第31話:暗雲


翌朝を迎え、いつも通りの時間に起床する。


「ん・・・・・・?」


「えへへー・・・・・・」


嬉しそうに腕に絡みついている葵を引き剥がし、起こさないように着替える。


少し早く起きたので、いつも通りにミステリー小説を読んで時間を過ごす。

このシリーズは伏線が巧妙で知られており、犯人が明かされる所まで進んだ。

夫の復讐を遂げた妻が泣き崩れるシーンまでを眺めて本を閉じる。


さて、シャワーを浴びて学校へ行こう。


「いつまで寝てるんだ、お前は」


「ふわぁ・・・・・・よく寝たぁ」


腕の辺りを小突くと、寝ぼけ眼で葵は目を覚ます。

まだ時間に余裕はあるが、そういえば昔から朝が弱かった。


「着替えとかもあるんだし部屋戻れよ。今なら何とか見つからないだろ」


「うん、そだね・・・・・・」


欠伸をすると部屋を出ていく葵の背中に連也は声を掛ける。


「悩みがあったら話せよ。また泊めてやるから」


「うん、ありがと!」


葵が不安になって連也を頼ったのだということは誰にでもわかる。

故にわざわざ帰れたのに二人きりで話したいと望んだのだ。


葵のことを大切に思っているのは彼女にも伝わっているはずだった。


「さて、俺も支度するか」


シャワーを浴び直して制服の袖に手を通す。

学園内を探索する為に暗記したのが幸いして、内部も概ね把握した。

学園生としても少しずつ順応して、普通の生活が出来るようになってきた。


天空都市では普通ではいられないかもしれない哀愁も振り払えるくらいに。



「よう、芦原」


教室に律羽と葵と共に入る。

実戦学で付き合ってくれた男子生徒から早くも声がかかり、友好的に応じた。


「良かったわね、馴染めたみたいで」


「律羽のおかげだよ、本当に感謝してる」


「別に私が口を出さなくてもあなたの順応力なら遠からず同じ状況になっていたわよ」


事も無げにそういう律羽全く恩に着せることがない。

確かにそうかもしれないが、ここまで早くに順応出来たのは律羽のおかげだ。


「それでも俺は感謝してるんだよ」


「そう。それじゃ、有難く受け取っておくわ」


連也が真剣に言っていることは伝わったようで、律羽も表情を和らげて応じた。

どうやら最初に抱いていた不審感はある程度は拭えたと思っていいようだ。


「そういえば二人とも聞いた?」


いつの間にか来ていた岬が口を開く。


「何がだよ。お化けでも出たのか?」


「なんだ、知ってたんだ。幽霊が夜の学園に出たらしいよ」


「何・・・・・・?」


夜の学園に潜入したばかりなので、それはあまりにもタイミングが良過ぎた。

これは本当に幽霊騒ぎなのか、もしかしたら連也の耳に届かせるように噂を流したのではないのか。


少なくともこれは警告だと思っていい。


「幽霊ねえ、どこで出たんだ?」


「表門の辺りで警備員が見かけたってさ。そこからは見てないらしいけどね」


どうやら全てを見られていた線はなさそうだ。

全て知っているのなら、情報棟への侵入を許したとか噂を流せば連也は当分は自由に動けなくなる。

地上から人が来てすぐに侵入者が出たということで疑われる線も薄い。


何故なら、この侵入には学園の施設への深い理解が必須だ。


その二つを表向きには持たない二人では、この侵入は成し得ないのだ。

そもそも、連也の部屋のカメラには何も映ってはいない上にセンサーが反応してもいない。

加えて普通に考えれば天空都市に来て怪しまれやすいタイミングで侵入する馬鹿はいない。


それにしても油断のならない学園だ。


完璧に痕跡は消したはずだが、何者かが侵入に気付いていた。

警備員が見たというだけなら、その場で大事になっているだろう。

何より、連也の五感に全く引っ掛からなかった。


「この高度でも幽霊はいるんだな」


「まあ、空の上で死ねば有り得るんじゃないかな」


だから、顔色一つ変えずに笑う。

この状況で連也の行動が露見している可能性はゼロに近い。




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