第3話 攻撃

 若い運転手は、その後会社に帰り、トラックを置いて家に帰ってきた。

 

 若者は、テレビを付け、食事もそこそこにネットのチェックをする。いろんな掲示板を検索して見たが、どこも盛り上がっているようだ。

 金のために「自分も、今から行ってくる」というような書き込みが多かった。中には犯人を知っていると言って炎上している者もいて、関心度の高さがうかがえる。

 

 そんな中、某テレビ局で、人質ひとじちの名前が発表された。議員や関係者、職員、テレビクルーなど全てらしい。

 

「うそだろう?」

 

 ずらずらと名前が並ぶ中に、知った名前を発見したのか、若者の声が上ずる。テレビクルーの名前に見覚えがあるらしい。

 

「……和香ほのか

 

 どうも、以前つきあっていた彼女の名前があったらしい。若者はすぐに彼女にメールを送った。アドレスが変わっていなければ良いが、と心配の声を上げながらだ。

 だが心配をよそに、すぐに電話が掛かってきた。若者はスマートフォンに飛び付いてボタンを押す。

 

「もしもし……」

麟太郎りんたろう君?」

「和香、久しぶり。1年振りくらいか」

「うーん、忘れた」

「テレビを見たんだ」

「ああ、いっぱい電話掛かってきたよ」

「大丈夫なのか?」

「特に私が目当てってわけじゃないからね」

「そうか……」

 

 若い運転手は、麟太郎というらしい。それから麟太郎と和香ほのかは、いろんな事を話した。学生時代から映像に興味があった和香は、頑張って放送局に就職して、カメラマンになったそうだ。今は不安だが4日の辛抱だと笑っていた。

 

 

 

 

 

 明日はどうするか。ヘルメットの男がつぶやく。

 

「明日は楽しくなりそうです」

「よう、悪魔。出て来ていいのか?」

「構いません。どうせあなた以外には見えませんから。明日は派手に攻撃がきますよ。覚悟して下さい。先程さきほど、防衛大臣が電話で話していました」

「それは楽しみだ。自衛隊とワルツをってか」

 

 悪魔と呼ばれた黒い影が、クククッと笑い、ヘルメットの男が不適に口唇をゆがめるが、ヘルメットに隠れて誰にも見えない。

 

「俺の計画はどうだ?」

「クククッ、気に入りました。これなら契約はされるでしょう。にえがどれだけ集まるか楽しみです」

「まあ、明日のパフォーマンスで派手に宣伝してやるさ」

 

 ふたりが顔を見合せ、押し殺して笑う。悪い笑顔だが、さっぱりとした割り切り感がある。

 

「中の見張りと裏の守りは、任せていいのか?」

「さすがに国相手に、あなた一人では大変でしょう。中は我が眷属けんぞくが、裏は私直々に恐怖を与えましょう。あなたは気兼きがねなくおもてで暴れて下さい」

 

 では明日。と言って影がき消える。ヘルメットの男は終始楽しそうだったが、ヘルメットのスモークバイザーによって隠されている。話が剣呑けんのんなので、悪党の悪巧わるだくみにしか聞こえないのだが、子供のような笑顔が後ろ暗さを完全に打ち消していた。

 

 

 

 翌日、ロボットの影に隠れてヘルメットを脱ぎ、布団にくるまって寝ていた男は、部屋に灯りが灯された事で目が覚めた。

 近くにいた白い人形に、「異常は無かったか?」と尋ねるヘルメットの男に、寝ずの番をしていた人形は、外から忍び込もうとした戦闘員を、10人ほど始末したと告げた。

 

 男はニヤリと笑って、小型のテレビをつける。画面には、国会議事堂を空から写した映像が写る。議事堂の周辺には、すでに自衛隊の戦闘車両が配置されているようだ。

 

「ああ……、人質の皆さん。俺はこれから朝の運動だ。大人しくしていてくれ。昨夜も戦闘員が夜這よばいに来たようだが、無駄に命を散らしたようだ。議員さんの代わりに死ぬとは可哀想なことだ」

「貴様が殺したんだろうが!」

 

 ひとりの議員が男に噛みついた。

 

「おやおや、防衛大臣。俺は攻めてきたら殺すと宣言したはずだ。あんたが自分かわいさに命令しなければ、彼等は死ななかったと思うぜ」

「こんなことをしておいて、ぬけぬけと……」

「外のパーティーもあんたの仕込みらしいな。帰ってきたらお仕置きだ。辞世じせいでも考えておけよ」

 

 男は、親指を立てて首を切る仕草をした。大臣は、冷や汗混じりにフフンと笑う。自衛隊相手に一人で何ができる。と捨て台詞を吐いて大人しくなった。

 男は、せいぜい楽しませてもらうさと余裕だ。

 

 

 

 男がロボットに乗り、歩き始めると、重量音と共に通路が小さくれる。そのまま議事堂の衆議院正玄関までやって来た。

 入り口を出ると、空にはバラバラとエンジン音を響かせて、報道ヘリコプターが飛んでいる。地上には、戦闘車両が砲をこちらに向けてたたずんでいるのが見える。

 

 見回すと、中央玄関前の広場に10式戦車ひとまるしきせんしゃが1台と、16式機動戦闘車ひとろくしききどうせんとうしゃが2台配置されているのが見える。南門の外の道路にも16式機動戦闘車が陣取っているようだ。

 広場の樹木が植えられた区画には、戦闘員の姿もちらほら見える。

 

 ロボット1台にずいぶんと物々しい。議事堂の職員や近隣の職場の人間は、すでに避難しているのだろう。

 

「絶景かな、絶景かな。……ん?」

 

 突然、警告灯が点滅し、どこからか攻撃を受けている事が知れる。上空から無数のミサイルが飛んできて、ロボットの周囲に爆発が起こった。

 ドドドンと凄まじい音がして、爆炎と黒煙が上がる。だが男が見ているモニターには、自分の前方数メートルの位置で、爆発する映像が写し出されている。

 まるで自分の周囲にバリアでも張ってあるように、爆風も爆炎もこちらに届かない。ダメージは、周囲の温度が上がり息苦しい程度だ。

  

「問答無用かよ。口上こうじょうくらい述べろってんだ」

「MLRS(多連装ロケットシステム自走発射機)からの攻撃ですね」

 

 いつの間にか、コックピットの男の隣に人型の影がうごめき、状況を知らせている。悪魔と呼ばれた影が周囲を調べて教えているようだ。

 

 MLRSは、227mmロケット弾を12連装している車両である。MLRS2台が遠くから発射した、24発のロケット弾が着弾したようだ。

 

「このゴーレムなら問題ないでしょうが、内部の人間は衝撃や熱でつらいでしょうから、私が結界を張りました。バリアと言った方が良いですかね」

「助かったぜ、悪魔。裏門の敵は終わったのか?」

「いや、これからですよ。こちらが白熱しないと出てこないでしょう」

 

 正門でロボットが倒せなかった場合に、戦闘に乗じて人質救出部隊が突入するようだ。

 

「しかし政府も無茶苦茶するな。衆議院の玄関がぐちゃぐちゃだぜ」

「面白いですね。だったら敵の攻撃を全て受けきってやりましょう。クククッ」

「おいおい戦車砲を受けるのか? 生きた心地がしねえぞ」

「なあにバリアが全て弾き返します。傷どころか汚れも付きません。もう少し前に出ましょうか。テレビ写りも大事ですから」

 

 10式戦車は重量40トンを越え、キャタピラで動く、文字通りの戦車だ。陸上自衛隊の主力兵器である。主砲に10式戦車砲(44口径120mm滑腔かっくう砲)を装備しており、直撃したらいくらロボットが頑丈でも破壊されるだろうと、男は思っていた。動き回って撹乱かくらんしながら、近づくつもりでいたのだ。

 

 だが悪魔はバリアで防げると言う。全ての攻撃を受けきって、格の違いを見せつけようではないかと笑っている。

 

 16式機動戦闘車は、8輪のゴツいタイヤがついた車両だ。市街地では戦車より素早く動ける。戦車のような外観をしており、主武装の、52口径105mmライフル砲も戦車ほどではないが強力な砲だ。

 

 そして、樹木に隠れて今は見えないが戦闘員もいる。LAM(110mm個人携帯対戦車弾)を装備して、ロケット弾を撃ってくるだろう。これも当たれば致命的だ。

 

「こいつらの一斉掃射に黙って耐えろってのかよ。無理だろ?」

「まあまあ、試してみましょう」

呑気のんきかよ!」

 

 と話していると、バラバラと大きなエンジン音と共に戦闘ヘリまで現れた。

 

「アパッチかよ。敵さん本気だな。まあ、この国のトップを人質にしてるんだから当たり前か」

 

 アパッチは、戦闘ヘリコプターである。ヘルファイアと呼ばれる対戦車ミサイルを装備しており、固定武装の30mm機関砲も強力だ。

 

「ちくしょう! やけくそだ。受けてやろうじゃねえか」

 

 アパッチのプロペラにより、MLRSの攻撃で発生した煙が散らされる。現れた傷ひとつ無いロボットの姿に、戦闘員は驚きを隠せない。

 

 ロボットが広場まで歩を進めて、仁王立におうだちしている。まるで攻撃してみろと言わんばかりの行動に、戦車の主砲が火を吹いた。 

 

 大きな音と共に発射された120mm滑腔かっくう砲がロボットに迫る。ヘルメットの男はモニター越しに迫る砲弾に、顔をひきつらせている。

 

 ガンッと音がして、砲弾が半球状の膜にはじかれた。そのまま後ろに着弾して、分館の一部が爆発と共に崩れる。

 

「私の結界は、甘くありませんよ」

「ふーっ、生きた心地がしねえよ。しかし、戦車砲が効かないなら大丈夫そうだな」

「頑張って下さい。私は配置に戻ります」

「おお、任せろ」

 

 

 そのあとは、ひどかった。全武装の一斉掃射いっせいそうしゃを食らったのだ。

 バリアの内側から見た景色はすさまじかった。

 

 まるで爆炎で出来たカマクラの内部にいるようだ。ガツンガツンとミサイルがぶつかり、ドカンドカンと爆炎が上がる度に、バリアがビリビリと震える。その合間にダダダダッとアパッチヘリの30mm機関砲の銃弾が突き刺さる。

 

 

 果てることない爆音が続き、本当に大丈夫なのか? と男がつぶやく。

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る