第11話 父よ、泣くな。
部屋いっぱいに広がる温かな湯気。
お茶の香りとスパイスの風味を楽しみながら一息いれると、ヒートアップしていたダンテの感情も緩やかに落ち着いてきた。
「さて、どうして聖剣がダンテに宿っているのか理解して頂けましたか?」
「はい。なんと言うか……大変でしたのね」
「……」
黙ってお茶を啜るダンテに苦笑を投げ掛けるモリス。聖剣の話をするといつもこうなるので慣れたものである。
彼は続いてハイリーに向き直ると、丁寧に頭を下げた。
「まあ、本人もこの調子ですし、聖剣についてはどうか他言無用でお願いします。ダンテの尊厳にも関わるので」
「はい、勿論です。……話しても信じてもらえないと思いますけどね」
ダンテは静かに頷いた。
さっきから一言も喋らないのは、お茶の香りに集中したいからであって、決して感情を爆発させた事が恥ずかしかったからではない。
そうして皆のカップが空になる頃、モリスは村に何が起きたのかを説明し始めた。
「さて、次は村の状況について話しましょう」
再びピリッとした真剣な空気が満ちる。
「日が暮れる少し前のことでした。突然、村の北の方から爆発音が聞こえてきました」
「北の方……ってことは村長の家の方か?」
「そのとおりだ。そうして慌てて音の方へ向かうと、村長の家が燃えていて、その前に魔族の男が立っていたのです。男はあちこちに放火し、村はあっという間に炎に包まれました」
「魔族の男……きっとディッキーに違いありませんね」
ハイリーが眉根を寄せて呟き、ダンテとジュリオは頷いた。
「ジュリオたちも目撃したのか?」
「目撃したっていうか、戦った」
「戦ったぁ!?」
声が裏返るモリスに対し、ジュリオは今まで何があったのかを簡単に説明する。
深刻な顔をしていたモリスは、徐々に目を潤ませ、最終的には3人を強く抱き締め号泣し始めた。
「うおぉぉぉっ!ほんとにっ!無事でよかったぁぁぁぁぁっ!!!」
「親父、親父!落ち着いて!ダンテが白目剥いてるっ!」
いち早く腕から抜け出したジュリオは、父モリスを引き剥がし、ダンテを蘇生させ、硬直しているハイリーを座らせた。
それぞれが正常な状態に戻ったところで、話しを再開する。
「すまんすまん。どうもこの歳になると涙脆くてな。……魔族の男が襲撃してきて、一瞬で村は壊滅的な被害を受けました。火による死傷者も多く……」
ダンテたちの脳裏に、黒く燃やし尽くされた村の惨状がよみがえる。その景色の中には、人の形をした炭がいくつも転がっていた。
「魔術を使える者に護ってもらいながら、村人・旅人合わせて300人程がなんとか教会に避難しました。そしてカルロの転移魔術でここまで避難して来たというわけです」
「……半分以上死んだのか」
「いいや、あの状況で半分も生き残れたんだ。奇跡的な事じゃないか。……そうして避難した我々はすぐに通信術士に頼んで、国へ報告しました」
通信術士とは、各集落に配置された国家公認魔術師のことである。通信術士同士で通信魔術を使うことで、手紙や伝令よりも早く情報を共有できるため生活に欠かせない存在だ。
「報告してからすぐに、マチルダという若いのが中心になって動き始めました。今は怪我人や死者の確認をしたり、国へ援助申請を出したりしています」
「へー、マチルダが?村にいたときは喧嘩ばかりでいっつも村長に反発してたのにな」
「その親父さんが亡くなったんだ。マチルダも自分なりにいろいろ考えているんだろうよ」
そう答えながら、ダンテは村長の娘であるマチルダのことを思い出す。
細身ながら気も腕っ節も強い彼女は、いわゆる不良グループのリーダーだ。村にいる若者を率いて、よく集会や喧嘩、また自警団のような行動もしていた。因みにダンテも何度か喧嘩を吹っ掛けられた経験がある。
一方で、喧嘩の翌日にはきちんと謝罪しにくるような几帳面さもあった。
その時に持ってきてくれた、ネルプ入りの焼き菓子が美味しかったことが印象に残っている。
「マチルダを始めとした若者が主体的に動いてくれているので助かっていますよ」
そこで一旦言葉を切り、モリスは首を左右に振った。
「ただ、予想外の事が起きていまして……」
「予想外の事?」
首を傾げる3人。
モリスは顔をしかめ、髪をかき回し、非常に困っている様子だった。
「村に魔族が出たということを伝えたら、国王陛下が、直接パドフルィ城まで説明しに来るようにと……」
「嘘だろ!?」「国王陛下に!?」「なんで!?」
3人はほぼ同時に驚愕の声を上げる。
国王のいるパドフルィ城に招かれるのは上級貴族、もしくは勇者や上級魔術師など重要役職の者くらいだ。
ちっぽけな村の一般庶民は、一生掛かっても足を踏み入れることすらできないはずの場所である。もし少しでも失礼があれば、田舎者の首なんて簡単に飛ぶことだろう。
「前魔王が討伐されてからまだ5年。早すぎる魔王の復活に危機感を覚えた陛下が、自ら情報を集めておられるらしく」
「陛下すげー、超行動的じゃん」
「ジュリオ、不敬罪に問われるから。話し方に気を付けなさい」
「へーい」
窘められたジュリオは適当な返事を返し、モリスの眉間に縦じわを刻ませた。
「やれやれ。……まあ、そういうことで。誰が行くべきかで悩んでいたところです。村長は行方不明……おそらく死亡していることでしょうし、私は村復興のために資金や資材集めを任されていますし、他の者も怪我「なるほど!では私たちが行きましょう!」
「「は?」」
首が折れそうなほど勢いよく振り返る男子2人など目もくれず、ハイリーは使命感に満ちた瞳を爛々と輝かせていた。
「私たちなら魔族の男と交戦していますから、きっと陛下にとっても有益なお話しができるでしょうし、旅にも慣れています!私たち3人が適任でしょう!」
「お前だけ行けばいいんじゃないか?」
「そうかもしれませんが……私、聖剣のことをつい包み隠さず話してしまいそうで」
「ふざけんなよ……」
泣きそうなのか怒りそうなのか、ダンテの顔に複雑で微妙な表情が浮かぶ。堪らずジュリオが口を出した。
「そんな脅すなよー。可哀想じゃん」
「脅し??」
「なにその純粋な瞳。天然で脅してたの?だったら余計危険だわ」
「そうなのですよ。私、嘘が苦手でして。でもジュリオさんほど口の上手い方なら、私のうっかりも何とかできるでしょう?」
「勝手に尻拭い要員にすんじゃねー!」
小さな体を目一杯大きく広げて威嚇するジュリオと、小首を傾げてキョトンとしているハイリー。
そんな2人に向かってダンテは投げやりに言い放つ。
「じゃあもうハイリーとジュリオで行ってきてよ。俺は留守番してるから」
「戦う術の無い俺を放り出すなよ」
「だってお前、旅自体は慣れてるじゃん。それに城に行っても俺、謁見の作法とかわからないから無理」
「俺だって完璧ではねーよ」
「それでしたら私が教えて差し上げましょうか?パドフルィ城でしたら、小さい頃から何度か招待していただいた経験もありますし」
サラリとハイリーの口からとんでもない事が聞こえたような気がした。
「招待?小さい頃から?何度か?」
「あっ」
ハイリーが固まった。
必死に言い訳を考えているのだろうか。目をキョロキョロと動かし、瞬きを千回以上はしている。
しかし嘘をつけない性格なのは本当だったようで、やがて深々とその頭を下げたのであった。
「あの、その、黙っているつもりはなかったのですが……申し訳ありません」
頭を上げたハイリーの、顔立ちも立ち振舞いも何も変わっていないはずなのに。
突然、先程とは別人のような気高い雰囲気が全身に満ちる。頭から指先まで纏った、優美で、高貴で、高尚なオーラが場を支配する。
「私の本当の名前は、ハイリエッタ・フレイヤ・ジャスティーナ・クイントン。リオーレ王国の第6王女です」
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