだ……だが」

「はー?まだぁ?ちょっと長過ぎじゃないですぅ?手ぇ抜いてるんですかぁ?」


 白星にチカゲはじとーっとした視線を向けてきた。ふっと白星は笑う。


「ありがとう」

「はい?」


 急になんで礼を言われたのかが分からず聞き返してくるチカゲ。それに返答をせず、白星はここぞとばかりに指示を出した。


「レイゴルト、すまないが少し席を外していてくれるかな。アンバーに報告をしてもらったら呼ぼう。手持ち無沙汰なら隣で何か読んでいてほしい」

「……了解した」

「アスターも一旦外で待機して欲しい。チカゲと一緒に遊んでいてもいいよ」

「お前今絶対俺のこと子供扱いしただろ!!!」

「わかった」


 ぞろぞろと三人が出て行き、白星とアンバーが残される。白星はチカゲに心底感謝をしながら、未だにちょっと不機嫌そうなアンバーから報告を受けるのだった。

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