二人目




ありふれた六本木の夕闇が私を支配している。




……久しぶりにみんなで集まったコンサート、楽しかったな。






今日くらいは。






———今日くらい、いいよね。





…路地の喧騒から少し離れた路地裏。



一見店かもわからないただ広いバーの、

妙に長いバーカウンターの隅に座る。




シェーカーが振られる音。


遠くの客の話が耳を燻ってる。


バーのグラスが微かに触れ合う。




そんな音の奥で、

1980年代モダンミュージックがこの場を支配していた。




……ここはいつでも薄暗がりのなか緊密で濃い夜の空気に満ちていて、なんだか落ち着く。





バーテンの彼は静かに聞いてくる。



「お久しぶりですね。」



「えぇ」



「一年経ったか経たないか、だったかしら」




「そんな感じです」




「演奏会帰りですか?」





「まぁね」

「高校時代の友達と一緒に、よ」




「そういうのを今の時代では『エモい』というそうですよ」




「…あんたホントに意味わかってるのそれ?」





「……」





「…い、いつもので宜しいでしょうか」




「…いえ、今日はウィスキーをお願い、おすすめのやつね」



暫くこの空気に身を委ねているとバーテンダーが目の前にウィスキーを持ってきた。




——ふぅん、ロックアイスなんて洒落てるじゃない。




アイスを指で廻すとグラスとぶつかり合って小気味いいソプラノの音を奏でる。




「お酒はあんまり喉に良くないんだけどねぇ」



「それでも飲んでしまうのが酒というものでしょう」



「ふふ、今日は随分機嫌がいいじゃなあい?」






グラスを傾けながら、私は幽かに笑う。





…ふと、照明がウィスキーに反射して煌めく。




その刹那のキャンバスに、少し懐かしさを覚えた気がして、





———何故か、高校の時の記憶が蘇った気がして。








あの人にとられてしまった、柔らかい笑顔の、彼が、










……グラスの奥で笑ったような気がして。

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