第12話

足の手当が終わったとき、藤井は梓の目を見ないで言った。

「結婚、なさるのですか」

声のトーンはいつもと変わらない。

「許嫁だから、いつかはするわよ」

梓がそう言うとそうですか、とだけ返ってきた。

梓はうつむいている藤井の顔を自分の方へ無理やりむけた。

藤井はとても苦しそうな顔をしていた。

「なんで、そんな顔するの」

梓も苦しくなってくる。

「私が結婚するのが嫌なの?」

恐る恐る聞いた。理想の返事を頭に浮かべて固唾を飲んだ。

「いえ、そんなわけございません」

藤井はまたいつもの笑顔に戻った。

「…なんで、」

「お嬢様?」

「何で私が結婚しても平気なの」

今にも泣き出しそうな声で訴える梓。

「私はあなたとずっと一緒にいたいのに」

ずっと抑えていた想いが少し溢れた瞬間だった。

戸惑う藤井。執事としてか、男としてか、梓にかけるべき言葉が分からなかった。

「今日はもう休むわ、出ていって」

沈黙に耐えられなくなった梓は藤井に背を向けた。

「お嬢様、私は」

「聞きたくない!」

断られることが怖かった。今の関係が丁度良かったと思っていたはずなのに、壊れていく自分が怖かった。

「お休みなさいませ」

藤井は梓の背中に頭を下げた。

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祈り花 しらほし @shirahoshi__

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