第29話:蠢く影-Ⅱ


夜の学園は重苦しい空気で満ちていた。


なぜだろう、涼しいそよ風さえも不気味に思える。

念の為に慎重に歩みを重ねつつ、わずかに足を浮かせて歩く。

バッテリーも出力を下げればほぼ駆動音はない。


まずは校舎に侵入できるかどうかだ。


普段の学び舎には思ったよりも簡単に侵入できた。

灯りが点いている部屋が一部屋だけあったので、宿直か何かかと思って避けた。

むしろ人がいるからこそ簡単に侵入できたのかもしれない。


今日で完全な成果を得ようとは思っていない。


まずは石橋を叩いて渡る精神でどこまで行動できるのかを把握すべきだ。

授業棟に関してはそこまで警備がされていないのは予想の範疇である。


問題はデータベースがある棟か。


あそこの二階より上は窓も異常に厳重でセキュリティーも最高峰だ。

いざとなれば破壊して入ればいいが、ここで強行突破する意味も薄い。


「今日は近付かないでおくのが利口な気もするんだけどな」


それでも、ここまで来たからには行く。


連也は情報棟に近付くと景から受け取ったカードキーを使用して中へ足を踏み入れた。

一階のデータベースだけは生徒のIDでも入れるが、その先には教官のIDが必要だ。

故に連也が手にしているのは教官用のライセンスカードである。

権利者データを削除してある、このIDカードでは入室が履歴に残らない。


要は教官であるのは間違いないが、名前は不明というデータでセキュリティの穴をすり抜ける。


セキュリティに関しては地上に近いレベルだ。

天空都市にこの技術の基礎を持ち込んだのが誰かは気になるが、今は置いておこう。



さすがに教官の個室に侵入できるほど万能ではないが、入れる部屋もあるはず。


まだ入ったことのない二階。

カメラやセンサーを慎重に確認しながら、ゆっくりと進んでいく。

部屋の明かりは全て消えており、研究で残っている人間がいないことは確認済みだ。


念の為に個人カードキーと適合するかどうかを確認しつつ歩く。

すると、一つだけ開いている部屋があった。


それは転用技術学の授業を教えている石流教官の部屋だった。


部屋をそっと覗くと誰もおらず、部屋の中には整頓された資料が置いてあるだけ。

机の上に置かれた資料は転用に関する論文だ。

内容も特に問題があるように思えない。


「あの人、部屋綺麗にしてるんだな。そういうイメージだったけどさ」


だが、ふと視界の端に紙切れが映る。


それは作成しかけの資料で、そこに書かれていたのはあくまで推測となる理論を纏めたもののようだった。


“人造獣災の可能性と対策について”とある。


捲っていくとまだ数ページ分だったようだが、人造の獣をエアリアルとして稼働させることで新たな労働力・戦力として期待できるという内容だ。

その為には空に住む獣、通称では獣災じゅうさいを別方向から解析していくべきだと語っている。


確かに警備ロボットの役目を果たす獣が使えれば、人の多くない天空都市では大きな変革になるかもしれない。


運搬業などでも作業効率が向上するだろう。


だが、引っ掛かるのは人造の獣と聞いてイメージするものだ。


律羽が相手にしていた明らかに純粋な生き物ではない鋼の獣。

それが果たして何か関係があるのかはわからない。

しかし、石流教官なりに騎士の人員不足を解決しようと研究しているようだった。


論文を見る限りは理論も試作品も完成していない様子なので、その技術に関してはとやかく言えるものではなかった。


今は早めに切り上げなければならないので、先に進むことにした。




続いて三階に到達した、その先。



そして、連也は目的の部屋をついに見つけた。



カードキーを使うとそこも無事に開いた。


その中に安置されていたのは、紛れもなく連也が追い求めていたものだった。

性質からして学園にあると思っていたが、こんなにあっさりと見つかるとは思わなかった。


だが、見つけたモノを連也には持ち出すことはできない。


まだ、そこまでは出来ない上に厳重にロックがかかっている。

仕方なく連也はそれを断念せざるを得なかった。


まあいい、ここにあることがわかっていれば役立つこともあるだろう。


これは紛れもなく英雄が持っていたもの。



―――至高のエアリアルだ。



「もー、おっそーい!!心配したんだから!!」


自室に無事に戻ってくると膨れっ面で葵が待っていた。


「悪い悪い、別に何があったわけでもないんだがな。大体のことは探れたしよ」


「まあ、いいけどね。誰にも見つからなかった?」


「ああ、神経すり減らしながら飛んだのは久しぶりだよ」


カメラやセンサーが多く仕掛けられていたので確認しながら進んでいたら遅くなってしまった。

もうすっかり夜遅くだ、と思い至る。


夜遅くなのに、なぜこいつは男の部屋にいるのだろう。


少し経ってから連也は大事な事実に気が付いた。



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