前世TUEEEからだいじょうぶ

鯖田邦吉

あッ! 佐藤の首が吹っ飛んだ!


-1-


 あッ! 佐藤の首が吹っ飛んだ! 田中もだ!

 ヒュンヒュンいいながら、ワイヤーが教室中を飛び回る。

 吉田の胴が2つに断たれ、大井がトルソーに早変わり。

 逃げようとした高村の足が膝下数センチになれば、みんなが横に裂けるなか斉藤は綺麗に左右に分かれた。


「おーい、みんな頑張ってるかぁ……ああん!?」


 すべてが終わった後、見回りにやってきた金田先生が、惨劇の跡を直視して盛大に腰を抜かす。

 先生のでかい尻(♂)の下に水たまりが広がっていくのを、幸運にもただ1人無傷で生き残ったあたしは、乾いた笑いを浮かべてぼんやり眺めていた。



-2-


 学園祭の催しは、みんなの意見を折衷した結果、金網デスマッチSMパンクビキニメイド喫茶になった。

 船頭多くして船山に登るっていうか闇鍋というか、これもう名前聞いただけでも頓挫する未来しか思い浮かばねえよなんで誰も止めなかった――という惨状だけど、『みんなが傷つかない優しい世界』なんて綺麗事を重視した結果がこの有様だ。


 だがまだ大丈夫、うちのクラスがアホ揃いでも良識ある先生方が許可を出すはずがない。

 なんて思ってたのに、「生徒の自主性に任せましょう」というありがたいお言葉によってうちのクラスの催しは承認を得てしまった。駄目だあいつら、やる気なさ過ぎる。


 承認を得てしまった以上、あたしらは金網デスマッチSMパンクビキニメイド喫茶をやるほかなくなった。

 こうなってくると意外なことに、これはもう意地でも成功させてやるぞという奇妙な連帯感があたしらの中に芽生えてくる。メイド喫茶以外の要素に失敗させてやろうという悪意しか感じとれないのは拭えない事実だけどな。


 まずあたしらは金網デスマッチSMパンクビキニメイド喫茶とは何か(哲学)、というところから始めねばならなかった。


「まず金網デスマッチって何すればいいの? 誰よ提案した奴」

「昨日転校していった山野だよ」

「あいつ自分がやらないからって好きに書きやがったな」

「じゃあもう金網デスマッチ抜きでいいじゃん」

「そういうわけにもいくか。生徒会報で各クラスの出し物はみんなの知るところなんだ。やめたりしたらこの先ずっと、『あのクラスの連中は土壇場で日和りやがった』って言われるぞ」


 言われてもあたしらは2年生だ。来年は受験でそれどころではなくなるし、そうならなくてもたった2年の我慢である。だが、あたしらの年頃にとってプライドの問題は重要事項だった。


「まず教室内を金網で取り囲もう」

「金網は鉄条網でやろうぜ。それでパンクとSMの要素クリアしたってことでよくね?」

「でも喫茶店だから鉄条網のあるところバタバタ歩き回るんでしょ? 服がズタズタにならない?」

「ビキニメイドだからズタズタになるのは皮膚だけだ、問題ない」

「前から聞きたかったけど、パンクって何? タイヤに穴あけるの?」

「いやそのパンクじゃなくて……ああもう、面倒臭いからもうタイヤの方でいいや。転がしとけ」


 かくして、奇跡的に大まかな形が成り立ってきた。

 大雑把に言うと、教室を鉄条網の金網で仕切った喫茶店だ。

 椅子やテーブルにはタイヤを使う。タイヤは学園祭当日の朝に先生たちの車から調達することにする。

 制服はSMっぽく、レザー製のビキニメイド服だ。男女問わず。実家が洋服屋の嶋村さんが工場の生産ラインをストップさせて用意してくれることになった。

 デスマッチの要素は……うん、誰かが当日なにかいい案思いつくだろう。



-3-


「……それが、どうしてこんなことに」


 虚ろな目で先生が言った。


「鉄条網が手に入らなかったんです」とあたし。「そういうわけで、有刺鉄線だけ買ってきて、自分らで網にしようとしたんですが。ちょっとケチったせいで微妙に長さが足りなくなっちゃって……で、引っ張ってたら手が滑って、『ゴース●シップ』の冒頭ショッキングシーンみたいになって」

「そんなマイナー映画の話が誰にでも通じると思うんじゃない。いまどき『ターミ●ーター2』や『B●TF』だって通じるかどうか怪しいんだぞ。たとえに使うならもっと、『変●村』くらいメジャーなのを持ってきなさい」

「『●態村』なんか誰も知らねえよ!」


 先生は顔を覆って泣き出した。


「なあこれ、俺悪くないよな? 監督不行届きじゃなくて、ただの不幸な事故だよな?」

「先生! 受け持ちの生徒が死んだってのに、自分の保身しか考えてないんですか!?」

「おまえの内申書、最大にしとくから」

「不幸な事故です。先生は何も悪くありません」


 ――ああ、なんてこと。

 あたしは転がってきた錫樹の頭をサロメのごとくに持ち上げた。

 鈴木錫樹とは恋人になってまだ1ヶ月。手も繋いでなかったのに。セッ●スはしたけど。

 お願い、生き返って。あたしにもう一度、自分をイケメンだと思い込んでいるブ男の、薄ら寒くて抱腹絶倒な勘違い台詞を聞かせてちょうだい。


「心配するな、絵美。俺は生きてる。君に涙は似合わないぜ」

「ぎゃー!」


 鈴木の生首が喋ったので、あたしは慌ててぶん投げた。


「ぎゃー!」

「ぎゃー!」


 生首は先生の股間にめり込んだ。男2人は同時に悲鳴をあげる。


「なんで生きてるの、錫樹!? 迷わず成仏しなさいよ!」

「俺、死の瞬間に思い出したんだ。前世で俺、飛頭蛮ひとうばんだったんだ。飛頭蛮の火藤バンだったんだ」

「ヒトウバンってなに? 肩こり治すやつ?」


「――飛頭蛮とは、首を飛ばす妖怪だ」


 説明してくれたのは、佐藤の生首だった。


「さ、佐藤!? あんたも妖怪なの?」

「俺をそんな奴と一緒にしないでくれ。由緒正しいデュラハンの生まれ変わりである、この俺と」

「いや、デュラハンってなによ。モンゴルの偉い人?」


「――デュラハンってのは、首と胴が生き別れて動く騎士よ」


 今度の説明役は、田中の生首だった。

 おまえら、3×3を訊かれて「ミサンガ」って答える馬鹿のくせに、なんでそういう無駄な知識だけ豊富なんだ。


「ちなみに私の前世はメデューサよ。今生でも首だけになるなんて、因果ってものはバカにできないわね。さすがに石化能力までは残ってないみたいだけど」

「聞いてないし」


 だが、甦ったのは生首だけではなかった。

 上半身だけの奴が、足がなくなった奴が、次々と起き上がってくるではないか。


「僕はテケテケの生まれ変わりで」

「うち、ペナンガラン」

「わたしはジオ●グの転生者」

「思い出した。オレはこの世に生まれる前、●ンダムBパーツだったんだ」

「おれなんか超竜●!」


 シンメトリックに左右分割された斉藤も、なんとか再合体して立ち上がる。


「よかった……みんな、生きてて……!」


 細かい理屈はどうでもいい。みんな前世の力で甦ったんだ。

 生きていればそれで充分。命があるだけ儲けもの。

 先生は責任問題にならなくて大喜びだし、内申書は惜しいけど、あたしもハッピー。


「よぉーし! みんな、身体は失っても、学園祭、成功させるぞ!」

「おう!」

「オオーッ!」

「アハハハハハハハハ!」

「はははははははは」

「ハーッハッハッハ!」


「ああでも」先生が言う。「みんな気軽に前世前世言ってるけど、結局のところ、今生じゃただの人間にすぎないわけだよね?」


 教室は静かになった。

 そのままずっと、静かなままだった。


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