第9話 故郷よ、さようなら。
心地よい風が頬を撫でる。
フワフワと空飛ぶ絨毯は、気まずい雰囲気の3人を乗せて森の中を進んでいた。
「もうさー、和解してくれよ。間に挟まれる俺の気持ちにもなって?」
「別に全然全く気にしていませんっ!」
「超気にしてるじゃねーか」
「無理、恥ずかしくて死ぬ。俺もうお嫁に行けない……」
「ち◯この1本や2本、気にすんじゃねーよ」
「おいジュリオ」
もう何度目かわからない沈黙。
隣村まではまだ距離がある。到着まで如何にしてこの空気を変えるか、ジュリオはため息をついて頭を抱えた。
◆
時は少し戻り、不慮の事故が起きたその後のこと。
ようやく回復したジュリオを連れて村の中に入った3人は、その凄惨さに閉口した。
炭化した樹木、瓦礫と化した家、焼け崩れた死体。絶望感や喪失感が押し寄せ、その惨たらしさに涙が滲む。
それでも、生存者がいるかもしれないと一縷の望みに賭け、3人は手分けして村の中を捜索し始めた。
教会周辺を捜索していたダンテは、崩壊の激しい表側から裏側へと回り込んだ。
教会裏の墓場も、表ほどではないものの荒れており、ダンテの父の墓も倒されていた。
「……んっ?」
チカッと、瞬間的な点滅。
近づいてよく観察してみる。光の正体は、父の墓の底面に貼り付けられた、金属の板のようだった。板には文字が刻まれているが、錆や火のせいで、文字はほぼ読めなくなっている。
「輝か い運 結び は
私た 再 旅 つ日 決 る ろう
三つ 聖器 に
つ 魔器を 制 るの
の魔 尽き
命の が 絡ま 合う時
我 が世 に真の平和 たら う」
不明瞭な文章と不自然な設置場所に、ダンテは微かに顔をしかめた。誰が、何故、こんな所にメッセージを残したのか?
しかしその疑問は、自分を呼ぶ声でかき消されてしまった。
「ダンテー!ちょいと手伝ってくれー!」
「今行くー!」
ジュリオに呼ばれ向かったのは、自分達の住居兼雑貨屋だった場所。つい数時間前までくつろいでいた空間は、見るも無惨な姿に成り果てている。
そんな場所でジュリオは、一心不乱に瓦礫をよせていた。
「おー、お前も手伝え」
「何してんだよ。崩れたら危ねえって」
「たぶんこの辺なんだよなー」
ダンテの言葉を無視して、炭の塊を遠くへ投げ捨てるジュリオ。
彼は煤まみれの手をズボンに擦り付け、いつもの調子で問いかけた。
「問題。この村の普通の家になくて店にあるもの、なーんだ?」
「はぁ?」
「ヒント。お前のお気に入り」
「……地下室?」
「せいかーい」
考えを理解し頷くダンテに、ジュリオは再度手伝うように促す。
「地下なら多少なんか残ってるかもって、な。わかったら手伝え」
「おっし任せろ」
そう言って気合いを入れると、腕を捲り、両手を付き出す。それを見たジュリオが瓦礫の上から退いた。
ダンテは息を吸って少しばかり集中し、呪文を唱える。
「
激しい風が一瞬のうちに吹きすさび、あっという間に瓦礫を運び去る。柱も、炭化した商品も、ボロボロの看板も。
そうして塞がれていた地下への階段が現れ、2人は慎重に降りていった。
「思ったよりは無事っぽいな」
そのような感想を持つが、やはり地下も相当のダメージを受けている。
しかし、ジュリオは一切迷いのない動きであっちを探し、こっちを探り、色々な物を集めてきた。
「何探してんだ?」
「使えそうなの色々。ほら『三年式拡張鞄』もあったぜ」
それは一見すると普通の鞄であった。
しかしその鞄には、三年間有効な『空間拡張魔術』が掛かっている。使い始めから三年間に限り、見た目以上の容量を仕舞うことができる便利な道具だ。
ただし拡張魔術を掛けられる黒魔術師は限られているため、非常に高価な品である。
「ギリ食べれそうな保存食に、ナイフ、薬、金。あと生き残ってた魔道具を少々とそれから~」
ジュリオは説明しながら次々と道具を取り出して見せた。幼い頃から父親の行商の旅に同行していただけあり、道具のチョイスに迷いがない。
一通り説明し終え、さっさと上へ戻ろうとするジュリオ。
ダンテは床に敷いてある絨毯を引っ張り出し、後に続いた。その様子を見たジュリオが目を丸くする。
「えっ、絨毯なんて何に使うのさ?」
「ちょっと試したいことが……ていうかこの絨毯、全然焼けてないな」
「火蟲で染めた耐火絨毯だからな。不人気だから店頭には置かなかったけど」
「火蟲って火山に住んでるあの火蟲?」
「そう、あの火蟲。んで試したいことって?」
話しながら階段を登り、地上に降り立つ。
絨毯を地面に置いて広げながら、ダンテはある考えを説明した。
「絨毯に『
「……何それ天才の発想っ!?」
「もっと褒めたまえ。いやゴメン。本当は人から聞いた話です」
「聞いた話かーい。まあでも、それで半日は短縮できるな」
「それな。そんなわけでジュリオ、魔方陣描いてくれ」
ジュリオはあからさまに嫌そうな顔をした。しかしダンテはその肩を抱き、宥めるように説得を試みる。
「な、頼む、頼むよ〜。お前の魔方陣めちゃめちゃキレイだからお前に描いて欲しいんだよ~」
「ウッザ!描くよ、描くけどさー」
面倒臭そうに鞄からインクと筆を取り出すジュリオ。
ぶつくさ言いながらも手は迷いなく動き、一瞬で道具を使ったかのような正円が描かれる。その内側に古代文字と風の神を意味する記号を描き加え、魔方陣が出来上がった。
後は魔力を流せば、空飛ぶ絨毯の完成だ。
「前から思ってたけど、完成度がすげぇよ」
「お世辞ならいらねーぞ」
「これは本音だって」
そんな会話をしていると、別行動していたハイリーが戻ってきた。
彼女はこちらの姿を見つけると一旦足を止め、俯き、モジモジしながら近づいてくる。
「ハイリーお帰りー」
「ただいま戻りました。大変申し訳ございません。生存者は見つかりませんでした……」
悲しそうに報告し、すぐに顔を伏せる。落ち着かない様子で視線を彷徨わせ、スッとダンテに背を向けるハイリー。
一方のダンテも明後日の方向を向き、あり得ないくらいぎこちない動きで頭を掻いている。
「お疲れ様。ハイリー」
「あっハイ!お疲れ様でございます!」
「俺らもあちこち捜索して。使える道具集めました」
「それは助かりますですね!」
「空飛ぶ絨毯も作って、移動が楽になります」
「なるほど!」
「俺とハイリーで魔力流して、移動します。わかった?」
「なるほど!」
「〜〜〜おめーらギクシャクにも程があるだろっ!!」
間に挟まれていたジュリオが堪らず叫ぶ。
「いい加減ち◯このことは忘れろ!」
「「ジュリオ(さん)っ!」」
ツッコミと同時に2人は振り返り、目が合ってしまった。お互いに顔を真っ赤に染めて、俯く。
深いため息が、2人の間を通過していった。
しばらくして、陽の光が頭を見せ始めた頃。
ようやく落ち着いたハイリーが鎧に手を突っ込み中をガサゴソ探りだした。
「……そういえば。生存者の捜索と一緒に頼まれていた『青い花』と『白い物』見つけてきましたよ」
腰に下げていた袋から、白い石や皿の破片のような物を取り出す。続いて深い谷間からは、ハンカチに包まれた7~8本ほどの青い花が取り出された。
彼女の谷間にも拡張魔術が掛かっているのだろうか。
「お花はこれしか見つけられませんでしたが……」
「お、ありがとな。あってよかった」
「村の外れの方の、高台に咲いていました」
笑って受けとるジュリオの顔を覗き込み、小首を傾げてハイリーは問いかけた。
「これは何に使うのですか?」
「村人を弔うためにさ」
「お花はともかく、どうして『白い物』が必要なんですか?」
その問いかけには、地面に穴を掘っていたダンテが答えた。
「ミルティーユ村の伝統なんだ。青い花は、死者の安らかな眠りを願うため。白い物は、死者が天国に行くために、身の潔白を証明する物として。そして……」
穴の中に適当な木の枝を突き立て簡易的な墓標を作ると、その前に青い花と白い石や破片を並べた。
「……ワインも葡萄ジュースも見つからなかったなぁ」
「しかたねーよ」
そう言ってナイフを取り出したジュリオは、躊躇いなく自分の指の腹を切る。
流れ出す血を何滴か墓標の前に垂らし、ナイフをダンテに渡した。ダンテも同じく指を切り、血を墓標の前に垂らす。
「それは……?」
「『赤い液体』の意味は、生きる喜び。あなたのおかげで今を生きています、って感じかな。本当はワインなんだけど、無いから俺らの血で勘弁してもらうのさ」
ジュリオから止血薬を受け取りつつ、ダンテが答えた。
一連の動作を見ていたハイリーは、おもむろに腰の袋から刃物の破片を取り出し、自身の指を切り裂いた。
「「えっ」」
目を丸くした2人に柔らかく笑いかけ、ハイリーもまた、その赤い液体を亡き村人へ捧げた。
「村の皆様は、とても優しく私を歓迎してくださいましたので」
「……あぁ、そう」
そっけない返事をして、ダンテは墓標に向かって、いや村に向かって祈った。組まれた手が微かに震えているのを静かに眺めながら、ハイリーも同じく祈る。その隣で、ジュリオの手も硬く組まれている。
包み込むような朝の日差しが、残された者たちを優しく温めた。
短い黙祷が終わり、3人はやおら動き出す。
「もう出発していいのですか?」
「ずっとここにいても仕方ないし」
「はやく隣村にいかなきゃな」
あっさりとした様子のダンテたちに、ハイリーは訝しげな表情を浮かべた。
「もっと、感情的になってもいいのですよ?悔やんだり、悲しんだり、勇者である私に文句を言ったっていいのに」
その発言にダンテとジュリオは同時に顔を見合せ、同時に肩をすくめた。そしてそのまま旅立ちの準備を始める。
ハイリーはまだ何か言いたそうだったが無視されてしまい、渋々自分も準備に取りかかった。
空飛ぶ絨毯に腰掛け、魔力を込める。
ふわりと浮かび上がった絨毯が3人を包み、森の中を進み始めた。
過ぎ去る黒い森を通り抜けながら、故郷を背にする若者は呟く。
「まー、悲しむのは後からでもできるし」
「それもまた、人生さ」
◆
そして冒頭の場面へと戻る。
移動中のちょっとした会話から羞恥心をぶり返した一行は、いたたまれない雰囲気を乗せて前へと進む。
森は緑色に輝き、太陽は頭上を飾る。
隣村・ガレッタ村まで、あと少し。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます