山本ユウ(4)

予定通り、今週末は心理学のセミナーに行った。少しばかりの不安を抱えて来たが、そこは専門家や教授みたいな人だけでなく、ただ心理学に興味があるような若者や、暇だから来てみた、というようなおばさんもいてほっとした。


衝撃を受けたのは心理学の定義について。

私は統計系の心理学の資格を取りながら、心理士になって、それからスクールカウンセラーを目指そうと思っていた。だがそれとこれとでは分野が全く違うこと。


一時間に渡る講話。終盤あたりで欠伸あくびが出た。ふと目に入ったのはどこか見慣れた後頭部。その時動揺で頭はパニック状態だった。


え??なんで??


それからというもの講話の内容は頭に入って来なかった。前の席にいたのは確かに、紛れもなく、トラウマの幼馴染、秀樹だった。


何故ここに?なんでなんでなんで?


気が散ってる間に講話は終わってしまった。講演者の声が聞こえなくなると、いつの間に土砂降りになった雨の騒音が聞こえて我に返った。


「やっぱりユウも来てたのか」

振り返った秀樹が言う。

「なんで来てんの?」

率直な疑問だった。


「最近なんか興味あってさー心理学」

「は!?」

「いや、だから、将来的に大学は心理学部もいいかなって」


思いもよらない真面目な答えに腰を抜かした。

「ユウも、相変わらず心理学やってんの?」

「まぁそうね、誰かさんに嘲笑あざわらわれて以来人には話せなくなったけどね」

「ふーん」


私が心理学をやってた事は覚えているくせに、嘲笑った当人は心当たりもないらしい。

それにしても、秀樹が心理学とは。似合わないにも程があるし、“あの時”心理学を見下していた負のイメージが強すぎる。



天気予報が外れ、外は大雨だった。傘を持っていなかったけれど、雨は嫌いではない。濡れながら帰るのも悪くないかなと、そのまま帰ることにした。


不意に後ろから私を呼ぶ声がした。

「ユウ、傘ないのか?公民館まで一緒に帰るか?」

秀樹の声だった。中学生の時の幼い声とも、この間すれ違った時の馬鹿げた声とも違う、男性らしい、太くて低い声だった。


「ううん、大丈夫、これくらい平気だから」

そう言って早速と秀樹より前を歩く。


ところが数秒後には、雨の雫は絶たれ、代わりにビニル傘に雨の打ちつける音が聞こえた。この音もまた耳に良い。


「風邪引くぞ」

「.....ありがと」


少女漫画のヒーロー気取りかよ。

幼馴染なだけに他の誰よりも冷たく当たってしまったけど、ご厚意はありがたく受け取ることにした。


「中学生の時、私が心理学やりたいって言った時に嘲笑ったの、秀樹のことだって知ってた?」

「あー」

間があった。

「覚えてるよ、でもあれは嘲笑ってなんかない。ちょっとびっくりしただけだよ」

「言い訳もいいとこねぇ」

「俺は確かそのあと、心理士って何か調べてみて、それでかっこいいなって思って、中略するけど今日ここに来たのはあの日がきっかけだった」

「ふーん」

半信半疑で聞いていたけど、悪い気はしなかった。


「そういえば、ユウに彼氏ができるなんてな。映画館で会った時、世界がひっくり返るかと思ったぜ」

「それはどうもね」

「そいつのどこが好きなんだ?確かにイケメンだった気がするけど」

「いやあの、別に好きとかじゃなくて...」

「なに、じゃあ好きじゃない奴と付き合ってんのか?」

「.....」


「まぁ、悩みとかあったら遠慮なく俺に言えよ」

またイケメン気取り。見た目も声も大人になったのに、性格だけは相変わらず痛い奴だな、と思った。


結局、秀樹は分かれ道の公民館までではなく、遠回りをしてまで私の家の前まで送ってくれた。


「ありがとう、気をつけて帰ってね」


私の心は雨にも負けず温かく晴れ、

今までにない鼓動の高鳴りを感じた。


元やんちゃボーイが紳士になって現れた。そんな錯覚を起こしたのかもしれない。


それは新しいゲームのチュートリアルのような、これから始まるなにか《初恋》への期待だった。

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