第7話 ゴンザ

 シーンと静まり返った衆議院本会議場に、ズルズルと死体を引きずる音だけが響く。床に赤い線を引きながら、白い人形が退室していくさまをカメラが追う。

 

 パン、パン!

 

 と乾いた音が鳴り、全員の注目が集まった。ヘルメットの男が手を叩き、今後の予定を話しだしたのだ。

 

「隣の部屋に食事を用意した。酒もたくさんある。同志諸君は宴会を楽しんでくれ」

 

 53人に減った悪党どもが、ガヤガヤと退室していく、先ほどのことなど些細ささいな出来事だと言うように、明るい笑顔でしゃべりながら、今日は飲むぞと気合いを入れている。

 対照的に人質ひとじち達は暗い。目の前で起きた出来事に思い悩むように、目を伏せて落ち込んでいる。

 

 生まれ育った環境や考え方の違いで、ここまで差がでるのかと、麟太郎りんたろうは興味深か気に、その様子をうかがう。そんな麟太郎に声が掛かる。

 

「あんちゃんも一緒にどうだ。一応、外からきた人間だ。一緒に飲もうじゃねえか」

 

 ヘルメットの男が麟太郎を誘う。

 

 麟太郎は戸惑とまどった。仲間になるつもりは無いし、極悪人と酒を飲んでも恐いばかりだ。しかしマイクの件もある。テレビに映らない部分で、何か情報がつかめるかもしれない。

 ヘルメットの男は、スパイを泳がせていると言っていた。自分も泳がされているのだろうかと、麟太郎は不安になったが、覚悟を決めて宴会に参加することにした。

 

「いいのか?」

「いいじゃねえか。俺達の仲だ」

「どんな仲だよ」

「がははは、つれねえなぁ」

 

 和香ほのかが心配そうに、麟太郎を見つめる。麟太郎は大丈夫だと手を上げて、ヘルメットの男の後を、ヒョコヒョコとついていった。

 

 

 

 

 

 畳敷たたみじきの大きな部屋に、宴会の用意がしてあった。旅館の大宴会場のような部屋だ。背の低い長テーブルが並び、豪勢な食事が並べられている。食事の横に札束が置かれているところが、普通の旅館と違い違和感がある。

 

 男達は座布団に座り、並べられた食事や札束、酒に目の色を変えている。上座にヘルメットの男が座り、麟太郎もその横に座らされる。

 麟太郎はかなり居心地が悪そうだ。まあ当たり前である。50人以上の悪党が見つめる中、ヘルメットの男の側近のように扱われても、極々ごくごく普通の青年である麟太郎が困ってしまうも、仕方がない話だ。

 

「食事も酒もたくさんある。楽しんでくれ。それから金は支度金代わりだ。二十万ある、遠慮なく受け取ってくれ。

 あと二日あるから退屈かもしれない。その金で女を買うなり、ギャンブルで遊ぶなり自由にして構わない。まあ街中に出たら、下手したら警察に捕まる可能性がある。十分注意した方がいいぜ。

 そして、あの部屋にいる人質ひとじちや一般人には手出しするな。これは命令だ。破ったものはさっきの男のようになる覚悟をしておけ」

 

 ヘルメットの男は、そう言った後、首の金具を外してヘルメットを脱いだ。突然の行動に、悪党どもがざわめく。

 

「挨拶が遅れたな。俺はゴンザだ。改めてよろしく。同志諸君」

 

 ヘルメットを脱いだ男の顔は、ニヤけたおっさんの顔だった。190㎝近い高身長に、鍛え上げられた身体から想像していたいかつさは無い。

 日に焼けた肌にいくつも古傷がある。黒髪をオールバックにしており、鼻が太いのがまず目につく、くちびるも太いが目が小さい。そして小さな目がニコニコと笑っている。一見、獅子のような迫力はあるが、とても悪党には見えない。

 

 この顔で、躊躇ちゅうちょ無く人を殺すのだから、外見はあてにならないと、麟太郎もビックリしている。

 

「では、100億円にかんぱ~い!」

「「「かんぱ~い!」」」

 

 んぐんぐんぐんぐ、ぷはーっ!

 

「がははは、旨い! さあさあ、野郎のしゃくだが自由にやってくれ」

 

 ゴンザが麟太郎のコップにもビールを注ぐ。麟太郎は会社の上司に酌をされるより緊張しながら、正座して酌を受けている。その姿にスキンヘッドのおっさんが、笑いながら背中をバンバン叩いてくる。麟太郎は迷惑そうだが、何も言えない。

 どうやら席順は、議事堂に現れた順番らしい。近くに座っていた。スキンヘッドのおっさんがゴンザに質問した。

 

「ゴンザ、あんた何者だ? いや詮索せんさくするつもりはないんだが……」

「俺は、傭兵さ。長いこと海外の戦場を渡り歩いている。人を殺したのも、あんたらの比じゃないはずだ。あんたらとは、違った意味の悪党ってことだ」

「そうか、安心したぜ。躊躇ちゅうちょ無く人を殺すくせに、あんたには暗さがねえ。なんともチグハグな感じが不安だったが、傭兵とはな。納得したぜ」

 

 本物の傭兵なんて初めて見たよと、麟太郎も驚いている。しかも日本人の傭兵とは珍しいな。と周りの悪党も騒いでいる。

 

「普段は戦場なんだが、今回の雇い主は古い付き合いでな、特別にったのさ。とにかく日本に、騒ぎが起こればいいそうだ。騒ぎがデカければデカイほど、ボーナスが付く。せいぜい騒いでくれ」

「「「おおー!」」」

 

 たぶん聞いちゃいけない内容だなと、つぶやく麟太郎とは逆に悪党どもは騒がしい。マイクは音声を拾えているだろうかと、マイクを付けた辺りを触る麟太郎だが、マイクの先の状況など、分かるはずもなくあきらめる。

 

 日本中が異常事態を警戒してるっていうのに、呑気な悪党どもだと、なかば呆れながら麟太郎は、普段食べれない高級料理に、舌鼓したつづみを打つ。

 悪党の集まりとは思えない、明るく華やかな宴会に、麟太郎は場違いな感じと、後ろ暗さを感じながらも、ゴンザやスキンヘッドのおっさんと楽しく酒を酌み交わした。

 

「俺は、あんちゃんが議事堂に入って行くのを見て、ここに来ることを決めたんだ」

「なんか、俺が悪党を後押ししたみたいで、外聞悪いぞ」

「がははは、悪党とは言え人間だ。やはりロボットなんて得たいの知れない物に、命を預けるのは不安だからな。あんちゃんの勇気に乾杯だ」

「「「かんぱ~い!」」」

 

 そんな下らない話だが、麟太郎も楽しんでいる。二十万円の札束をゴンザが受け取れと言うのに「俺は悪党の仲間にはならない」と、麟太郎が突っぱねて、頑固がんこ騎士ナイト様だと笑われた。

 悪党が怒り出すかと冷や冷やするが、仲間に対しては優しい悪党が多いようだ。豪快に食い、浴びるほど酒を飲み、大声で語り合う。違う出会い方をしたら、もっと楽しめたかもしれないなと、麟太郎は小さくため息をつく。

 

「じゃあ、悪党ども。俺は寝るが、明日も派手に世間を騒がしてくれ。布団はあそこにある。この部屋か、近くの部屋で寝てくれ。このまま夜通し宴会してても構わない」

 

 三時間ほども経った頃、ゴンザが立ち上がりそう言った。すでにイビキをかいて寝ている悪党もいる。

 いつの間にか、部屋には布団が運び込まれているが、使う悪党はいないようだ。まだまだこれからだと笑い合っている。

 麟太郎は、ゴンザについて部屋を後にした。和香ほのかそばで眠るためだ。少々酒臭いが多くは飲んでいない。

 

 

 

 宴会をしている部屋から、人質のいる衆議院本会議場に戻る時に、ゴンザが突然こう言った。

 

「あんちゃん、ひとつ良いことを教えてやる。俺がこうやったら、迷わず床にせろ。いいな、これが合図だ」

 

 ゴンザが、手の平を水平にして、ヒラヒラとすって見せる。そして麟太郎が質問する間もなく、歩き去ってしまった。

 

 麟太郎は、トイレに立ち寄って考える。「どういうことだ? なんの合図だよ?」、ブツブツと独り言をつぶやくが、真相はゴンザにしかわからない。

 先ほどまで、気持ち良く酒に酔っていた麟太郎だが、すっかりほろ酔い気分も吹き飛んでしまった。しかし麟太郎は、なにか重要なことなのだろうと、合図を頭に刻み込むことにした。

 

 

 

 

 

 翌日、和香ほのかに起こされた麟太郎は、洗面所で朝の準備を済ませ、和香と一緒に朝食のサンドイッチをつまむ。

 

 朝日など差さないので、室内灯の明かりが昼と夜をしらせてくれる。人質達は不安な夜を過ごしたようだ。ノソノソと動きが緩慢かんまんで、覇気が感じられない。

 そんな人質達を、首相が元気付けている姿が見られるが、政治的なパフォーマンスに見えてしまい滑稽こっけい極まりない。

 

「麟太郎君、昨日は大丈夫だったの?」

「ああ、意外と陽気な宴会だったよ。殺伐さつばつとした空気はなかったから助かったよ」

「そう、無茶したらダメよ」

 

 そんな話をしていると、悪党どもがゾロゾロと本会議場に入ってきた。ゴンザがテレビの前に座ったまま、手を上げて軽く挨拶している。

 悪党どもは武器を持ち、弾薬を確認している。意外と弾薬は豊富にあるようだ。

 

 人質達がその光景に、唾棄だきするような視線を向けるが、悪党どもはお構いなしだ。武器を取って勇んで部屋を出ていく。

 

 麟太郎もスマホで報道を確認するが、今日は朝から動きがあった。外に出てきた悪党どもが画面に映ると、数人のスーツ姿の男達が手を上げて近づいてくる。手にはアタッシュケースを持っていることから、身代金を持ってきたようだ。

 

 麟太郎は、金持ちはうらやましいとつぶやき、報道に耳を傾ける。

 

『議員を人質に取った立てこもり事件ですが、どうやら朝から動きがあるようです。アタッシュケースを持った数人が、犯人側と接触した模様です。

 犯人側の要求に答えるのは、良くない事とは言え、人命には変えられません。なんとももどかしい限りです。このくやしさが、早く晴れることを祈るしかありません』

 

 アナウンサーの言うように、人命には変えられない。シャクだが仕方がないことかもしれないと、麟太郎はくちびるを噛む。

 あのロボットがなければ、警察や自衛隊も動きようがあるのだが、ロボットと白い人形にはスキが無い。なんとも歯痒はがゆいのは、アナウンサーよりも警察官や自衛隊員の方だろう。

 

 

 こうして朝から、数人の議員と側近達が解放されて、アナウンサーが喜ぶのとは裏腹に、衆議院本会議場に残った人質達は、暗く沈んでいる。

 

 

 

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