第16話 貴族

 ゴンザの青いゴーレムが立ち上がるのと、入れ違いに銀色のゴーレムがズズンッと倒れた。

 

 ゴンザが俺達のいる見学席に帰ってきた。肩には青いフクロウが止まっている。心なしか自慢気に胸を張っているようにも見える。和香ほのかが頭をでると、嬉しそうにホーと鳴き声を上げた。

 

「ゴンザ、結構楽勝だったな」

「こいつのおかげで、余裕だったぜ」

 

 ゴンザも肩のフクロウを撫でる。フクロウは目を閉じて気持ち良さそうだ。

 

「いいなぁ、ゴンザさん。私もバトルしてみたい。ヌフ君はゴーレムに変身できないの?」

「無理にゃ」

「素っ気ないわね。ゴンザさん、操縦は難しいの?」

「いや、簡単だな。操縦席に座ると脳とゴーレムが直結して、自分の体を動かす感覚でゴーレムが動いてくれる」

 

 それまで口を開けて驚いていたナナウさんが、しゃべりだした。

 

「あ、あんたら何者だい。オスロムを軽々倒すなんて、ただの素人じゃないだろ」

「私も聞きたいな」

 

 太った男が、突然、俺達の会話に割って入ってきた。だらしなく太った体だが身なりは良い。後ろにも身なりの良い紳士が立っているが、目付きが鋭く偉そうに見える。たぶん貴族だろう。

 和香ほのかが、「横暴貴族きたー!」と嬉しそうにつぶやいたのは言うまでもない。

 

「プロモーター、……それに領主様。見ていらしたのですか」

 

 ナナウさんが見学席から立ち上がり、胸に手を置きながら、深々とお辞儀じぎをする。

 俺達は、この世界の礼儀も知らないし、この国に住んでいるわけでもないので、ナナウさんに任せて座っていることにした。

 しかしプロモーターってことは、ゴーレムバトルの主催者だな。難癖なんくせつけてこなければ良いが。まあ、面倒なら別の街に逃げればいいんだけどね。

 

「オスロムは今夜の興行に出る予定だったのだ。頭を潰されたら、ゴーレムの修理に半年は掛かるぞ。どうしてくれるんだナナウ」

「おいおい、ナナウは関係ないだろ? 俺達をここに連れてきただけだ。俺達もオスロムに胸を借りただけだぜ。文句ならランキング5位に言ったらどうだ」

「ええい、うるさい! 今はオスロムの代わりがいないのだ。このままでは大損じゃないか。お前が埋め合わせをしろ」

 

 和香が「ゴリ押しきたー!」とまたつぶやく。ゴンザもニヤリと笑った。俺は嫌な予感しかしない。

 

「バトルには出るつもりだったが、命令されたんじゃ、嫌だな。土下座してお願いするなら、考えてやるぜ」

「な、なんだと」

「大損するよりゃいいだろ」

「貴様ぁ! この国でバトルできなくしてやるぞ」

かまわんさ、別の国に行くだけだ」

 

 青筋を立てるプロモーターに、後ろからボソボソと貴族が指示を出す。

 

「貴様、領主軍に入れ。それでチャラにしてやる」

「なんだチャラって? 難癖なんくせもいいところだぜ。軍なんてき飽きしてんだ。入るわけねえだろ」

「領主様のお誘いを断るとは、なんたる無礼だ。打ち首にしてやるぞ。貴様の仲間もナナウも一緒にだ」

 

 和香が「豚商人のおどしからの貴族の威光いこうコンボ~」と鼻血を出しそうだ。

 少しは身の危険を感じろよ。ゴンザもあおり過ぎだぞ。警備兵呼ばれて牢獄ろうごく行きのパターンじゃないか。

 

「やれやれ、面倒くせえなぁ。できるもんならやってみろと言いたいところだが、ナナウのためだ。出てやってもいいぜ」

「ふん、初めから素直に従えばよいのだ」

「ただし、オスロムがもらうはずだったギャラの3倍もらうぜ」

 

 またニヤリと笑う悪党ゴンザを見て、「なっ!」と怒りかけたプロモーターに、また後ろからボソボソと貴族が話し掛けている。

 

「いいだろう。こちらも条件がある。3対1の変則マッチだ。勿論もちろん、こっちが3体でお前はひとりだ」

「待って下さい、プロモーター。素人相手に変則マッチなんて無茶苦茶ですよ。それに相手は誰ですか?」

「ふん、オスロムが素人に負けるはずがない。そして相手は、オスロムと対戦するはずだった男だ」

「なっ、ザスガルドですか?」

「当たり前だ。ザスガルド、ヴォーギネン、スタイツの3人だ。文句は言わせんぞ」

 

 たぶんランクの高い相手なのだろう。ナナウさんが落ち込みながらも、プロモーターに向かって「無理だ」と食い付く。プロモーターは「うるさい!」と取り合わない。

 

「わかった。その条件でかまわねえ」

「ゴンザさん、無理だよ。相手はランキング1~3位だ。1対1でもかなわない」

 

 ナナウさんが、ランキングの5位から上は別格だと説明する。特にザスガルド、ヴォーギネン、スタイツは、国のランキングでも上位にいるらしく、オスロムなんかとは、くらべ物にならない強さだそうだ。

 そんな相手にいっぺんに掛かられたら、ひとたまりもない。

 

 そんなナナウさんの必死の説得もむなしく、太ったプロモーターが契約書を作り、ゴンザがサインする。

 

「フフン、これで逃げられんぞ。あの3人に掛かれば貴様なぞ瞬殺だ。貴様を殺して、そのゴーレムは領主様のものとなる。せいぜい別れをしむことだ」

 

 ネタバレきたー! 余計な一言ひとこといただきました。とブツブツ言いながらお辞儀する和香ほのか。ゴンザといい、和香といい、どんだけ呑気のんきなんだよ!

 そしてツンツン、ツンツンとプロモーターのメタボ腹を、木の枝でつついているヘルンクラム。「なんだ貴様わああ!」と、豚プロモーターがツンツン娘を裏拳うらけんで殴る。

 

 ゴキン!

 

 ヘルンクラムはびくともせず、プロモーターの手の骨が折れたようだ。「うぎゃああ、手が~、手が~」といつくばってうめく豚、それをツンツンして楽しむヘルンクラム。

 貴族は興味がないのかスタスタと歩き去り、ナナウさんがオロオロしている。ゴンザと和香は腹を抱えて笑っており、俺は脱力感にさいなまれてしまう。

 

 いくら混沌こんとんを愛する悪魔の作った世界とはいえ、ひどすぎるだろう!

 

 

 

 

 

 練習場から出た俺達は、近くの店に入り昼食を取っている。ナナウさんも茫然自失ぼうぜんじしつのまま付いてきた。

 

「なんでこうなるんだ?」

「異世界にテンプレイベントは必要だろ」

「そうよ麟太郎君りんたろうくん。貴族のゴリ押しにあらがうのは、ファンタジーの醍醐味だいごみのひとつじゃない」

 

 違うと思うぞ。

 

「バトルは夜からだよな。夜までどうするか?」

「バトルの練習しましょうよ」

 

 というわけで、また練習場にきた。お金を払えば、他人の入れない亜空間を借りられるらしい。お金は、エイメンにたくさんもらったので、プライベート空間を借りた。

 昨日作った魔法もインストールして、ゴンザがフクロウさんに、和香ほのかがヘルンクラムに乗って模擬戦を行う。

 

 魔法がバンバン飛び交い、ヘルンクラムがゴーレムのまま、加速魔法でビュンビュン移動する。そのうちフクロウさんも真似し始めて、とても普通のゴーレムバトルに見えない。

 高周波振動ブレードの魔法もゴーレムサイズの大きな物だが、空気の振動なので目には見えない。青いゴーレムの腕が、スパンと斬り落とされたのを見て、ナナウさんがビックリしている。

 

 斬り落とされた腕は、拾って元の位置に固定して、魔力を流せばすぐにくっつく。人間に治癒魔法を掛けているみたいだ。ヌフいわく、ヘルンクラム達が特別製だかららしい。普通のゴーレムなら全治一週間コースだとか。

 

「姉ちゃんは、遠慮がねえなぁ。がははは」

「ゴーレム楽しいわぁ。うふふ」

 

 こうして、緊張感のない勘違いコンビが暴れ回り、夜まで時間を潰してから闘技場に行った。

 俺と和香は観客席の最前列に座り、ゴンザとセコンド役のナナウさんは控え室へと消えて行く。

 

 観客席は満席だ。ランキング1位のザスガルドが出るバトルは、いつもこうらしい。和香は結構な金をゴンザに賭けている。

 3対1の変則マッチな上に、ランキング1位とド新人の対決だ。誰もゴンザには賭けないだろう。賭けが成立するのかも疑わしい。

 

『お待たせ致しました。本日のメインイベント。3対1の変則マッチを行います』

 

 わあああああ!

 

 ザスガルド達3人の登場に、観客席がく。ゴンザにはブーイングだ。あからさまなアウェイ感に和香がプリプリ怒っている。

 

 ザスガルドのゴーレムは体長3mはあるようだ。ゴンザと同じくらいだろう。他のゴーレムは一回り小さい。オスロムと同じ型のゴーレムみたいだ。どのゴーレムも派手にペイントしてある。お金を掛けて改造してあるのだろう。

 

 カァアアアン!

 

 バトル開始の合図と共にザスガルド達が散る。ゴンザの正面に1体残り魔法を撃ってくる、他は左右に散ってゴンザの斜め後方に回る。オスロムよりも動きが速い。

 

 ゴンザはそんな左右のゴーレムを無視して、正面に突っ込む。敵が放つ光る弾丸をシールドで受けている。

 

 シールドは俺が昨日作った魔法だ。というかエイメンが料理の時に、空気を固めてまな板を作っていた。それを真似して空気の盾を作っただけだ。当然、空気なので透明で見えない。

 加速魔法で運動エネルギーを与えれば、シールドバッシュもできる。2m×2mの分厚い氷が飛んでくるようなものだ。当たったらダメージは大きいだろう。

 

 エイメンが、日本で自衛隊の武器を退しりぞけた結界のように万能ではないが、なかなか役に立つと思う。

 

 

 ゴンザのゴーレムがジグザグに前方に進む。正面の弾丸は、シールドに当たって爆発するので、ダメージはない。

 後方からの攻撃は、たまに背中で爆発するが無視しているのようだ。

 

 ゴンザが動いた。正面の敵にある程度近づいた後、ゴンザのゴーレムがビュンと加速して、一気に距離を詰める。ゴーレムが弾丸のごとく進むさまに、観客が熱狂している。

 

 そしてすれ違いざまに、腕を水平に伸ばし敵の胸にぶつけた。胸に衝撃を受けたゴーレムが、一瞬宙いっしゅんちゅうに舞い、背中から地面に激突する。

 

「今度は、ラリアットかよ。やるなぁゴンザ」

「あのゴーレムは、背中ついたから敗けよね?」

「うーん、アウェイだから、ルールを守るかわからないな。でも背中を打った衝撃で、中の人間もダメージ受けたみたいだ。動きがない」

「かなり強烈だったからね」

 

 ラリアットでゴーレムを1体倒した後、クルリと方向転換したゴンザのゴーレムが、腕を上げて叫ぶ。まるでプロレスラーのアピールのようだ。観客席も一緒に叫んでいる。

 

 そんなゴンザに、他の2体のゴーレムから放たれた、光る弾丸が着弾する。立て続けに爆発して煙を上げる中、ゴンザがホバーで走り出す。

 

「アピールくらいさせろよなぁ」

 

 そう、毒づきながら標的ひょうてきのゴーレム目掛めがけて突進するゴンザ。標的のゴーレムもゴンザ目掛けて走り出した。

 

 両者がぶつかる寸前で、標的のゴーレムがのけった。ゴンザがシールドを飛ばしたのだ。のけ反るゴーレムに、ゴンザのショルダータックルが炸裂する。

 

 にぶく大きな音が響き、標的のゴーレムが吹き飛ぶ。

 

 宙を舞うゴーレムに、ゴンザが追撃の魔法を放つ。ゴンザのゴーレムの腕から雷撃が飛んだ。

 カミナリが水平に走り、閃光せんこうで観客の視界が奪われる。轟音ごうおんが鳴り響き、観客の度肝どぎもを抜いた。

 

 観客の視界が戻る頃には、地面に倒れたゴーレムは煙を上げて動かなくなっていた。

 

 わあああああ!

 

 ゴンザの強さに観客が酔いしれる。初めのアウェイ感はどこへやら、ゴンザコールが闘技場に鳴り響いている。

 

 そしてゴンザのゴーレムは、ザスガルドのゴーレムと対峙たいじした。

 

「よう、チャンプ。雑魚は片付けておいたぜ」

「あいつらが、こんなに簡単にやられるとはな。正直驚いた。だが俺は、そう簡単にやられんぞ」

「そうかい、力くらべといくかい」


 ゴンザのゴーレムが両腕を上げてアピールする。これにザスガルドが手を合わせて答える。2体のゴーレムが、力の限り相手を押し込もうと踏ん張る。

 

 ゴーレムが両腕に力を込め、顔や胸がガツンガツンと当たる中、ザスガルドのゴーレムの腕から、ギチギチと異音が出始めた。

 ザスガルドが手を離して後方に飛んで逃げる。同時にゴンザに向けて、ドドドッと弾丸を撃ち込んだ。

 

 ゴンザのゴーレムは横にヒラリと逃げる。そしてビュンと加速してザスガルドに近づき、腕を振るった。

 ザスガルドのゴーレムの腕が、ゴトリと音を立てて地面に落ちる。

 

 高周波振動ブレードの一撃だ。高周波振動する空気なので目には見えない。観客席は何が行ったか分からずシンと静まり返っている。

 ザスガルドも事態が把握できないのであろう。動きが止まっている。

 

 そんな中、ゴンザのゴーレムが動いた。ザスガルドの後ろに回り、腰に手を回す。

 

 ぬおおおりゃあああ!

 

 ゴンザの気合いがスピーカーから発せられる。ザスガルドのゴーレムが持ち上がり、そのまま後ろに投げられた。

 ゴーレムは、頭から地面に叩き付けられて、動きを止める。

 

「うわー、片腕を失い、頭を潰されたゴーレムが可哀想かわいそうになるな」

「完勝ね。力を見せつけたから、これでちょっかい掛けてこないでしょう」

 

 そうだといいけどね。

 

 青いゴーレムが片腕を上げて勝利をアピールすると、観客席から歓声が鳴り響いた。割れんばかりの歓声にゴンザも満足だろう。俺と和香ほのかの顔にも笑みがこぼれる。

 

 

 

 

 

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