第5話 内部

 衆議院本会議場への入り口は、現在ひとつしかない。ロボットに壊されて、瓦礫がれきが散らばるその入り口以外は、針金で厳重に固定されている。

 

 瓦礫が散らばる入り口に、二人の人間が現れた。ひとりは、アタッシュケースを持つ上品なご婦人、ひとりは、ありきたりなジャケットを着た普通の青年だ。

 

 青年は、身長180㎝ほどで髪を短く切り揃えた実直そうな青年だ。なんともこの場にそぐわないと、ヘルメットの男がジロジロと青年に無遠慮な視線を向ける中、婦人がしゃべり出した。

 

「身代金をお持ちしました。確認して下さい」


 室内に入ったご婦人が、ロボットの姿におびえながらも、気丈にのたまった。白い人形がアタッシュケースを受け取り、ヘルメットの男に渡す。中を確認した男が、ヘルメットの中でニヤリと下卑げびた笑いを浮かべた。

 

結構けっこうだ。防衛大臣は解放しよう。秘書や大臣の関係者も帰っていいぜ」

 

 防衛大臣と数人が立ち上がり、首相に頭を下げる。ご婦人と連れだって入り口へと歩く大臣の背に、人質みなの視線が突き刺さる。不満そうな視線、解放が嘘ではないと確認して嬉しそうな視線、やりきれない思いをめた視線、なんとも微妙な空気の中、銃声が鳴り響いた。

 

 ぎゃああああ!

 

 大臣が叫んで転がる。左足を押さえてうずくまる大臣に婦人が走り寄る。そしてヘルメットの男をにらみ付け叫んだ。

 

「身代金は払ったではないですか。なぜこのような……」

「命は助けると言ったが、お仕置きは別だぜ。なにせ大臣のイタズラのおかげで、俺は死に掛けたんだ。つぐないはしてもらう。

 もう行っていいぜ。早く病院に連れてかないと、ヤバいんじゃないか」

 

 大臣の太ももからは血があふれている。麟太郎が近くにあったタオルで太ももをしばる。

 そして白い人形が、うめく大臣の襟元えりもとつかんで、荷物のように運び始めた。婦人があとに続きながら、離しなさい、止まりなさいと、人形をポカポカ殴るが、気にした様子もない。大臣の側近達は、どうしたら良いのか分からずあわてている。

 

 崩れた衆議院正玄関まできた人形が、大臣をポイッと放り投げる。まるでゴミを捨てるようだ。婦人と側近達が大臣に走り寄ると、仕事を終えた人形はクルリと反転して、帰っていった。

 救急隊がストレッチャーと共に駆けつけ、大臣を乗せて去っていく。

 

『事件発生から1日経ち、ようやく人質が数人解放されました。しかし後ろから撃つとは、なんと卑怯ひきょうな行為でしょう。犯人が1日でも早く捕まることを祈るばかりです』

 

 またどこかの機材からアナウンサーの声が響く。警察官達は居たたまれず、うつむくばかりだった。

 

 

 

 

 

「さてと、あんちゃんは何の用だ。悪党には見えないな。金が欲しいだけなら、教会にでも行くんだな。坊や」

「俺は知り合いに会いに来た。仲間になるつもりはない」

「おいおい、そんなわがままが通じると思っているのか?」

「どう取られようが構わない。議員が解放された後、一般人が解放されるとも限らない。何が起きるか分からない以上、俺が彼女を守るしかない」

 

 とんだ騎士ナイト様のご登場だな。ここは学校じゃないんだ。青い青春振りかざしてんじゃねえよ。とゲラゲラ笑いながら、ヘルメットの男が拳銃を出す。

 

「今、日本中が『リア充、死ね!』の大合唱だぞ。ご要望通りお前を殺したら、俺は英雄のように称賛されるはずだ」

「なんとでも言え、テレビで見てハラハラしてるだけなんて耐えられないだけだ。充実なんかしてないさ」

 

 拳銃を突き付けられてもひるまない青年に、ヘルメットの男が首をかしげる。こいつ馬鹿か? とつぶやき、太ももに一発銃弾を発射する。

 

 銃声と共に青年のズボンが血にれる。青年は、グウッとうめいてこらえている。

 

「がははは」

 

 ヘルメットをかぶっているため、くぐもった声だが、男が豪快に笑った。そしてカメラに向かって、こう言う

 

「聞いたか悪党ども、コソコソ隠れておびえているお前らより、この坊やの方がよほど度胸があるぜ。

 がははは、おもしれえ、俺の計画に一枚噛ませてやろうじゃねえか」

 

 もっとも、その足で彼女を守れるとは思わないがな。と言ってまた笑う男。

 

「そのケガで4日も生きてられるのか? 外で一端いったん治療を受けてこいよ」

 

 男がそう言うと、白い人形が動き出す。人形が、青年を腰に抱えて歩き出すさまは、大臣の時より幾分いくぶん扱いがいいように見えるが、やはり荷物のような扱いなのはいなめない。

 

 昨日までは綺麗な石作りだったが、今は見る影もない衆議院正玄関前に、人形が麟太郎を立て掛けるように置いて帰って行く。

 

 また救急隊員がストレッチャーをガラガラ言わせてやってきた。麟太郎はストレッチャーに寝かされ、応急措置の止血をされる。痛みからか麟太郎の顔が、何度かゆがんだ。

 

 簡易テントに運び込まれ、部分麻酔を打たれて、傷口をほじくり返される。潰れた弾丸が、カチャンとシャーレに転がされて、傷口がわれていく。20分ほどで包帯が巻かれて、処置が終わった。

 医師に謝辞しゃじを述べた麟太郎が、松葉杖を渡されてベッドから立ち去る際に、スーツ姿の男が警察官を数人引き連れて、テントに入ってきた。

 

 少し話がしたいと言う。

 

 麟太郎が応じると、別のテントに連れていかれた。ソファーに座り、お茶が出されて話が始まる。

 

「私は警察官僚の使いっ走りです。テレビや電話で、ある程度内部の事はわかるのですが、実際、中の状況はどうでした」

 

 麟太郎は、「テレビでご存知と思いますが」と前置きして、議事堂の間取り図を指差しながら、ロボットの位置、壊された扉の位置などを教えた。

 そこ以外の出入り口が潰されているのも、テレビで言っていたが、白い人形が何人もいて見張っているので、逃げるのは難しいだろうとも話した。

 内部の人間は、まださほど弱っている感じはしなかったが、悪党の仲間が増えて、傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いをするようになると、どうなるかわからないと付け足す。

 

「ありがとうございました。あなたは本当にまた戻るつもりですか?」

「ええ、いまさら引き返せません」

 

 不躾ぶしつけなお願いなのですが、小型マイクをつけさせてもらえませんか。と丁寧ていねいにお願いされた。テレビや電話で、情報は比較的多く入っているが、情報は多い方がいいと言う。

 

「これが見つかると、あなたは裏切り者扱いされるかもしれません。ですが事件解決に、ご協力いただけると有難ありがたいのですが……」

 

 麟太郎はこれに応じた。小型マイクは、常時電波を飛ばしているらしい。電池は、一週間ほどもつそうだ。

 その他に、何かの役に立つかもと、スタングレネードとスタンガンを渡された。スタングレネードは、爆音と閃光を出す手榴弾しゅりゅうだんであり、スタンガンは、電撃でしびれさせる武器だ。どちらも殺傷性は無い。背中に斜め掛けした小さなバッグに入れておく。

 

 では気をつけてと送り出され、ヒョコヒョコと杖を突きながら、衆議院本会議場に戻る麟太郎が、「なんとも情けない格好だ」と独りごちた。

 

 

 

 

 

 麟太郎が会議場に帰ると、食事中だったようだ。みんなが一瞬こちらを見るが、すぐに興味を失くして食事に戻る。

 ヘルメットの男も「本当に帰ってきやがった」と楽し気に見つめるが近づいてはこない。テレビクルーの集団から、和香ほのかが走り寄ってきた。

 

「まったく無茶するんだから、麟太郎君は」

「仕方がないだろう。心配だったんだよ」

「別れた彼女の心配より、自分を心配しなさい」

 

 和香がプリプリと怒りながら、テレビクルーの集団のところに麟太郎を案内した。配給の弁当やペットボトルを受け取り、和香と一緒に昼食を取る。

 

 身長180㎝の大きな男が、身長150㎝の小さな女性に怒られながら、弁当をつつく姿は滑稽こっけいだ。周りのテレビクルーがクスクスと笑っている。

 

 食事も終わり、和香ほのかがカメラマンと交代して、大きなテレビカメラを操作するようだ。長い黒髪をお団子にまとめて、地味な色のツナギを着ている。

 仕事をしている彼女を見たのは初めてだったが、小柄なのに大きなカメラを良く操れるものだと、麟太郎は感心しきりだ。

 しばらくして、麟太郎は部屋の隅にしゃがんで、スマートフォンでテレビを見始めた。イヤホンを耳に、画面を注視している。

 

 外はヘリのエンジン音がうるさいが、部屋の中は静かなものだ。テレビでも特に動きは無いと言っている。本当に日本をるがす大事件に、巻き込まれているのかと疑問になったのか、麟太郎は情報収集に余念よねんがない。

 

 渦中かちゅう人質ひとじち達も居眠りしたりして存外ぞんがいのんきだ。まあ、やることも無いし、できることも無いので仕方がないのだろう。

 

 しかし議員達は、身代金を払う気があるのだろうか? 犯罪者に金を渡すなど、犯罪を助長することになりねない。と正義感ぶったところで、自分が殺されるだけだ。その辺の葛藤かっとうもあるのだろうか? 今のところ防衛大臣以外の議員に動きは無い。

 

 身代金のひとり頭が2500万円、総額100億円以上が集まらなかった場合、ヘルメットの男はどのような行動に出るのだろうか? 順番に議員を殺すと言っているが、議員がいなくなったら、やはりテレビクルーを人質に取るのだろうか?

 

 ヘルメットの男にもあせりは見られない。いざとなったらロボットを使って、強引に逃げるつもりなのだろうか? 

 しかしロボットで逃げても簡単に居所は知れる。ジェット機に乗って、逃げるつもりのようだが、戦闘機に追いかけられてミサイルを撃たれたり、海上自衛隊の護衛艦からミサイルを撃たれたら、撃ち落とされてしまうだろう。

 

 麟太郎は、どちらも呑気のんき過ぎるだろうと、ブツブツ言いながらテレビの画面を見ている。

 

 

 一時間ほど、悶々もんもんと考えていたが、答えが出るわけもなく、不安にイライラがつのるばかりだ。そんなおり、画面に動きがあった。

 

 

 

 

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