第2話 籠城

「さてさてどうするか? 傍若無人ぼうじゃくぶじんに突き抜けるか。大人しく道交法に従うか」

 

 高速道路から一般道に降りたロボットの操縦席そうじゅうせきで、男が呑気のんきにつぶやく。

 

 今、日本中を騒がしているロボットである。何か目的があるのであろう。そろそろ派手に動き出すか、まだまだ大人しく目的地を目指すか、迷っているらしい。

 料金所を降りたばかりの、広場のすみたたずむロボット。人通りはないが、料金所を通過する車は一様いちように驚いて、スピードをゆるめる。

 

 そこへ、赤い回転灯をつけた車両が近づいていく。白黒の特殊車両。日本人なら知らない人間はいない。警察官が乗るパトロールカーだ。

 

 パトカーは、体長3mのロボットの前に止まり、スピーカーから語り掛ける。

 

「ああ、そこの不審ふしん車両の運転手は、すみやかに車両から降りてきなさい」

「車両じゃねえっての」

 

 操縦席の男がつぶやき、ロボットが動き出す。

 

 腰を落として両腕をパトカーの下に差し入れ、ちゃぶ台返しの要領で持ち上げる。パトカーは、いとも簡単に跳ね上がり、クルクルと回転しながら路面に叩き付けられた。運悪く屋根側から落ちたパトカーが大きな音を立てて、ガラスをき散らした。

 

 料金所は騒然となった。パシャパシャとスマートフォンのシャッター音が重なる。

 パトカーの警察官は生きているようだが、窓が潰れ、ドアも開かない状態ではい出ることもできないようだ。

 

 ロボットは、また直滑降ちょっかっこうの姿勢で、ヒューンとモーター音のような残響ざんきょうを残し、電動自動車のように静かに走り去った。

 

 国会議事堂に向けて

 

 

 

 

 

 国会議事堂周辺の道路は、警察官でごった返していた。

 窓に金網かなあみを張った青い護送車を何台も並べてバリケードをきづき、更にパトカーで補強する。そして透明な強化プラスチック製の盾を持って、ヘルメットをかぶった警察官が多数、銃器をかまえる。

 

 国会議事堂内部にも連絡が行き、議員の避難をする算段が整った頃、それは起こった。

 

 バリケード前の信号を無視して走ってくる大質量の物体。左右から車が衝突しても、気にせずバリケードに突っ込む黒いかたまり

 

 ドオンッ!

 

 護送車が弾かれ、パトカーがはじけ飛び、警察官がボーリングのピンのように、吹き飛ばされた。そして、なにやらロボットの両腕から発射される弾丸が、周囲の車両を爆発させる。

 バリケードを突破したロボットがクルリとターンして、両腕からダダダダッと放った光る弾丸が、パトカーや護送車に着弾するたびに、ドカンドカンと火の手が上がる。ただの弾丸ではなく、炸裂弾さくれつだんのようだ。

 

 かろうじて数人の警察官が発砲するが、ロボットに当たった弾丸は、金属音と共に弾かれてしまう。ロボットにより一方的に蹂躙じゅうりんされた現場は、

 

 一瞬で、戦場のような惨状さんじょうていしていた。

 

 それを見たロボットが、またクルリとターンして、国会議事堂を囲むへいに突っ込んだ。議事堂前の広場を凄いスピードで走り、衆議院正玄関の前で立ち止まる。

 そして破壊が始まった。強化処理された壁も扉も関係ない。バカンバカンと穴が開き、くずされてロボットをはばむことはできない。

 それはそうだろう、こんな事態は想定していないはずだ。衆議院の中を、障害物を破壊しながらズンズンと音を立て、我が物顔で突き進むロボット。

 

 最後には、議員のSPや警備員をなぎ倒し、ロボットは目的地に到着した。

 

 衆議院本会議場


 現在、通常国会が行われており、多数の議員が集まっている場所である。

 

 バガンと扉を壊し中に入る。議員達は、この騒動に動揺どうようしながらも、どう逃げるか考えあぐねていたようだ。多くの議員がそこに残っていた。

 

 ダダダダッ! 壁の上方に向けて放たれた一掃射いちそうしゃの間に、ボンッボンッボンッと連続的に爆発が起こる。議員達が、ヒイッと叫んで、地べたにいつくばる。

 

「あ、ああ、聞こえるか? 聞こえてたら聞いてくれ。『動くな!』……以上だ」

 

 ロボットがしゃべった。中の操縦者の声をスピーカーに流しているのだろうか。場は、シーンと静まり返っている。

 ギイと扉が開いて、ロボットが壊した扉とは違う扉から、スーツ姿の一団が部屋に入ってくる。中に日本の政治のトップである総理大臣の姿もある。

 

「よう、首相。お初にお目にかかる。自分だけ逃げるとはいただけないなぁ」

 

 首相の側近が周りを囲み、ロボットをにらみつける。首相達が部屋に入りきると、あとに続いて白い人形のようなものが入ってきた。

 

 白い人形は、2mほどの身長で、表情の無いサイボーグといった感じだ。マシンガンを手に持ち、首相達を従わせている。良く見ると、衆議院議場の周りの壁際かべぎわにも、何人かの人形が銃器を持ってたたずんでいる。いつの間に人形が現れたのかはわからないが、かなりの人数である。

 

「ああ……、告げる」

 

 また、ロボットがしゃべった。

 

「扉は、俺の後ろ以外は針金で固定する。つまりこの扉以外通れない。無理に通ろうとすれば、容赦ようしゃなく撃つ」

 

 そう言ったロボットが右手を上げると、白い人形のひとりがマシンガンをダダダダッ! と撃った。壁がボロボロと落ちるさまに、おびえる議員達に向かって、ロボットが指示を出す。

 

 まず議員関係者は、中央の議長席付近に集められた。国会中継のテレビクルーは、そのまま撮影する。今も国営放送で、この状況が放送されているはずだ。

 

「外から攻撃した者も殺す」

 

 ダンっと机に、人形が持っていた生首が置かれた。女性議員がそれを見て失神して倒れる。ザワザワと騒がしくなったが、ロボットがしゃべり出すと静まり返る。

 

「これは、さっき突入してきた者の首だ。警察官か自衛隊員かは知らないが、このロボットもサイボーグも銃器など効かないので、無駄なことは止めた方がいいぜ」

 

 ロボットがカメラに向かって、そう言う。警視庁や自衛隊への牽制けんせいのようだ。

 

「俺の要求は金だ。100億用意しろ。期限は今日を入れて4日だ」

 

 とロボットが言う。ここに400人以上の議員がいる。一人頭の身代金が2500万円。全部で100億円という計算らしい。テレビクルーや秘書、書記などの一般人には金銭は要求しないが、しばらく付き合ってもらうと言っている。

 身代金は、国が出しても個人で出しても構わないそうだ。2500万円を持って来た時点で、解放されるらしい。ただし、4日経っても身代金が届かない場合は、ひとりずつ殺していくとめくくった。

 

 ここまで宣言したロボットが議員達の反応をうかがい、しばらくしてから、なんとロボットから人が降りてきた。

 降りてきたロボットの搭乗者はカメラに向かって、こう言った。

 

「全国の悪党ども、俺と一緒に遊ばないか?」

 

 

 

 

 

 都内の一般道。コンビニの前に、配送用の白いトラックが止まっている。運転席には、若い運転手がサンドイッチを頬張ほうばる姿があった。

 首都高での事故のあと、配送を終わらせた運転手が、昼食をとっているのだ。

 

「しかし、あのロボット。とんでもない奴だったな。まさか国会に突っ込むとは思わなかった。あの事故もわざとかもしれないな」

 

 若い運転手は、事故のあともテレビからロボットの情報を得ていた。そして度々路肩に駐車しては、映像を見て驚いた。

 パトカーをひっくり返し、バリケードを破壊して力を示し、国会議事堂の施設を破壊しながら、中に侵入した。そして警察の特殊部隊の突入も、失敗に終わったと報道されている。

 

 今、国会中継は、空前絶後くうぜんぜつごの視聴率だと言う。

 

 そしてロボットは、カメラに向かってうったえた。国でも家族でも良いから、4日以内に身代金を2500万円用意しろと。

 

「金もらっても逃げ場が無いじゃないか。全国に指名手配されて、一生隠れて暮らすはめになるぞ。どうすんだよ」

 

 とブツブツ言っている、若い運転手の目が見開かれる。なんとロボットの背中側がバカンと持ち上がり、人が降りてきたのだ。

 

 黒いヘルメットを被っているので、顔はわからない。

 

 黒革のライダースジャケットにジーンズという格好に、ワークブーツを履いている。背が高くてガタイもガッチリしている。

 そしてヘルメットの男は、カメラに向かって、こう言った。

 

『全国の悪党ども、俺と一緒に遊ばないか?』

 

 馬鹿かこいつは? 日本中の人間が思ったに違いない。

 

『これを見ろ』

 

 とヘルメットの男は、スマートフォンの画像をカメラに突き付ける。そこにはジェット旅客機が写っている。

 

『本件の依頼主が持っているジェット機だ。見ただろ? ロボットやサイボーグを持っているような人間だ。ジェット機もいっぱい持っている。

 そして金を受け取ったあと、これで日本と国交の無い、とある国に高飛たかとびする』

 

 ヘルメットの男が続ける。

 

『日本でやりたい放題やって、高飛び先で金を山分けだ。あっちに豪邸も用意されている。仲間になりたい悪党は、国会議事堂に集合だ』

 

 まったく、こんな確証も無い話に乗る馬鹿はいないだろう。と若い運転手は、小さな画面を見ながら呆れる。

 

『先着100名の限定だ。どしどし応募してくれ。期限は4日だ。4日後に身代金が払えない議員は、順番に殺していく。その手伝いをしたい悪党は、急いでここに来い。以上だ』

 

 イカレっぷりが半端はんぱないなぁ。と運転手は首を左右に振った。

 

『ああと、忘れてた。国と警察にぐ。我々及び、これから、ここにくる同志の邪魔をした場合は、躊躇ちゅうちょなく議員達を殺すから、覚悟してのぞんでくれ』

 

 その後は、特に動きは無かった。テレビや警察が全国に情報提供をうながしたり、人質の議員達の食事風景が撮されたりしている。

 

 ちなみに議員達の食事は、議事堂の職員によって運ばれてくるらしい。サンドイッチやおにぎりなどの軽食と、ペットボトルの飲み物だった。

 ヘルメットの男がひとりだけ、牛丼を食べていた。毒殺を警戒して、職員の持って来た食事とは違う物を用意したようだ。皆に見えない位置でヘルメットを外し、二人前をき込む。

 サイボーグが買ってきたのだろうか? サイボーグが買いに来た店の店員は、さぞ驚いたことだろう。

 

 人質ひとじちは、トイレも自由行けるらしい。ただし、サイボーグの監視付だ。そして家族などと交渉するために、スマートフォンでの電話も自由にできる。

 食事と一緒に布団や毛布も配られ、さながら被災地の避難風景と言った感じの映像が、延々と流されている。

 

 こんな退屈な映像だが日本中が、次は何が起きるかと、固唾かたずを飲んで見守っているはずだ。

 

 

 

 

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