模擬恋愛
雨野瀧
中重タクヤ(1)
6月の初め。梅雨に差し掛かるこの季節。進路希望調査のプリントが配られる。
「明日のロングホームルームの時間使って進路オリエンテーションをやるから。それまでにみんな、親御さんと話し合いながら書いてきてな」
気さくな男の先生が言う。
俺も気がついたらもう高二か。進路のこと考えないといけないのか。今の学校生活は退屈でもない。友達はそこそこいるし、模試では学年10位以内に入るくらいで勉強もそこそこできる。彼女はいないけど、充実してるからずっとこのままでもいいと思う。
贅沢な話、高校生は勉強さえしていれば役を果たしているのだ。親の金で通学して学校はそれなりに楽しくて、放課後は遊んで、家に帰ったら温かいご飯。多くの高校生にとって当たり前なのかもしれないけど、こんなありがたい生活はこの先ないと思う。だからずっと高校生でいいのに。
なんて緩い考えをしている俺だが怠けた大人にはなりたくない。
家に帰って、進路希望調査を自分で書き上げた。なかなかの成績の人が集まる倍率の高い我が進学校では9割の人が大学に進むが、我が家にそんなお金はあるのだろうか。聞いたことすらない。
国公立、私立文系、私立理系、専門、就職などで希望する選択肢にチェックを入れるようになっていて、専門学校にチェックを入れた。分野も書く欄があって、テキトーな事は書きたくないから一応ググってみた。俺の目指す職業は一応、マスコミ・芸能の分野に入るらしい。あ、でも俳優とか芸能界で活躍するつもりでは全くない。
次の日は予告通り、進路オリエンテーション。大学や学部を紹介した進路ガイドブックを進路係が配り、先生は全員の調査票を見てコメントして回った。後ろの席の女子は理系の大学で心理学をやりたいんだとか、話が聞こえてくる。次は俺の番。詳しく聞かれたら、未定とごまかすつもりだった。
「マスコミ系か。
「まぁ、作家に限らず文を書く仕事ができれば、」
まぁ、図星なんですけどね。
「それならなー、専門学校じゃなくて大学って方向もあるから、そっちも考えたらいい」
「はい…」
そして次の生徒へと移って行った。
言われなくても分かってますとも、先生、なぜ大学じゃなく専門学校を志望しているかも考えたらいい。
根本はそこじゃなかった。
夢というのは本気であればあるほど、そう簡単に人に話せるものではないと思う。特に、才能を本業にする狭き門を潜ろうとしている人にとって。そんな風に軽々しく人前で言い当てられたことに反感を抱いた。
不意に、今までほとんど話したことのない後ろの席の女子から声をかけられた。
「ねぇ、ほんとに作家になりたいんでしょ」
「え、」
「聞こえちゃったよ」
「心理学で俺の考えを読んだとでも?」
「え、」
「聞こえちゃったよ」
このどうでもいい会話には意味はあったのだろうか。
後ろの席の彼女、山本ユウはまだ何か言いたげだった。
「あ、今週末は模試やるからな。模試っていうのは受験の練習みたいなもんだ、模試で経験を積んで...」
先生はまたクラスに向かって叫んでいた。
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