25話 再会と解放と土だるま
「お疲れさん。気を付けて戻れよ」
翌朝、いくつもの書類にサインした少年は自分の荷物を全て受取り、見送る受付の男に頭を下げながら詰所を後にした。昨夜以降レグサスや弌浪に会うことはなかった。
通りは朝の賑わいを見せ始めていた。人通りはまだまばらながら、忙しなく人々が行き交い、茶店には朝の一時を寛ぐ者が見られ、民家からは元気な子供の声が聞こえてくる。
少年はそれらを見ることもなく見聞きしていたが、突如前触れなく進行方向を変えた。腰に下げた袋ががさりと音をたてる。
宿とは異なる方向へ歩を進めた少年は、閑散とした道に入っていった。その歩みに迷いはなく、辿り着いたのは見覚えのある空き地。立ち止まった少年は、周囲をぐるりと見渡した。人っ子一人いない。空き地を囲む石壁を渡る虎模様の小型動物が、突然の訪問者に気付き軽やかに身を翻す。
町のざわめきは薄膜を経たようにどこか遠くに響き、奇妙に張り詰めた静かな空気が辺りを漂う。ややして肩の力を抜いた少年は、元来た道へと身を翻した。
「一緒に行く決心がついた?」
その時少年の背後からやや低めの、しかしどこか幼さの残る声がかかる。
軽く目を見開いた少年は振り返り、黒髪黒い肌の少女の姿を認めると心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「良かった。もしかしたらもう会えないんじゃないかと思ってた」
「まだ答えを聞いていないから。決心はついた? 約束を永遠に。守って、くれるんでしょう?」
少年は笑った。それは普段彼が見せないような透明な、どこか懐古的な表情で。
「約束……そう、確かにした。不思議だ。あんな前のことなのにちゃんと覚えてる。そういえばあの時も一緒一緒って言ってて……」
少年は沈黙を続ける腰袋を軽く叩いた。黒髪の少女が頷く。
「大切な思い出は消えない。伴う想いが大きければ大きいほど。それは皆一緒。ただ同じ思い出を抱えていても、抱く想いは人それぞれなだけ」
「難しくて子供の俺にはわかりませんね」
「そう」
肩を竦める少年を、少女が目を半眼にして見据えた。
「とにかくさっさとここを発たないと面倒。荷物がそれだけならこのまま行く。風術は上達した? 遅れないように着いてきて」
少女が片足を下げて動こうとした時、突如少年が身を震わせ始めた。
「──ふっ、ふっ。ふふっ。ふふふ。……風術は上達しましたよ。ふっ。そりゃあの頃に比べればね」
低い笑いが乾いた大気を震わせる。眉根を寄せて少年を見た少女は、ちらりと周囲を見遣り僅かに身構えた。
「俺はね。最近ガマンにガマンを重ねてきたんだ。訳わからない人には付き纏われ、疑われ、挙げ句の果てには捕まり。何かイロイロ雁字搦めで頭おかしくなりそうだったけど、それでも『蘇芳さま』にお伝えしたいことがあったから、こうしてリスク承知でこんな所までノコノコやってきたんだ」
「なに」
「──そうですね。心配しなくても俺は約束を守る。でも思い出したんですよ。どんなに悩んでも結局、俺は人の思惑に乗って動くのはキライなんだ。俺は自分で、自分がしたいようにする。だから──」
にこりと少年が笑う。風が舞う。大地が軋む。
少年の背後に、濃紺の服を着た男とそれに従う者達が現れる。
少女の眼差しが険しくなり、少年の口許が不敵に吊り上がる。
「こうお伝え下さい────用があるならてめぇから来いや
怒声と共に風が爆発し、粉塵がその場の全てを白く染めた。
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