第22話 中層

 俺達がダンジョンに潜るようになって、数日。今は4階層にいる。

 

 この階層は森だ。木が生い茂り、道が迷路のように通っている。ダンジョン内なのに日差しがあったりして、狐に化かされたような気分になる。なんとも暑苦しい階層だ。

 

「魔力反応が近づいてるぞ」

「うわー、虫だわ」

「虫なら柔らかいからいいじゃねぇか」

 

 ガサッと木をき分けて、カマキリの魔物が出てきた。頭からケツまで3mはある化け物だ。でもカマキリならそれほど硬くないはずだ。ゴンザが楽勝だと思って斬りかかった。

 

 だが甘かった。

 

 手のカマが固い。ガンと音を立てて、ゴンザの高周波振動ブレードを弾き返し、そして四本あるカマの内の1本が横殴りに、ゴンザの腹を襲う。

 

 ける間もなく、ゴンザが腹に衝撃を受けて、近く木に背中を打ち付けられた。

 

「ゴンザ、無事か!」

 

 うずくまってゲホゲホとき込むゴンザは、答えられないようだ。エイメンのローブのおかげで、カマについたトゲが刺さることが無かったようだが、腹と背中に受けた衝撃がすさまじかった。骨が折れているかもしれない。

 

 戦闘中だ。俺もカマを避けながら、魔法を撃つのに手一杯で治療にはいけない。

 雷撃の魔法が当たれば、相当ダメージを受けるかと思ったら、なんなく避けられた。なかなか動きが速い。

 

和香ほのか、腹だ。カマキリの腹を狙え」

「カマが早くて回り込めないの」

「足はどうだ」

「ダメね、私の力では斬れなかったわ」

一端いったん森に入って、腹に回ってくれ。なんとかもたせる」

 

 俺はカマキリの顔に炎の弾丸を撃ちまくる。四本のカマがビュンビュンと振るわれるが、加速してなんとか避けている。

 

 和香が森から飛び出してきた。カマキリの背に乗り、剣を突き立てようとしたが、カマキリの羽が開いて吹き飛ばされる。

 ゴロゴロと転がる和香が、再度腹に斬りかかるが、羽や足に邪魔されて攻撃が当たらない。

 

 ガツン!

 

 いつの間にかゴンザが、カマキリの横に回り込み、足に剣を叩き付けていた。だがカマキリの足は曲がる程度で断ち切れない。

 

和香ほのかが攻撃して羽が開いた所で、ゴンザが腹に攻撃するんだ」

「「わかった!」」

 

 和香が開いた羽に吹き飛ばされる。ゴンザがカマキリの腹に身体ごと突っ込んだ。

 やはり腹は柔らかいようだ。剣がザックリと突き立った。カマキリは暴れるが、ゴンザが何度も腹を突き刺す。羽でバシバシ叩かれるが、ゴンザは気にしない。

 

 そしてカマキリがゴンザに気を取られている間に、和香がカマキリの首を跳ねた。関節部も弱いようだ。

 

「いやあ、済まねえ。最初に油断しちまった」

「骨は大丈夫か?」

「ああ、なんとか。俺の身体は頑丈にできてんだ。がははは」

 

 しかしダンジョンの魔物は強いな。普通の冒険者はどうやって戦ってんだ? 

 

「普段はこんなに強い魔物は出ないにゃ。ここはダンジョンという魔物の腹の中にゃ。ダンジョンも、強者に狩られる前に排除しようと必死にゃ」

 

 いつもより強い魔物が出てきているのか。ダンジョンが持つ最大戦力は、どんな魔物だ? それに打ち勝たないと、ダンジョンコアは手に入らないのかよ。キツイなぁ。

 

「しかし、あんちゃんの分析力ぶんせきりょくには助けられたぜ」

「いつも一歩下がって状況を観察して、的確てきかくにアドバイスしてくるから楽よね。さすが麟太郎君りんたろうくん

 

 いやいや誰でも思いつくだろ。お前ら、脳筋が考えなさ過ぎなだけと思うぞ。

 

「しかしいつもより強い魔物が出現してるなら、戦闘は極力避きょくりょくさけたいな」

 

 俺は、ダンジョンコアを取った後のダンジョンについて聞いてみた。ヌフが、それはダンジョンの死を意味するから、その後は新たな魔物は発生しなくなると教えてくれた。

 

「よし、ゴーレム魔石の探索は後にしよう。隅々すみずみまで探索していたら、戦闘が増えるばかりだ。さっさと階段を見つけて、先にダンジョンコアをいただく事にする」

 

 俺達は階段を目指す。もう少しこの階層の戦闘に慣れたら、また2手に別れるつもりだ。

 

「来たぞ」

「今度はカブトムシだぜ。捕まえてデパートに売るか?」

「こいつは、トロそうだから、魔法を避けそうにないわね」

 

 甘かった。

 

 ゾウのように大きなカブトムシは、やけに立派なつのを振るって、俺が放った、炎の弾丸を弾きとばし、雷撃を吸収してしまった。

 

「ダメじゃん。……和香は、背中を狙ってくれ。羽の合わせ目だ。ゴンザは首の関節を頼む」

 

 俺が魔法で牽制けんせいしている間に、和香が、また羽に飛ばされながら腹に剣を刺し、ゴンザが首を狙う。

 カブトムシの魔物は、カマキリよりは楽だった。

 

「フーッ、ダンジョンが100階層とかあったら、何年掛かるかわからないな」

「それは勘弁して欲しいわね」

「このダンジョンは若いにゃ。せいぜい15~20階層にゃ」

 

 こうして、苦労しながら下に降りる階段を見つけて、5階層に降り立った。

 

 5階層は、死臭漂ししゅうただよ廃墟はいきょだった。夕方のような薄暗い雰囲気が不気味だ。

 

「これはあれか……」

「間違いないわね……」

「やっぱ、アンデットだよなぁ。この雰囲気は」

 

 うううっとうめきながら、さまようゾンビやカチャカチャと骨を鳴らしながら歩くスケルトンの姿が、ちらほら見える。

 

「やっぱ、ゾンビってあんな歩き方なのね」

「筋肉がひきつってるのか?」

「肉は腐肉だろ」

「スケルトンに筋肉が無い時点で、筋肉関係ないわね」

「腐肉に触れると、自分も腐るから気を付けるにゃ」

「どうやって倒すんだよ!」


 ゾンビといえば火魔法だと思ったが、腐肉は意外と水分を含んでいるらしい。スケルトンは良く燃えるが、どちらにしても即死はしない。火だるまのまま相手することになるそうだ。

 いっそ走って逃げるかと話していたら、ゾンビが近づいてきた。動きは速くないが、囲まれたら面倒だ。

 

「とりあえず胸の魔石を狙おう」

「腐肉が散らないように突けばいいぜ」

「肉が硬くないからいでも大丈夫そうよ」

 

 なにやらうめいているゾンビの胸を高周波振動ブレードで突くと、ゾンビの魔石がガチャンと割れて倒れる。

 

「臭いだけね。歯ごたえがないわ」

「遅いし、硬くもないから、エアシールド張って腐肉さえ避ければ恐くないぜ」

 

 とにかく臭いので、俺達は走り抜けることにした。途中、前方の敵だけ相手にする。

 結構走った所で、霊体のようなものに襲われた。

 

「なんだ? ゴーストか?」

 

 襲われると言っても身体をすり抜けていくだけだ。剣で斬ってもすり抜ける。物理攻撃が効かないタイプのようだ。魔法を撃ったがこれもすり抜けた。

 魔物が、俺の身体をすり抜ける時にゾッとする。そして疲労感があるので、エナジードレインしているのかもしれない。このままでは、じり貧だ。

 

 周りを見たら、和香ほのかもゴンザもうずくまって震えている。どうやら精神異常をきたしているようだ。

 

「ヤバいな、逃げることもできないのかよ」

 

 和香達がしゃぶり尽くされる前に何とかしなくてはマズイことになる。

 なんかないか? とりあえず剣を魔力でおおって攻撃してみた。

 

 ゴーストが霧散むさんする。だがすぐに集まって元に戻った。

 

「少しは干渉できるけど、ダメージはなさそうだな。光属性の魔法は効くかな」

 

 俺はビーム光線をイメージして撃ってみた。だがこれもゴーストが霧散するだけだ。

 

 どうする。どうすればいいんだ。聖属性の魔法ってどうやってイメージするんだよ!

 

 ふと、『導き手』に会った時のかねを思い出した。かなり荘厳そうごんな音色だった。俺は、鐘の音とアニメの女神様をイメージしてから光線を撃つ。

 

 ピギャアアアア!

 

 叫びながらゴーストが燃え落ちた。なんちゃって聖属性が効いたようだ。

 

「フーッ、何とかなった。和香達は放っておけば治るのか?」

衰弱すいじゃくして死ぬにゃ。さっきの聖なるイメージを流すにゃ」

 

 和香とゴンザの頭に手を置きイメージを流す。魔力と混ざったイメージが、精神を浄化していくのがわかった。

 

「急にパニックになっちゃって……」

すさまじい悪夢を見ていたようだ……」

「和香達は、ゴーストの精神攻撃を受けたみたいだ」

「精神を鍛えるにゃ。魔法陣の成長にも必要にゃ」

 

 脳の魔法陣の成長には精神力も必要なのか。

 

「エイメン様は言ってたにゃ。麟太郎は、和香のために、危険な場所に足を踏み入れる勇気があったにゃ。我慢強いし、みんなをまとめる胆力たんりょくもあるにゃ。すでに進化に必要な強さがあるにゃ。だからゴーストの攻撃にも耐えられたにゃ」

 

 エイメンから好評価だ。あのツンデレめ、なんだかんだ認めてるんじゃないか。

 

和香ほのかとゴンザは、欲望に忠実過ぎにゃ。そこをつけ込まれるにゃ。修行が足りないにゃ」

「私、頑張る。でもどうすれば良いの?」

「少し自分と向き合ってみるにゃ」

 

 和香もゴンザも首をかしげる。俺にもわからなかったが、そこも踏まえて考えてみろということか。

 

 この後、和香とゴンザに、光線の魔法と聖魔法をインストールして、危なげなくアンデットと戦えるようになった。

 

 そろそろ階段じゃないか。という所で問題が発生した。階段付近に、とても大きな存在がいるのだ。

 ズシンズシンと地響きを立てて歩いている魔物は、

 

 巨人のゾンビであった。

 

 歩く度にビチャビチャと腐肉ふにくき散らして、我が物顔で歩く巨人は、体長5mほどだ。良く無くならないなとあきれるくらい腐肉を撒き散らし、地面がどろどろと溶けている所もある。すごい匂いだ。

 

「あんなの腐肉に触れずに、魔石に攻撃なんてできないわよ」

「使い魔も入れて全員攻撃しても無理だぜ」

「ヌフ君、ドラゴンになってよ」

「嫌にゃ、臭いにゃ」

 

 巨人の足元を駆け抜けるにしても、階段と思われる建物は扉が閉まっている。たぶん巨人を倒さないと開かないのだろう。

 

「とりあえず和香は、扉を確認してきてくれ。ワナと腐肉に気を付けろよ」

 

 俺とゴンザは、巨人ゾンビの気を引くために攻撃する。こん棒を振り回して追いかけてくる巨人ゾンビは、歩幅が広いのでなかなか速い。

 何度か聖属性の魔法で攻撃したが、せっかく手に入れた聖属性も、全然効き目がなかった。

 

「ダメだぜ、あんちゃん。聖属性のビームも細すぎて毛ほども効かねえ」

「聖属性の炎も、こん棒で払われたよ」


 ブンッとこん棒が降ってきて、ドガンと地響きを立てる。ビチャビチャと腐肉が飛び散った。

 俺達は加速魔法で避けて、エアシールドで腐肉を防ぐ。

 和香も戻ってきた。やはり階段の扉は開かなかったと言う。

 

「2人は前で気を引いてくれ。俺が後ろから攻撃する」

 

 巨人の後ろに回って、聖属性のイメージを乗せた火炎を放射する。大量の火炎が巨人ゾンビの背中を焼くが気にした様子もない。

 

「ダメだ。やりたくなかったけど、最後の手段を試すしかないな」

 

 俺は、聖属性のイメージと魔力を混ぜて、全身を包む。そして巨人ゾンビの胸目掛むねめがけて加速した。

 

 ガチャン!

 

 俺の握った剣が巨人ゾンビの魔石をくだいた。巨人がグラリと倒れる。巨人ゾンビの背中に半分埋まった俺は、脱け出そうと足掻あがいたが、なかなか抜けない。

 

 ズズンと地面に倒れた巨人が、シュウシュウと溶けていく。やっとのことで脱け出した俺が見たものは、大きな巨人の骨であった。

 

麟太郎君りんたろうくん、大丈夫?」

和香ほのか、聖属性で身を包んでいたから大丈夫だよ」

「無茶しやがるぜ、あんちゃんは。がははは」

「麟太郎、臭いにゃ」

 

 こうして、何とか5階層を突破した。一端家に帰るべく、洗浄魔法と消臭魔法を掛けたが、鼻に残った匂いはなかなか消えてくれなかった。

 

 

 

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