雨は花に生かされる
孤児院で暮らしていた。
私は生まれたばかりに両親に捨てられた。そして、道端で泣いている私をシスターが拾ってくれたのだ。雨の降る日だったらしい。
ある日、私は初めて花を吐いた。ちいさな四枚の花弁でできた青い紫陽花だった。理由は彼が孤児院に来たから。いや、私が彼を好きになったからだろう。こんなにも可愛らしい、小さな理由で私はこんな異質なものになってしまったのだ。
彼は涙を流せない人だった。彼が流す涙は目から離れるとすぐに青い宝石に変わり、床にカツン、と落ちていくのだ。私はそれが綺麗で、大好きだった。
私と彼はすぐに仲良くなった。いつも一緒に図書室で本を読んでいた。似たような本を好きになり、違う本を読んでいたのならお互いにその本を勧めあう。孤児院の前の丘の花畑でもよく遊んだ。私は花が好きだったので、綺麗な花を集めて彼にプレゼントした。彼はお礼にと、花の冠を作ってくれた。そんな幸せな時を過ごす度に、私は花を吐くのだ。
ある日、老人が孤児院にやってきた。老人は彼の涙や私の花、もう一人の男の子の目のことを話に来たという。老人は言った。この力はいずれ身を滅ぼすと。愛するものを失って初めてその力を制御できるようになると。二人は動揺し、自分の持ってしまった恐ろしい力におびえた。でも私は何故だか、何の恐怖も感じなかった。死というものへの恐怖さえ。いつか彼を失ってしまったら幸せな日々も消えてしまうのかなと、呑気に考えていた。ふと顔を上げると、彼と目が合った。彼の青い目。私が好きになったその瞳。
その瞬間私は気づいたのだ。私が何をすべきか。彼は私と同じように、私のことを愛してくれていたのだと思う。こう言えば傲慢に聞こえるだろうが、勘違いではなかったと思う。私はすぐさま行動に出た。孤児院の外に向かって駆けた、大切な私たちの花園へと急ぐ。後ろから誰かの足音が追いかけてくる。彼だろうか。少しの期待とともに、私は花を吐きながら孤児院を飛び出していく。
花は激しい雨に打ちつけられてうなだれていた。私は花を吐いた。涙も一緒に吐いた。あの人もこれからきっと涙を流せるようになるだろう。
たった今手の平いっぱいに吐いた紫陽花が雨粒をまとって輝いている。私が生きるくらいならば、彼のために。それで彼が生き続けられるというのなら、これ以上の幸せはない。
私は花を呑む。意識が朦朧としていく。倒れこむ直前に彼は私を抱きとめてくれた。彼の頬に涙がつたっている。雨のせいなんかではない。勘違いじゃなくてよかった。彼は無事に、私を失うことができたのだ。彼の頬をそっと撫でる。色白い肌に、宝石のような青い目が埋め込まれている。初めて会った時から、私はその瞳に魅せられていた。
愛しているなんて言わない。言ってしまったら彼にとってその言葉は呪いとなってしまうから。
ああ。
「生きてね」
さようなら。愛する人。
きっとあなたはこれから、暖かい涙を流すことでしょう。
純白な心を持てば月と友になれる。月はいつも話しかけながらついてきてくれる。だが、いつしか月は話しかけてこなくなった。澄みわたっていた心はどこへ行ってしまったのだろうか。
「星が綺麗ね。」
小さくとも群をなして美しく輝いている。
彼に笑顔で振り返った。いつかの記憶だった。
今となっては、雨の中でしか生きられない紫陽花の花である。
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