第20話 青年よ、ごめんね。
「だから、ごめんねって」
「うるさいっ!お前のせいでオレは、オレは……っ!」
「あれは不慮の事故だって。そこらへん、ルチアもわかってくれるよ、たぶん」
「うおぉぉぉぉぉっ!」
号泣するアルトロの背中を撫でつつ、ダンテはこっそりとため息を吐いた。
どうして自分は、対戦相手に寄り添い慰めているのだろうか。
ダンテは答えを求めて天を仰ぐ。
朝と変わらず、空は澄んだ色をしていた。
◆
時は遡り、小鳥歌う快晴の朝。
寝起きで調子の悪いダンテは、食卓でボーッと座っていた。
食べたかったネルプのジャムはジュリオに回収されてしまい、おやつ用に寄せていたドライネルプは数日前に食べきってしまった。そのせいで驚くほどやる気がでない。
仕方なく味気無いパンをモソモソと頬張り、水で流し込む。
ゆっくりと時間の流れる家の中は、眠くなるほど静かだ。
ジュリオとハイリーは決闘の準備のために、朝早くから出掛けている。エルシーリアは祭りの準備の手伝いで不在。
だから今この家にはダンテしかいない。
特にやるべき事もなく、ギリギリの時間まで寝ているかと腰を上げたその時だった。
「おい、おい!ダンテ!ダンテはいるかっ!?」
聞き覚えのある大音声と、それと同じくらい大きなノックの音が家を揺らした。
無視することも考えたがノックがうるさ過ぎて看過できず、嫌々扉を開ける。
「おいっ!出てくるのが遅くないか!?礼儀のなってないヤツめ!」
「……おはようございまーす」
暑苦しいアルトロの悪態にうんざりしながらの朝の挨拶。
まだ体は気だるいが、アルトロの姿を見たら少しだけ目が覚めた。
「……なんだその服」
胸下辺りまでの極端に丈の短いシャツ。中に着用している黒いインナーも、肋骨くらいまでしかない。そのため石畳のような腹筋が空気に晒されていた。
ゆったりとしたズボンは腰に巻いたヒラヒラの布で締めているようだ。
服全体に豪華な刺繍が施されており、特に金糸が朝日を反射して眩しい。
「教えてやろうっ!これはシエラート村伝統の衣装で、祭りでは狩りの神を演じるときに使われるのだ!」
「へぇ。なんか……、そうなんだ」
堂々たる腹筋の存在感に笑いそうになりながら、ダンテは適当に相槌を打った。
そんなことなど露知らず、アルトロは腹筋を見せつけるように胸を張る。
「そうだっ!この豪華で力強い姿を前にすれば、地味なお前なんて誰も見ないだろう!」
「地味って言うなや。俺はこれしかないんだから」
ダンテは『神官見習い』であることを示すローブを摘まんだ。
灰色のくるぶしまで届くローブは確かに、アルトロの衣装と比較するまでもなく地味である。
「いいか?今回の勝負、注目も名誉も勝利も、全てオレのものだからなっ!フハハハハッ!」
一通り言いたいことは言ったのか。高笑いしながらアルトロは去って行った。
その背中を見送り、ダンテはため息を吐いて静かに扉を閉めた。
「何しに来たんだか……」
◆
「何をしに来たんだお前は!オレを舐めているのか!?」
竜の如く暴れまわる豪風の中で、アルトロは声を張り上げた。表情は険しく、握り締めた小弓がギラリと弦を光らせる。
一方で対峙するダンテは冷静に、黙々と風魔術を起こし続けた。彼の膨大な魔力から作られる風が、壁となってアルトロを圧倒する。
特殊な結界の外ではジュリオやハイリー、エルシーリアに、ラウラとルチアの姉妹、他にも大勢の村人たちが、興奮した様子で勝負を見守っていた。
「べつに舐めてない」
「いいや!舐めてる!だってさっきから風魔術しか使わないじゃないか!というか風のせいでオレの弓の腕が見せられないじゃないか!」
「知らんて。
「くっそ!
地面から勢いよく飛び出してくる土の弾丸。
ダンテは自身が放った旋風に乗り土砲弾をかわすと、アルトロの背後へと飛んだ。
アルトロは直ぐに反応し、反対方向へ距離を取りつつ矢を放つ。
風を切り射出された矢は、ダンテの服を僅かに切り付けた。
立ち位置が入れ替わり、互いに様子を窺う。
ジリジリとした睨み合いの最中、ダンテの耳が観客の声を拾った。
「ダ、ダンテ君……っ」
振り返れば、ルチアが祈るように両手を合わせ、ダンテを見つめている。
真剣な眼差しに少しドキドキしながらも、冷静にダンテは立ち位置をチェックした。
「ああ、クソ!どうしてルチアは……っ!」
「……」
「よ、よそ見するなんて余裕じゃねーか!」
悔しそうなアルトロの表情。
その顔に向かって右手を差し出し、ダンテは先程より遥かに魔力を込めた魔術を練り上げる。
「さっきからなに言ってるかわからんけど……こっからが本番だ」
遠慮せず、思い切り魔力を消費できることに軽い喜びを覚えるダンテ。だいぶ邪悪な笑顔になっていることに本人は気がついていない。
その右手に集まる魔力の圧倒的密度に、アルトロも観客も目を丸くする中、ダンテの唇が呪文を唱えた。
「
瞬間。
結界内に、狂乱したかのような暴風が発生する。
四方八方から吹きすさぶ動きの読めない風に、アルトロは息ができず、対抗する呪文も唱えられず、押し出されないようにひたすら足を踏ん張っていた。
狂風は砂を巻き上げ、対戦者たちを隠してしまう。
観客たちはビリビリと結界を突き抜けて感じる魔力に曝されながら、五分、十分と息を止め、勝負の結末を待った。
やがて魔力が引き、風が静まり始める。
観客は固唾を飲んで見守る。
砂煙が徐々に収まっていく。
そして、不敵な笑顔を浮かべたアルトロが砂煙の中から現れた。
弾けんばかりの歓声。歯ぎしりするダンテ。
対照的な視線がアルトロを捉える。
アルトロはその両方を笑って受け止めた。
「ハハハっ!スゴいなお前!大した魔力だ!」
「……どーも」
「さすがのオレも驚いたぜ!こんなに魔力のあるヤツ、初めてだ!相手がオレじゃなければ勝てただろうよ!」
上着は吹き飛ばされ、腰布は緩み、全身傷だらけでも、その目を見た誰もが、アルトロが優位だと思った。
彼はギラギラとした闘志を剥き出し、鼓舞の雄叫びを上げる。
「ぅおおおお!次はオレの番だぁっ!」
アルトロの反撃が始まる。
彼は矢を一度に三本も掴み、一切の迷いなくダンテに向けて放った。
矢は鋭く真っ直ぐにダンテの手足を狙う。咄嗟に風魔術を展開し二本は跳ね返したが、一本が腕を掠めた。
深紅の糸が張り付いたかのような傷が走り、じわりと血が滲む。
「よそ見をしている時間はないぞ!」
「!!」
再び矢がアルトロの手から飛び立ち、ダンテに迫る。
防御するも、風の盾をすり抜けるように矢は絶え間なく襲い来る。恐ろしく速い連射に、防戦一方となるダンテ。
細かな傷が積み重なり、ゆっくりと嬲るように体力を削られていく。
「どうした?さっきみたいにスゴい魔術を出してきてもいいんだぞ?」
「くっそ……
煽られ苛立ち混じりに放った魔術は、アルトロに届く直前で消失した。
周囲からザワザワとどよめきが上がる。魔力を使いすぎたんだと、観客の誰かが叫んだ。
歯を食い縛り、焦りを顔に浮かべ、なおもダンテは攻撃を試みる。
「ら、
攻撃を全て弾いて走り抜け、ダンテの目の前に立ったアルトロが胸ぐらを掴む。
彼は鼻息が当たるほどの距離で目を合わせ、勝機を前に興奮した口調で捲し立てた。
「ハハハっ!距離をとっていれば勝てると、そう思っただろ!そうだよな?この体格差、肉弾戦となればお前が不利なのは見てわかるもんな!でも魔力切れを起こしたらどうしようもなくなるだろうに!まさか押し切れるとでも思ったか!?お前、そこまでバカだったのか!頭良さそうな面してるくせに、オレよりバカだったとはなっ!」
「いや、お前よりは頭いいよ。……ちょっと硬いかもしれないけど」
「あ?」
そしてダンテは、アルトロに全力で頭突きをお見舞いする。
襟を掴む手が緩んだ隙に足払いをかけ、地面に押し倒した。そのまま腕を振り上げ、顎に一発。
歓声と悲鳴が結界を震わせる。
「ぐっ!こんにゃろっ!」
アルトロは直ぐに腕を掴み、捻るようにして体勢を入れ替えた。
互いに殴り、引っ掻き、掴み合い、ゴロゴロと転がりながら泥臭い闘いを繰り広げる。
「いい加減降参しろっ!この澄まし顔やろーがっ!」
「知るかボケッ!こちとら勝手に喧嘩買わされて迷惑してんだ!」
「そもそもお前が!村に来なければっ!ルチアはオレとっ!」
「うっせ現実見ろバーカバーカ!」
「子供かよ!お前ほんとに神官見習いかっ!?」
口は達者に動くが、やはり体格差・体力差は大きいようだ。徐々にダンテが圧倒されていく。
ついに掴み合いから逃げ出したダンテを、アルトロは馬乗りになって押さえつけた。
「しぶといヤツめ。だが、その根性は認めてやる!さあ、降参しろ!もう手も足も動かせないだろうが!」
「ああ、手と足は動かないな」
ダンテの口がニヤリと笑い、流れてきた血を舌で舐めとった。
興奮で瞳孔の開ききった瞳が、怪訝な表情のアルトロを写す。
「
「!!!」
自由に動く口が呪文を唱え、降り注ぐように放たれた風の槍。それらはアルトロの脇腹や腿を掠めて地面に突き刺さる。
慌てて飛び退きダンテと相対する顔は、驚きの感情に溢れていた。
「は?……ハハハ!アッハッハっ!やるじゃねーかお前!スゲーな!残りカスの魔力で一発逆転狙いか!」
「え、違うけど?」
全身が痛いので座ったまま、ダンテはお得意の風魔術を操る。
「
真正面から浴びせられる強風に、目を閉じ足を開いて耐えるアルトロ。
砂や自身の放った矢が風に乗り、肌を掠めていく。
「っく、こんな、の!た、ただの強風じゃねーかっ!」
叫び声と同時に風が止んだ。
ダンテはなにも言わず、静かにアルトロを見つめる。微かに哀れみの混ざった瞳で。
「結局同じことばっかじゃねーか!おい!」
アルトロの煽る言葉にも動じず、じっと座っている。
不審に思ったアルトロは、そこでようやく観客たちの様子がおかしいことに気がついた。
目を伏せる婦人たち。
爆笑する友人たち。
頭を抱える親父たち。
「……なんだ?」
「お前まだ気がついてないのか」
「何がだよ!」
ダンテは黙って下を指差した。
アルトロは黙って下を見た。
腰布は飛ばされ跡形もなく、ズボンはビリビリに破けて脚に絡まっているだけ。
陽射しに堂々と照らされた下半身に纏うのは、お花の模様が愛らしい、超極小面積の下着。
ナニとは言わないが、はみ出していないのが奇跡である。
「あ……こっ、これは……」
あたふたしだすアルトロ。
その耳に、とある少女の悲鳴が届く。
「いやっ、いやぁぁぁぁぁっ!」
顔を真っ赤にして走り去るルチア。彼女と共に何人かの少女も広場を去る。
「あっ!る、ルチア!待って!待ってくれぇっ!!!」
アルトロはパンイチで走りだし、決闘場を飛び出してルチアを追い掛けていった。
呆然とする観客たちを見回し、目的の人物を見つけたダンテが声を上げる。
「範囲から出たし、これ、俺の勝利でいいんですよね?村長さん?」
「……」
メルクリオ村長は不憫そうな目でアルトロが走って行った先を見つめ、なにも答えなかった。
◆
暫くして、きちんとズボンを身につけ涙に暮れるアルトロが、村人によって連れ戻された。
その後は冒頭の通りである。
ダンテが謝罪し、アルトロは崩れ落ちた。
2人を中心にメルクリオやエルシーリア、ジュリオやハイリーといった関係者が集まり、静かに見つめあっている。
何かを話そうにも、アルトロの号泣がうるさくて会話にならないからだ。
そうして皆、虚ろな表情でアルトロが泣き止むのを待った。
ただただ、待った。
神よ、聖剣なんていらないから平和に暮らしたいでのすが 加賀七太郎 @n4_seven
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