Part11 燃える流星の拳
リアライバルは飛び掛かりざま、右の前肢を振り下ろして来た。
乾いた血をこびり付かせた鋸の爪が、空気を引き裂いて迫る。
クロスブラッドは前に踏み込みつつ、両手を交差させてリアライバルの肢を受け止めた。
重量級の獣肢と鉄の手甲が激突し、衝撃波さえ発生する。クロスブラッドの両足がグラウンドの地面をひび割れさせて沈んだ。
「りゃっ!」
しかしクロスブラッドは怯む事なく、右脚を高く振り上げてリアライバルの下顎を強打した。顔を反らすリアライバルの下から抜け出すと、クロスブラッドは跳躍し、左の跳び回し蹴りで顔面を横薙ぎにする。
左の前肢を折って、地面に崩れ落ちるリアライバル。
着地したクロスブラッドは怪物に追撃を仕掛けようと駆け出したが、リアライバルの肩の翼が動くと、その翅がクロスブラッド目掛けて発射された。
足を止め、射出される半透明の翅を手刀で弾き落とすクロスブラッド。赤いチョップが宙を舞えば、発射された翅が劣化したビニールのように乾いた音を立てて霧散した。
この隙に体勢を立て直したリアライバルが、今度は身体を回転させ、その太い尻尾をクロスブラッドに叩き付けて来た。クロスブラッドは両腕を身体の前で重ねてガードするも、砂のカーテンを作り上げる風圧を放つ尻尾の一撃に、吹き飛ばされてしまう。
クロスブラッドの身体が、地上一メートルくらいの高さで、縦に回転しながら飛んでゆく。地面に両手を突いて、勢いを殺し、顔を上げるとすぐそこにリアライバルが肉薄していた。
その突撃を、初めと同じく身体の全面で受け止めるクロスブラッド。しかしリアライバルは既にワインレッドの怪人を脅威と認識し、獲物をいたぶる猫の
クロスブラッドの足が、斜め後ろに沈んでゆく。押されているのだった。
クロスブラッドは右腕をリアライバルの頸に回し、格闘技で言うフロントネックロックの形に持ってゆこうとした。するとリアライバルは太くて長い頸を反らして、クロスブラッドを天に掲げる形にしてしまう。
更に、肩の翼がクロスブラッドを睨み、半透明の翅を射出した。クロスブラッドはリアライバルの頸から手を放し、離脱を図るも、タイムラグによって撃ち出された翅の攻撃を直撃されてしまう。
今度は、先程手刀で払い除けた時とは違って、半透明の翅はクロスブラッドの装甲の表面に突き立った瞬間、破裂音と共に小さな爆発を連鎖させて、ワインレッドの装甲内に衝撃を叩き込んだ。
「ぐぁっ……」
呻きつつ、校庭に落下するクロスブラッドを、リアライバルが足蹴にする。
クロスブラッドが地面を転がって、うつ伏せになった。
「こんな筈じゃ……これでは、力が全く発揮出来ない!」
クロスブラッドのヘルメットの下で、ミライが言った。
「朔耶! 聞こえているか、朔耶!」
ミライは仮面の側面に手を当てて呼び掛けた。応答はない。
その間にもリアライバルはクロスブラッドに接近しており、左の前肢を持ち上げて振り下ろした。
校庭を転がり、これを回避、クロスブラッドが立ち上がる。
リアライバルは頭を低くすると、額の口を大きく開き、二本の舌の先から唾液を滴らせた。かと思うと、その唾液が、寒気の雨の後、家のひさしを伝う水滴のように固形化して、氷柱のようなものに変化した。
リアライバルが、氷柱となった唾液を数本、吐き出した。クロスブラッドが見た所、その数は五本。
クロスブラッドは最初の一本を左の手刀で、二本目を右の回し受け、三本目と四本目を左の回し蹴り連撃で払い除けるも、五本目を右手で払った瞬間、この後ろに隠されていた六本目の直撃を受けた。
翅のように爆発はしなかったが、唾液の氷柱は右胸に突き刺さり、皮膚には届いていないものの鎧を打ち抜く衝撃は、暫く肩を上げられないくらいであった。その上、氷柱は着弾点を中心に広がって凍て付き始めた。
「朔耶! お前の協力が必要なんだ! お前がいなければクロスブラッドは本当の力を発揮出来ない。だから、眼を覚ますんだ! 朔耶!」
必死に呼び掛けるミライ。リアライバルは彼の心の動揺を狙ったように素早く飛び掛かり、最初にやったように右前肢を打ち付けようとした。
「仕方ねぇな……」
ミライは低く呟いた。リアライバルの攻撃に対し小さく飛びずさりつつも、それは回避とはとても言えない動きであり、実際、クロスブラッドの顔面にはリアライバルの爪がクリーンヒットしたのであった。
頭を、どかん! と叩かれる衝撃が、俺の意識を覚醒させた。
俺は妙な密閉感と、そこに入り込む冷たい風で眼を覚ましたが、全身を熱に浮かされたような痛みまでも感知した。
何度か瞬きをして、視界を正常化させる。すると眼の前に、牡丹坂高校の校舎をバックにして、あの怪物が佇んでいた。
――うわあぁっ!
悲鳴を上げて逃げようとするが、身体が動かない。
「漸く眼を覚ましたか」
頭の中で声がした。
ミライと名乗った男の声だった。
そう言えば俺は、そのミライに促されて、変なデバイスに変なメダルを入れて……。
「説明は後だ。お前の身体を借りてるぞ」
ミライが俺の頭の中でそう言うと、俺の身体が俺の意思ではなく動き出した。怪物を……リアライバルとか呼ばれていた化け物を視界に収めつつ、奴の左側に回り込もうとする。
この時に俺は、身体を走らせるのに振っている手が、赤い鎧のようなものに包まれているのを見た。いや、手だけではない、全身を圧迫されている感覚がある。そして顔の閉塞感はヘルメットでも被っているのだろうが、多分、左眼の位置だけが剥き出しになっていた。
――これ、どうなってるんだ!? あんた誰なんだ? 俺は一体!?
「説明は後だと言っただろう? 今は兎に角、協力してくれ! あの人を助けるんだ!」
不思議な感覚だった。俺が言葉を発した時、俺は唇を動かす事が出来なかった。けれどミライの声がしている時、俺は自分が喋っているように口を動かしていた。自分の言葉に遅れて口が動くようで、どうにも不気味である。
だが、その感覚はともあれ、ミライの声は迫真であった。彼が嘘やふざけている様子は感じられない。きっと俺は彼に協力すべきなんだろう。そして“あの人”とやらを助けるべきなんだろうと思った。
状況の一切は不明だが、それだけは信じられる。
――分かった! 協力するよ。それで俺は何をすれば良いの?
「その気持ちだけでありがたい! 朔耶、忘れるな! あの人を助けたいという気持ちを!」
自分の左側に回り込もうとする俺たちを追って、リアライバルの顔が動いた。と、その顔が勢い良く右に傾けられたかと思うと、太い尻尾が俺たちへのカウンターのように唸る。
――うわぁぁぁっ!
「大丈夫だ!」
ミライが言うと、俺の両手が横に持ち上がり、尻尾を受け止める。衝撃こそ伝わるものの、俺の身体は一歩も退く事はなかった。
俺の身体は地面から跳び上がり、リアライバルの尻尾の上に飛び乗った。そうして、その尻尾を伝ってリアライバルの背中へと駆け出してゆく。
顔にあった四つの眼の内、後ろ寄りの二つがこちらを見た。肩の翼が俺の方を向き、半透明の翅を俺に向けて発射する。
「ふっ!」
俺の口が鋭く呼気を発し、俺の右の手刀が空中に光の尾を描いて翅を払い除ける。
その間に、俺の左手が腰からクロスピナーを取り出し、再び展開していた。
「息を合わせろ、必殺技だ!」
俺の口で言う。俺はここに来て漸く、ミライが俺の口で喋っている事に気付いた。
だからそれは俺の言葉でもあるように、俺の身体は動く。
ミライが、クロスピナーの台座面の裏側に、指を這わせる。携帯電話のようにテンキーになっており、指は8・0・1と、上側のエンターキーを押し込んだ。
【Beat up!】
重装した時と同じようにリューズをひねり、機械音声を発するクロスピナーを右手に沿えた。回転するメダルから溢れ出した赤黒い霧が腕に絡み付き、拳に収束した。
――分かった!
ミライの呼び掛けに答えたが、これは言葉には出ていない。ただ、俺の心が、ミライに伝わった。そしてミライの心も俺に伝わり、二人は文字通り一心同体、ミライが俺に見せたイメージを俺が類まれなる妄想力で鮮明化し、ミライの魂が俺の身体を動かした!
「「【
俺とミライの右の拳が、リアライバルの背中に深々と突き刺さった。クロスブラッドの腕は赤熱化した流星となって、闇の魔獣にエネルギーを流し込み、粉砕するのだ。
ぼん! と、大きな爆発が発生し、俺たちの身体は弾き飛ばされた。しかし爆風の巻き起こした砂埃から飛び出す俺に、その爆発のダメージはないようである。
――やった!
俺は、剥き出しの左眼に入った埃を、まばたきで洗い流したかった。だが、俺の身体は今ミライに掌握されており、それは彼の意思がなければ難しい事である。
「まだだ」
ミライが言った。
やがて砂埃が晴れてゆくと、そこに、あの怪物の姿はなくなっていた。木端微塵に消し飛んだという事だろうか?
違う、そうではない。
砂のヴェールの内側で、よろよろと立ち上がるシルエットがあった。それは……
「――え!?」
俺たちを振り向いたその人物は、長い黒髪をぼさぼさにし、白い頬を土で汚した、牡丹坂高校のブレザーの胸元を開き、白いブラウスをぐぐっと前に突き出している女……
「あやちゃん……?」
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