山本ユウ(1)
二年生の夏にもなってしまって今更、良きアイディアが生まれた。
私、山本ユウは一種の心理士であるスクールカウンセラーを目指している。夢って人に知られるのは恥ずかしい。応援されたくない訳ではない。でも他人からどんなアドバイスが来るか分からないし、真剣に受け止めてもらえるという保証もないから。中学生の時に将来の話になって、幼馴染の秀樹に笑われてからというもの、人には一切話していない。真剣な夢ほどそう簡単に口にできるものではないのだ。ところが進路希望調査の時期になればある程度は将来の方向性を明かしていかなければいけない。
部屋には心理学の本。心理学といっても高校生がイメージするような心理テストとかではなくて、自然科学と精神科学、両方の研究対象である学問としての心理学。それらを読み込んで、内容を把握して、キーワードを覚えて高校生のうちに心理学検定2級は取得する。大学でも心理学を追究して、資格をとる。大学卒業後はいくつかの中学校や高校でカウンセラーとして働く。
そんな人生プランだった。
ところが気がついたのだ。
以前に職業リサーチのために、悩みを抱えている生徒を装ってスクールカウンセラーの植田先生と面談してもらった。先生は私の架空の話をよく聞いて頷いて、困った顔をして同情してくれた。演技ではなく、本当に同情していた。(少なくとも私にはそう見えた)私が本当に悩みを抱えている生徒だったら、植田先生と話して気持ちが楽になるだろう、と思った。
そして私が悩みを抱えたフリをして、拙い作り話であんなに親切な先生の心を重くしてしまったことが申し訳なくなった。
カウンセラーになりたいと言っておきながら私は何かに同情するのが苦手だ。本を読んでも感化されない、みんなが泣いたという映画を見ても、何も涙が出ないのだ。フィクションであり他人事だから。たとえノンフィクションであったとしても、自分が経験していないことを想像できないし、同情できない。
私も経験を積まないと、植田先生のような同情心を持った立派なカウンセラーにはなれないのだろう。思春期真っ最中の中学生や高校生の話し相手になるには、この若い時期の状況とか、感情とか、しっかり味わっておいた方が、後で役に立つに違いない。
だがしかし、これだけは…。
恋愛だ。高二にもなって私には恋愛経験がない。到底彼氏なんていたことがないし、片思いも失恋も経験がない。言うまでもなく、想いを寄せられたことも。周りの人たちは特に苦労もせず人を好きになって、恋愛を楽しんでるみたいで、羨ましい。
それで閃いた良きアイディアというのは、私と同じように、恋愛という経験を必要としている人と恋人関係になってみる、仮交際ということ。もちろん相手にも体験型交際であることを前提に同意してもらえたら、だ。そうゆう人同士であればこの仮交際もお互いのためになるはずだ。提案は私からになるけど、ウィンウィンな関係ではないか。
そこで丁度よく私の前(物理的にも)に現れたのがあの人。中重タクヤ。タクヤくんが小説家を目指しているのはなんとなく前から知っていた。古典の授業中に執筆しているのも、小説のメモ用の小さなノートを持ち歩いていることも。あ、この間私と話した後で思いついたように「コミュ障克服委員会」と書かれたのはちょっと腹が立ったけど。
まぁ私が人と話すのが苦手だってことは否定しない。仮交際のことも視野に入れつつ、最近はタクヤくんと話すようにしていたけど、やはりどう会話を続ければいいか分からなくていつも不自然になってしまう。もしコミュ障を克服するような小説を書いてくれるなら読んでみたいとは思う。
いよいよ学校祭だ。私はそんなに活躍できないけれど。
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