第14話 魔法

 エイメンがやれやれと肩をすくめる。

 

 あの虎人は、ドガラゴという名前らしい。彼も呼んでから説明してあげて下さいと言う。

 

「ドガラゴ」

 

 名前を呼ぶとドガラゴが魔導書からニョキっと生えてきた。身体はすっかり治っている。

 

「なっ、俺は負けたのか?」

「当たり前です。技や魔法を学びなさいと言ったではありませんか。パワーパワーでは強くなれませんよ」

「なっ、悪魔様。お久しぶりです」

 

 エイメンに向かって、ドガラゴが片ヒザ立ちで礼をする。

 

「お前がなぜ負けたのか、そこで説明を聞いていなさい」

「見ての通り俺は非力なんでな、いろいろ魔法で強化したのさ」

「この剣もか?」

「そうだ」

「あの速さも筋肉を強化したの?」

「筋肉じゃないけどな」

 

 剣の切れ味は風魔法だ。風というか、空気が高周波で振動するイメージで、空気の剣を作ったのだ。だから短剣でなくても、木の枝でも同じ事ができる。

 

「剣は魔法で、高周波振動ブレードを作ったんだ。漫画なんかに出てくるだろ?」

「ロマン武器じゃねえか」

 

 俺は足元の枝を拾って、魔法を発動する。それを近くの木に当てると、ジジジッと木が削れていく。目には見えないが、薄っぺらい板がチェーンソーのように、木に食い込んでいくのが目視もくしできる。

 ビュッと木の枝をひと振りすると、木がいとも簡単にれて、ズズンと倒れた。

 

「「「おおー!」」」

 

「あの素早い動きは? 筋肉強化はどうやったの?」

「あれは、もっと単純さ。筋肉なんか関係ない」

 

 俺は「着火」と呪文をとなえて、指先にバーナーの炎を出す。ボボオッと燃える青い炎に、みんな首をかしげる。

 

「今朝、風呂に入っている時に、この炎をお湯にけてみたんだ。でも火は消えなかった」

「どういうことだ」

「普通、燃焼ねんしょうにはガソリンなんかの燃料や空気が必要だけど。魔力が直接、火力に変換されてるようなんだ」

き火に水を掛けても消えないの?」

「いや、その場合は普通の火だから消えるよ。この指先にあるときが特別なんだ」

 

 みんなが首をひねる。

 

「つまり魔力を直接、エネルギーに変換できるのさ。だから運動エネルギーも作りだせる」

 

 俺は、さっきの枝を持ってイメージする。突然、枝がビュンと飛んでいき、10mほど先の木にカンとぶつかった。

 

「今みたいに運動エネルギーが発生すれば物が動いたり、飛んだりするわけだ。魔法をはなつのも、投げるわけではなく、運動エネルギーで飛ばしているんだ。

 そして、自分の身体全体や、腕のみに運動エネルギーを与えれば、爆発的な加速が得られるというわけだ。後ろから押されているような感じだな」

 

 ためしにやってみせる。俺の身体が助走も無く、ビュンと飛び、近くの木に足をついて、また飛び上がる。三角飛びだ。某サッカー漫画のゴールキーパーがやっていた技だ。

 

「「「おおー!」」」

「どうだ? すごいだろう」

 

 和香ほのかが「すごいすごい」とはしゃぎ、ヘルンクラムは指を加えて物欲しそうだ。教えて欲しいのかな? ゴンザとドガラゴの筋肉達磨きんにくだるまコンビは、ポカンと口を開けている。

 

「麟太郎さん、この短時間で良く工夫しました」

「まあ、死にたくないからな。こっちも必死なのさ、エイメン」

「麟太郎君、いつの間に?」

「今朝、風呂入っている時や、散歩の時に練習したんだ。最初は上手くいかなくて怪我したけど、治癒魔法もついでに練習できて良かったよ」

「あの……」

 

 ドガラゴがおずおずと進み出てきた。最初の脇腹わきばらが爆発したのは何ですか? とすまなそうに質問する。

 

 あれは、圧縮炎を爆発させたものだ。普通は、指先に圧縮炎を具現化してから、相手に当てて爆発させる。だが具現化した魔法は、目に見えるのでけられる可能性が高い。

 

 そこで俺は、具現化前の『イメージが混ざった魔力』を飛ばした。魔力は目に見えないからだ。

 しかし普通は、これでは魔法が起動しない。相手に当たるなどのトリガーが必要なのだ。

 

 具現化前の魔力では、物質に干渉できない。相手をすり抜けるだけで、当たることが無い。だから起爆のトリガーが無いので、魔法は発動されない。

 時限式にすれば数秒後に、炎が生まれ起爆させることはできるが、相手が動いていると上手くダメージにつながらない。

 

 俺がやったこと。

 具現化前の『イメージが混ざった魔力』を起動させるトリガーは何かというと、それは相手の魔力だ。相手の魔力に触れた時に、魔法が発動するようにイメージしたのだ。魔力どうしなら干渉するのでトリガーになる。

 

 ゴンザの内臓を治療したときの知識が役に立ったということだ。

 

「目に見えない爆弾かよ。えげつねえなぁ」

「あまり離れると消えちゃうんだけど、自分の周りにいくつか浮かべておけば、相手が近づいたら勝手に爆発する、機雷のような運用もできる」

「麟太郎君を怒らせない方がいいわね」

「まったくだ。がははは」

 

 ドガラゴがエイメンに「これが魔法です。わかりましたか? あなたときたら……」とグチグチとお小言を言われている。「少し麟太郎さんの元で修行しなさい」という声が聞こえた。俺に押し付けるなよ。

 

 

 

 ツンツン、ツンツンと太ももに不快感が……。

 

「高周波振動ブレード欲しい」

「ヘルンクラムは、高周波振動ブレードが気に入ったのか?」

「ん」

「よーし、教えてやろう」

「麟太郎君、他人にもできるの?」

「ああ、簡単さ。一度作った魔法は、脳に魔法陣がインプットされるんだ。それを出して他人が触れば、その人の脳に魔法陣がインストールさせるんだって、マニュアルに書いてあった」

 

 みんなの目が若葉のようにまぶしく輝いている。

 

「俺もいいだろう、あんちゃん。剣だけじゃダメだと思いしらされた」

「麟太郎君、私にもちょうだい。もっと早く動きたいの」

「あっしもいいですかい、旦那」

 

 ゴンザは、ファンタジーに剣以外は無粋ぶすいだって言ってなかったか?

 

 それからは各自が魔法陣をインストールして、実際に使ってみた。和香ほのかは器用で、すぐに使いこなした。ビュンと飛び上がって枝をスパッスパッと切っては、ニヤニヤしている。

 ヘルンクラムはもっと器用だった。空中をジグザグに飛んでは、枝をスパスパ切り落としている。すごい技術だと感心してしまった。

 筋肉達磨きんにくだるまコンビは不器用だ。ビュンと移動しては、ドカンと木にぶつかって怪我をする。その度に俺が治療しなくてはならない。面倒な奴等だ。全然加減ができてないじゃん。

 

 相手を牽制けんせいするために、剣先から火球や風刃ふうじんを飛ばす魔法なども、嬉しそうに試していた。筋肉達磨コンビがやり過ぎて、森林火災になりそうになって、エイメンに怒られていた。

 

「なあ、エイメン。俺達が倒した魔物は強いのか?」

「最初の2匹は、6人組の上級者パーティーが相手するような魔物ですね。ドガラゴは、そんなパーティーが10パーティーほど集まって倒す感じです」

「うわー、俺みたいな初心者が、ひとりで挑んでいい相手じゃないじゃないか」

「魔物の恐さを知ってもらいたかったんですよ。まさか倒すとは思いませんでした。クククッ」

 

 まったく無茶苦茶だぞ。

 

「魔力は数値化されてないけど、いつ切れるかわかるのか?」

「体力と同じです。疲労感があるので、すぐわかりますよ」

「ふーん、まだ感じてないだけか。結構魔力が多いのかな」

 

 脳内にある魔法陣が、魔力精製や蓄積をしているらしいのだが、魔法を使えば使うほど、魔法陣が成長するそうだ。

 幼少期から、この世界にいた訳ではない俺達の魔法陣は、最初から少し高性能に設定されていたのだとか。そして朝からバンバン魔法を使ったので、成長が早いのではないかとエイメンは言う。

 

「そう言えば、ロボットが浮いて走っていたのも、魔力でエネルギーを作っていたのか?」

「ええ、そうです。魔力は魔法陣でエネルギーに変換できます。重力を打ち消したり、運動エネルギーとなって推進力になったりと、便利に使えます。良く勉強して、早く宇宙船を作って下さい。」

「ああ、頑張ってみるよ」

 

 そして魔法に慣れた頃、魔物討伐を再開して、いろんな魔物を倒した。良い訓練になったと思う。

 

 

 

 午後になり、ヘルンクラムの家を展開して、昼食を取ることにした。

 

「いやぁ、あんちゃんの魔法はすげえな。あんなに苦労した魔物が簡単に狩れるぜ」

「本当、麟太郎君が一緒で良かったわ。やりたい動きができるって気持ちいい」

「あっしも急に強くなった気分でさぁ。旦那に感謝しやす」

 

 最初のドガラゴは、武人のように威厳いげんがあったのに、今はチンピラじゃないか。いいのかこれで?

 

「一週間くらいは訓練するつもりでしたが、すでに合格です。これならこの世界でもやっていけるでしょう」

「チュートリアルは終わりって訳か」

「そうです。私は魔界に帰ります。何かあったらヌフを通じて連絡を下さい。みなさんの活躍を期待しています。クククッ」

 

 そう言ってエイメンは、お金をくれた。当座の資金だそうだ。魔物の素材もたくさんあるので、当面金には困らないだろう。

 俺と和香ほのかとゴンザは、身分証明をもらい。人外は使い魔の登録証を首から下げる。

 

「それとこちらをゴンザさんに」

 

 バサバサと青いフクロウが飛んで来て、ゴンザの肩に止まった。ホウと鳴きながら、ゴンザのオールバックをくちばしでつついている。

 

「ペットか?」

「いや、ゴーレムですよ。ヘルンクラムが、麟太郎さんになついてしまったので代わりです。

 ヘルンクラムの操縦席は、ゴンザさんには少し窮屈きゅうくつそうだったので、少し広くしてあります。乗りやすくなっていると思いますよ。機能的にはヘルンクラムと変わりません」

「ありがてえ」

 

 おおー! 至れり尽くせりだな。ヘルンクラムは俺のものってことだな。

 

「これで、ゴンザさんと麟太郎さんが、別れた場合も家などの問題はありません」

「エイメンさん、何から何までありがとうございます」

「いえいえ和香ほのかさん、当然のことです。日本から勝手に拉致らちしてきた、邪悪な悪魔だと思われてもかないませんから。クククッ」

「事実じゃないか。謝ったんだから許してくれよ」

「麟太郎さん、冗談ですよ。相変わらず反応が初々ういういしい。クククッ」

 

 

 こうしてエイメンは、魔界に帰っていった。午後は自由時間となり、俺以外は魔物を狩りに行った。俺はヘルンクラムと草原に帰り、魔法をいろいろ作って遊んだ。

 

 翌日は、ヘルンクラムのボンネットバスで街に行く予定である。この世界の住人は、どんな暮らしなのか考えると楽しくなる。

 

 

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