血族
「偉大なる父よ、地の奥に眠るる我が主よ。」
今は空席になっている玉座に頬を擦り付ける。固く冷たいその玉座は、本当なら偉大なる始祖……お父様が座っているはずだった。今、この玉座の持ち主は封印されて深い眠りについている。その所在は私に知りようもないから、封印を解いて差し上げることすらできない。
恨めしい、憎たらしい、愛おしい。
裏切られた怒りは腹の底。
生まれてからずっとあなた以外に欲情などしたことはなかった、それでもあなたのために我慢して知らない男と交わり子を増やした。それなのに、なぜ私は私の座を追われ王の元へ下っているのか。
……いいえ、いいえ。わかっているのです。
私は道具ではなく娘だった、しかし始祖であった。だからああいう形でしか危険な場所から遠ざけられなかった。
……そうですよね?
だって、お父様は、優しかったから。
背後の黒い男は嘲笑うように笑う。うるさい、何も知らないくせに。紛い物風情のお前に私とお父様の愛が理解できてたまるものか。
「ああ、お父様。」
あなたとひとつになりたい。あの日にぽっかりと無くなってしまった心の臓を、お父様で埋められたら。そうしたら、こんな世界など粉々に砕いてまた一つに戻ってみせるというのに。
あなたはどこにいるのですか、何故応えてくださらなかったのですか。
ああ、お父様……。
ふと気がつくと始祖の玉座の間に立っていた。はて、何をしていたんだったか?
目の前には空っぽの玉座がある。……大地の始祖の玉座かあ。
くるりと振り向くと、ニャルラトホテプの化身の一人が立っている。何が楽しいんだかにこにこと笑ったまま何も言わない。
最後に会ったのは確か……この周回だけだと300年ほど前だっただろうか?
「やあ、久しぶりだね」
片手を上げて近寄るとニャルラトホテプは笑みを深くしながら肩を竦めた。
「ああ、久しぶりだね」
「私何をしてたの?」
多分ずっと見ていたんだろうから、試しに訪ねてみる。ニャルラトホテプはうーん、と声を上げて片手の指を自分の口元に当てた。
「そうだなあ、おもしろくはなかったよ」
「君が面白くないっていうの、よっぽどじゃない?」
ニャルラトホテプはただニヤニヤしたまま、結局何があったかまでは教えてくれない。なんか腹立つなあ。
……まあいっか。
玉座に背を向けてそのまま歩き出す。あんまりこの場所にいると他のなにかに目をつけられそうだったから。
ふと振り向くと、ニャルラトホテプは既にいなかった。
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