中重タクヤ(2)
梅雨も明け、学祭が近くなる。校舎の中庭にはマリーゴールドが植えられ、校庭の木では蝉が鳴く。
どうゆうわけかあの日以来頻繁に話しかけてくるようになった山本ユウ。
基本的に今まで女子と話してこなかった俺の日常は多少なりとも変化した。
話しかけてくると言っても、おはよう、とか、このプリント今日提出だっけ、といったクラスメイトらしい事務連絡をぎこちなく言ってくるだけだ。
俺もそんなに人のことを言える立場ではないけど、この人明らかにコミュ障と闘っているなと思われている彼女がたまに痛かった。
「おはよう!」
「おはよ」
「今日も雨みたいね」
「そうだね」
続けようのない会話にどう返したらいいのかも分からなくなる。
何気ない日常の中でふと思い浮かんだネタを書き留めるための小さなノート(ネタ帳と呼んでいる)は常に制服のブレザーのポケットに入れている。いつか使えるかもしれないネタとして、「コミュ障克服委員会」と書き込んでみた。
普段の授業中は律儀にノートを取り先生の話を聞きながら、よく頭の中だけで小説の構想を練っている。
ただ、古文の授業中だけは退屈だから小説ノートを出して執筆をしている。
「『見ゆる』これはヤ行四段活用の連体形ですね、こっちは…」
おじいちゃん先生がひとりでに喋ってる中、船を漕ぎだす人も多いけどそれよりは執筆している方がマシかと思う。
「みゆ」古文ではこれは男女が結婚する という意味でも使われる。こんな平安時代の娯楽小説でもラブロマンスが主流なのか。
恋愛、そして結婚。公募で賞に入る作品は恋愛小説も多い。
恋愛なぁ…。
恥ずかしながら俺は高校二年にもなって恋と自覚するような恋をしたことがない。クラスの可愛い子にはそれなりに目で折ってしまったりするけど、それは恋とは無関係だ。
自らの経験がないのにどうやって恋心を表現すればいい?代筆?取材?
でも考えてみれば、異世界ファンタジーを書く作家だって自らが異世界に行ったわけではない。想像だけで作り上げた世界を堂々と描いているではないか。
いや、でもそれとこれとは訳が違う。異世界は全ての人が想像上の中だけに世界だけど、恋愛はすでにほとんどの人が経験している実在する世界なのだ。
愛用しているネット小説サイトには毎月ミニコンテストが開催される。来月のお題は「初恋」だ。
いま恋愛小説を書いたところで、好きとか嫌いとか、極めて単純な、二進数的な、それどころか1次元的な文章で完結してしまいそうだ。恋ができるまで恋愛小説はお預けかもしれないな。 このお預けが解かれる日はいつになるのだろう。
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