第13話 魔物

 そして次は自分だとゴンザが歩き出す。

 

 俺達は後に続いた。またしばらく歩くとヌフが、この先に魔物がいると言う。俺は神経をませて気配を探るが、やはりわからない。

 

 ドドドッと地響きを上げながら、黒いかたまりが走ってきた。ゴンザがニヤリと笑い。俺と和香は木陰に隠れる。

 

 ゴオオオオ!

 

 黒い塊がゴンザの前で立ち上がり吠える。3mはあろうかという大きな熊のような魔物だ。黒い毛並みが赤みを帯びて光り始めた。戦闘色だろうか?

 

 熊が太い腕を振り上げて、ゴンザに叩き付ける。ゴンザもその腕に剣を叩き付ける。にぶい音がして両者が止まった。ゴンザの力任せな斬り込みは、熊の体毛にはばまれたのだろうか。熊の腕には傷はない。

 一方、互角の力を見せたゴンザの顔に、いくすじかの傷がパクリと口を開いて血を流していた。どうやら爪に風の刃をまとっているようだ。

 

 熊の腕がブンブンと振られてゴンザに襲い掛かる。ゴンザは剣で流し、身体をひねってけるが、その度に風魔法による傷が増えていく。

 熊の腕がゴンザの身体をらえた。大柄なゴンザが人形のように軽々と横に吹っ飛び、大木に叩きつけられる。地面にドサリと落ちたゴンザが、ゴフッとむせて血を吐き出した。

 

 俺が助けに入ろうとすると、和香ほのかに肩をつかまれた。

 

「ゴンザさん、まだ目が死んでない」

「大丈夫かな?」

「麟太郎が出てどうするにゃ」

 

 熊の魔物がチャンスとばかりにゴンザに走り寄る。口を開けて吠えながら走る巨体がゴンザに迫る。ゴンザがよろめきながら、それをむかえ撃たんと足を踏ん張った。

 よだれをき散らしながら、ゴンザに噛み付こうと走り寄った魔物に、ゴンザの突きが放たれる。先ほどの和香のように口を狙った攻撃だ。体毛のよろいの無い部分なら剣も通る。だが熊は顔を横に振った。

 

 すさまじい音がして、樹上から木葉が舞い落ちてきた。熊の肩にはゴンザの長剣が突き刺さっている。斬撃は体毛に阻まれたが、突きは体毛をすり抜けて肩に刺さったようだ。

 肩の剣の柄が木にぶつかり、余計に肩にめり込む形となり、長剣が深々と熊に突き立っている。

 

 ゴンザは下にズリ落ちて熊を避けている。ゴンザが下から熊の胸に短剣を突き入れるが、分厚い筋肉を突き破って心臓に届くほどの攻撃ではなかった。体勢が悪いようだ。

 

 熊の魔物が、肩の痛みに叫びながら距離をとる。立ち上がったゴンザに、和香が長剣を投げる。

 

 熊は片腕が上がらないようだ。四足でヒョコヒョコ歩きながら様子をうかがっている。ゴンザは、動かない腕の方に回りながら、熊の顔に長剣を叩き付けている。斬るための剣ではない。頭蓋骨を叩き割るつもりの力任せの打ち付けだ。

 

 顔への打ち付けを嫌ってか、熊が立ち上がった。ブランとれ下がった片腕に、ゴンザの横殴りの剣がヒットする。野球のスイングのように放たれた剣が、ゴキンッと熊の腕をへし折った。

 そして熊が動く腕を振り上げて、おおかぶさってくるのに合わせて、心臓に向かって突きを放った。ゴンザの突きが体毛をすり抜け胸に突き立つ。遅れて横殴りの衝撃がゴンザを襲う。

 

 ゴンザがまた吹き飛ばされたが、熊の胸からは血があふれている。二歩三歩と歩いた熊がドサリと倒れた。

 

「いてててっ、人間のようにはいかねえな。さすがは魔物だ」

「パワー対決は、なかなかの迫力だったわ」

「予備の剣が必要だな。ひとりだったらんでたぞ」

 

 また倒した魔物を収納庫に入れ、ゴンザの治療をする。ゴンザは内臓をやられていた。目に見える外傷は魔法ですぐに治るのだが、内臓は治りが悪いようだ。

 内部がどうなっているのか見えないのが悪いのか、他人の魔力が体内に浸透しんとうしづらいのかは、わからない。だがなかなか内臓の痛みが失くならない。

 

 俺はゴンザの腹に手を置いて、内臓の形なんかを思い浮かべる。俺の手から魔力が流れて、ゴンザに浸透していくのがわかる。ゴンザの体内の魔力とも混ざって患部に流れるのが感じられた。

 

 ふーん、他人の魔力ってこんな感じなのか。

 

「おっ、あんちゃん。効いてきたみたいだ。痛みがやわらいだ。患部があたたけえ」

「内臓を思い浮かべると良いみたいだな。イメージは大切ということか」

「内臓なんてイメージできないわよ」

「まあ、適当だよ。内部をイメージしないと、治癒魔法の魔力が、外側だけで使われてしまって、内部まで魔力が浸透しんとうしないようだ」

 

 

 

 

 

 最後は俺の番だ。俺はガタイはいいんだが、運動は苦手だ。魔法主体で戦おうと思っている。だが近接戦闘も、少しはできないと生き残れない。

 いろいろ秘策は用意したし、魔物の命をかて存分ぞんぶんに学ばせてもらおう。

 

 また森の中を歩き始めた俺達。和香ほのかの肩に乗ったヌフがピクリと動いた。どうやら魔物の気配をつかんだようだ。

 俺も神経を集中する。前方50mほどの距離に違和感がある。これが魔物なのだろう。先ほどのゴンザの治療で、他人の魔力を察知する能力が成長したようだ。

 

 魔物のすぐ近くに来た。あと10mも歩けば姿が見えるだろう。

 

「おいおい、ヤバくねえか。殺気が半端はんぱないぞ。俺達がやった魔物とは桁違けたちがいだぜ」

「ゴンザさんもそう思うのね。私も鳥肌がすごいわ。麟太郎君りんたろうくんには無理じゃないかしら」

「森のぬしにゃ。強いにゃ。でもいざとなったら我輩が助けるから心配ないにゃ。何事なにごとも経験にゃ」

 

 貧乏くじかよ、ちくしょう。上等だぜ、やってやらあ。

 

 魔物が見えた。獣人のように2足で立つ虎だ。身長は2m以上ある。人間のような手足の構造だが、体毛が全身に生えている。

 白い体毛に黒毛が混じり、虎縞とらじまをくっきりと浮かび上がらせており、筋骨粒々きんこつりゅうりゅう体躯たいくいかつい虎の顔が乗っている。

 

 差し込む陽光を全身に浴びて仁王立ちする姿は、いにしえの武人のように堂々たるものだ。ゆらゆらとれていた尻尾が、バシリと地面を叩いた。

 

「ひ弱な人間が、まさか我と死合うつもりではあるまい。見逃してやるから、さっさと去るが良い」

「しゃべるのかよ。少し手合わせしてもらいたいんだがいいか?」

「死ぬ覚悟があるなら、どこからでも掛かってこい」

 

 俺は片手に短剣を抜きはなち構える。そして剣を持たない手をフワッと動かした。下から物をほうるようにフワッとだ。

 

 風が生まれ、虎人に向かう。

 

 虎人は、何のつもりだとばかりに、腕をくんで動かない。目だけは俺の方を向いているが、透明な微風など見えはしない。

 

 ボンッ

 

 と音がして虎人の脇腹がぜた。脇腹から黄色い炎と赤い血肉が吹き出す。ぐあっと叫びながら、脇腹を押さえる手の隙間すきまから血が流れている。

 

「な、何やったんだ? いきなりダメージ受けたぞ。あいつ、あんなに強いのかよ」

「私もビックリしたわよ」

 

 痛みに我を忘れたのか、貴様ー! と叫びながら虎人が俺にせまる。左右から腕を振り上げて、俺を捕まえようと走ってくる。

 俺は虎人の腕に向かって、ビュッ、ビュッと短剣を左右に2回振った。短剣があたっていないのに、虎人の太い腕が切断されて、ドチャっと地面に落ちる。2回目の攻撃は避けられたようだ。片腕しか切り落とせなかった。

 

 俺は短剣を振るったあと、すぐに横に動いていた。まるで加速装置でもついているような、素早い動きを横目に、虎人が足を踏ん張り方向転換する。

 

「なんだあの切れ味は? 俺の剣と同じはずだぞ」

「それより瞬間移動してるみたいな動きは何? 人間の動きじゃないわ」

 

 虎人の横をすり抜けながら、俺はもう一度短剣を振るう。片足が膝下ひざしたから切り離され、ガクッとバランスを崩した虎人が、ズズンと地面に転がった。

 

「あっけない。武人にしては間抜けだな。力勝負ばかりしてきた筋肉馬鹿なのか?」

 

 ぬうう、まだまだと膝立ひざだちでかまえる虎人だが、腕からは血がボタボタと流れ落ち、貧血なのかよろめいている。

 どう考えても「まだまだ」な感じがしない。とどめを刺すのは忍びないが、やらないとエイメンに、覚悟が足らないと怒られそうだし、終わりそうにもない。

 

 迷っていると、影からエイメンが出てきて言った。

 

「お見事! それまでです」

「あんちゃん、その剣はなんだ!」

麟君りんくん、あの動きは何?」

「まだまだ……」

 

 ゴンザが俺の短剣をひったくり、和香ほのかが俺の身体を触りまくる。ヘルンクラムも便乗びんじょうして、俺の股間こかんをツンツンしだした。

 

「まてまてまてまて、虎人を治療しないと死んじゃうぞ」

「治療の必要はありませんよ」

「そうだそうだ。それよりこの剣が先だ」

「何言ってんの。あの動きの方が大事よ」

 ツンツン

 

 いやいやいやいや、違うでしょ。

 

「魔導書をあの虎に押し付けて下さい」

「それで治るのか? 魔物は不思議だな」

 

 俺は魔導書を出して虎人に近づく。虎人は失血のためか、すでに目の焦点しょうてんが合っていない。腕をかまえた格好で「まだまだ」とブツブツつぶやいている。

 俺が魔導書を虎人に押し付けると、虎人が魔導書に吸い込まれていった。

 

「なんだ? 魔導書に食われたのか?」

「魔導書に登録されたのですよ。彼は魔導書の中で生きています。これで魔導書が壊れない限り、死ぬことはありません」

「いいのか? 本人の承諾しょうだくも無く、こんなことして」

「構いません。元々この本の住人です。この本の元の持ち主が死んだ時に、解放してあげたのですよ。

 修行をしなさいと言ってあったのですが、筋肉を鍛えるばかりで、技や魔法を学ばないので、困っていました。今回の戦いは、良い薬になったことでしょう」


 魔導書はこうやって、倒した魔物を取り込みしもべとするのですと、エイメンが説明してくれた。名前を呼ぶと出てくるらしい。同じ魔物なら1ページに100体までストックできるそうだ。100ページあるから最大10000体の魔物軍団を作れることになる。

 

「麟太郎さんの助けになればと思いましたが、さっきの戦いを見る限り必要なさそうですね」

「まあ、俺に倒されるような弱い魔物じゃ、必要ないかな」

「いやいや、弱くないだろ。どういう事か説明しやがれ!」

「そうよ、説明しなさい!」

 ツンツン

 

 

 エイメンがやれやれと肩をすくめる。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る