第10話 息子よ、お前に託した。
涙と鼻水でグシャグシャの男性が、ダンテとジュリオを抱き締めている。
「うぉおおおっ!!!よく無事だった息子たちよぉおおお!!!」
「痛い痛い痛いいだだだだっ!」
「親父さん!折れる!折れるっ!」
村に入るや否や飛び出してきた彼の名前はモリス。ジュリオの父親だ。
泣き叫びながら激烈なハグをお見舞いし、今にも息子たちを絞め殺しそうなその様子を、ハイリーはそっと離れて見守っていた。
◆
「ハァ、ハァ……。少しは落ち着いた?」
「あぁ」
モリスは大きな音を立てて鼻をかみ、濃い茶色の髪をガシガシかき回して照れたように笑った。
顔立ちこそ全く似ていないが、豪快さと背の低さ、そして笑顔がジュリオとそっくりである。
「すまない。嬉しいわ驚いたわで、ついな」
「俺らも驚いたわ」
「親父さんも、村の人も無事で良かった。まさかガ
その言葉に、モリスは優しく答えた。
「ああ。カルロ……お前の父親のおかげでな」
「え?」
「カルロが旅に出る前に、教会に『転移魔術』の魔方陣を描いていったんだ。何かあった時に、隣村へすぐ避難できるようにってな」
「……初耳なんだけど」
「大人にしか伝えてなかったからなー。でも子供たちにも『何かあった時は教会に避難しなさい』って言ってただろ?」
釈然としない表情のダンテの頭を、ゴツい手が力強く撫でる。
「いろいろ思うことはあるだろうが、今回は素直にカルロのこと認めてやれや。あいつがアホみたいに極めた転移魔術だから、救えた命があるんだ」
それでもムッとした表情のダンテに苦笑し、モリスは少しだけ声のトーンを落とした。
「それでも神官様や村民、旅人の何人かはやられてしまったよ」
「……やっぱ、そっか」
「親父、他のみんなは今どこに?」
「親戚の家や宿屋にいるよ。落ち着いたらみんなで村の片付けに行こうと話してたところだ」
「ガ
少しだけ驚き、少しだけ嬉しそうにジュリオが
「当然!俺たちの村はどこだ?ミルティーユ村だろう」
「まーな……そっか、よかった」
ジュリオが安堵のため息をついたところで、背後から盛大に鼻をかむ音が響く。
皆が思わず振り返ると、ハイリーがハンカチで顔を覆っていた。彼女は嗚咽交じりの感極まった声を張り上げる。
「父と子の絆……死してなお人々を守る勇姿……そして故郷を愛する心……っ!私は今、大変感動しております……っ!」
涙で真っ赤になった目が真っ直ぐにモリスを見つめ、大袈裟な動きでその手を握った。
「お父様!ぜひお話をお聞かせください!何かお役に立てるかもしれません!」
「お、おぉ。勇者様にそう言って頂けて光栄です。とりあえず落ち着いたところに移動しましょうか。どうぞこちらへ」
勢いに圧され気味のモリスが案内したのは、借りている宿屋の一室だ。
狭い部屋に4人でぎゅう詰めになりながら、まずはハイリーが口火を切る。
「確認したいことやお聞きしたいことはたくさんあるのですが、あの、……について」
「え?なんて言った?」
もにょもにょと言い淀み、肝心な部分が聞き取れなかった。ダンテが聞き返すと、ハイリーは耳まで真っ赤にして再び口を開く。
「聖剣、について教えていただけますか?その、どうしてダンテさんの、……に付いているのか」
咄嗟に逃げようとするダンテをジュリオが素早く捕まえ、シーツでグルグル巻きにする。
その様子を横目で見ながら、モリスは聖剣の経緯について話し始めた。
「ご存知かもしれませんが、聖剣は聖者エルサルトが神託を受けて制作し、歴代の勇者に受け継がれてきました。そして勇者の死と共に神の元へ戻り、時が来たら神から新たな勇者へ授けられる。ところが」
「親父は死ぬ直前に転移魔術で俺の……体に聖剣を移した」
シーツから抜け出したダンテが不貞腐れた調子で口を挟む。
一拍置いて言葉の意味を理解したハイリーは素っ頓狂な声をあげた。
「そんなこと可能なのですか?!」
「普通は無理だろうけど、転移魔術に関しては親父以上の使い手はいないらしいからな。それでも」
そこで言葉を区切り黙り込む。沈黙の中、俯いたダンテから歯軋りの音が漏れ出してきた。
そして苛立ちが頂点に達したダンテは、怒髪天を衝く勢いで立ち上がり、吠えた。
「それでも、俺に、俺の股関に転移させる必要はなかったよなぁ!?この5年でどれだけ
ダンテの脳裏に苦い記憶が甦る。
◆
それは、体に聖剣が宿されたばかりの頃。
聖剣の転移とともに父の死を理解したダンテは、悲しみに暮れる日々を過ごしていた。
暗い顔で過ごしていたある日、その悲しみに寄り添ってくれる人物が現れた。
旅の途中で村を訪れた、治癒師の女性。自身も天涯孤独の身だという彼女は、滞在予定を伸ばしてまでダンテのことを心配してくれた。
彼女の優しさに触れるうちに徐々に元気を取り戻し、ダンテはやがて淡い恋心を抱いた。
ある夜ダンテ少年は、想いを伝えるため彼女の借りている部屋を訪れ、扉を叩いた。
少し間を置いて扉が開き、現れた彼女の姿にダンテは硬直してしまった。
入浴中だったらしい彼女の頬は赤く染まり、桃色の髪は艶やかに濡れている。薄手のワンピースは、下着や胸のラインが透けてしまっていた。ちょうど目線の高さで揺れる双丘が、視界と思考を多い尽くし、伝えたかったはずの言葉もすっかり吹き飛んでしまった。
そして突然、ダンテの股間が光輝いた。
眩しく光る股間を、初恋の人が凝視している。羞恥と困惑がダンテを襲い、彼はその場から走り去った。
家に着く頃には股間の光は消えていたが、グチャグチャになった感情をどうすることもできず、ダンテは泣きながら布団に潜った。
結局、その後彼女と話すことはなく、初恋の人はいつの間にか村から去っていた。
あの時の彼女の表情と耐え難い羞恥心は心に深く影を落とし、それ以来ダンテは女性と接することが苦手になったのであった。
◆
などという思い出をハイリーに語るのは恥ずかしいし、光る条件を伝えるのは更に恥ずかしいため、端折って『聖剣が勝手に光る』とだけ伝えたダンテ。
「親父が
冴えない思春期を送った鬱憤は、諸悪の根元である父親に向けられる。
顔を真っ赤にして怒るダンテに若干引き気味のハイリー。そこへ訳知り顔のジュリオが口を挟んできた。
「まー、ハイリーにはわからんかもしれないけど。ちょっとしたアレで光るもんだから、ダンテもいろいろと大変な思いをしてきたのさ」
困ったような表情で「そうですか」と答えたハイリーは、しばらくダンテの股間を眺めていたが、やがてポツリと呟いた。
「なぜわざわざダンテさんのち……体、に転移させたのでしょう?もっと別の場所に移すこともできたはずですよね」
「わからん。わからんから余計に腹が立つ。俺だって本当は女子と……なんでもない。とにかく全部親父のせいだ」
少し冷静になったダンテは深いため息を吐いて自身の股間を見つめた。根深いコンプレックスは、今日もソコに静かに宿っている。
「
ダンテの怨み言は、虚しく部屋の天井にぶつかった。
「親父め、なんで
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