14sec 最初の寝床
―――起きて……、起きてってば。
「誰……?
まだ寝かせてよ……、
すごく眠いんだ……。」
僕を呼ぶ声がすぐ近くから聞こえる。
母親でも姉でもない
ずいぶんと可愛らしい声だ。
妹…?なんて僕にいないよね。
「もうみんな目が覚めているのに。……もしかして、イットキ呪いを掛けられちゃったの!?たいへんっ、すぐに大司教様を呼ばないとっ!」
「うわあっ!だいじょうぶっ!大丈夫だから!」
慌てて飛び起きると、イットキは自分がふかふかした白い何かに包まれていることに気が付いた。どうやらとある寝室のベッドの中で眠りこけていたらしい。
「へ……?」
一瞬、呆然となるイットキに横から自分を呼んだ女の子の声がかかる。
「……よかった。――おはよう、イットキ。」
少し驚いた顔をしたチコリスがベッドの脇に立っていた。
「チコリス、呪いは?ウガルザードは?というかここはどこなの?」
イットキは記憶の最後に残る激闘を思い出し、矢継ぎ早に質問を投げかける。
「大丈夫、もう終わったよ。イットキが終わらせてくれたの。」
イットキはその言葉でホッと胸をなでおろす。
「時間の呪い自体はまだわたしのなかに残っているけど、イットキからもらった時間のおかげでしばらくは安心できるよ。あとは時間をかけて司教様に解呪してもらえば全部元通りになるって。」
どうやら本当にもう大丈夫のようだ。だとしたらあいつは……。
「ウガルザードはどうなったの?」
チコリスは複雑そうな顔をして答える。
「最後はお父様が決めることだけど。悪いようにはしない、今回のことは自分が貧困政策をうまく行えなかったから起きた、私の責任でもあるからって。だから禁魔術研究と脱獄の罪だけ裁いて、呪いの件は不問にするみたい。」
そうか……、難しい話は分からないけどウガルザードにも訳はありそうだったもんね。
イットキが他に何をきこうか思案していると、チコリスがおずおずと話し始める。
「――ねぇ……、イットキ。あんなことになる前のこと……、覚えてる?」
あんなこと……になる前?あんなことというのはウガルザードと戦ったことだろう。
その前は何してたっけ。謁見の間でチコリスのお父さん――王様に会って、それから……。
イットキはおぼろげな記憶を探り印象に残っていた言葉を思い出す。
『きゅうこん』
確かチコリスはそんなことを言っていた。そのあとウガルザードが出てきたんだっけ。
「うん、覚えてるよ。『きゅうこん』でしょ」
「うんっ!」
チコリスの顔がぱぁっと輝く。じっと見ていたくなるような素敵な笑顔だ。
その時、コンコンッと寝室のドアをノックしてハニースが入ってきた。
肩やももに包帯を巻いてはいるが無事元気なようだ。
「チコリスさまぁ。紅茶をお持ちしまし……、わわっっ、イットキさん、あっいえ、イットキさま 、目が覚めたんですね。」
そう言ってベッドわきの丸テーブルにティーセットの乗ったトレーを置き、紅茶を注ぎ始める。
チコリスはハニースにもイスに座るよう促すと、短く礼を言って紅茶に手を付け、満足そうに唇を潤す。
「チコリスさまぁ。後日、わたしとイットキさまの傷が癒えたら、イットキさまを少しお借りしたいんですがお願いできませんか。」
ハニースが紅茶を一口含んだところでチコリスに尋ねる。
「ん、ハニースが頼みごとなんて珍しいわね。なぜかしら。」
―――ん?僕を借りる?
「イットキさまはあの男の攻撃から逃れただけでなく、防御壁まで叩き割ったじゃないですか!わたしは貫けなかったのにぃ!悔しくて悔しくてたまらないんですぅ!」
ハニースは地団太を踏む代わりに腕を振って納得いかないように拗ねている。
「騎士として、チコリスさまの護衛として、イットキさまには負けていられないですっ!なので、剣の修練相手としてイットキさまを借り受けたいのですっ!」
「ええぇっっっ!!??」
イットキは素っ頓狂な声を上げてしまう。
ハニースの方がよっぽどすごい技でウガルザードを追い詰めていたのにその相手を僕がするって?
僕はチコリスの魔力借りただけで全然強くなんてない一般人なのに?
剣道場みたいなところに連れていかれてしごかれるなんて一般的帰宅部学生にはNO!お断り!
などと、即座に湧き出てきた思いをチコリスが両断する。
「いいわよ、チコリス。彼強いもの。傷が治ったら全力で相手してあげてね。」
「ええぇっっっっっ!!??」
イットキは二度目の悲鳴を上げる。
「ち、ちょ、ちょ、ちょっとまってっ!どうして僕がそんなスパルタトレーニング会場みたいなところに連行されなきゃいけな――。」
「いいじゃない。実際あの男を倒したのはイットキでしょ?わたしの護衛も鍛えられるし、イットキも剣の使い方くらいは覚えておかないと今後困っちゃうよ。」
「えっ、今後って……?」
そういえばこの後どうしよう?全く何にも考えてなかったけど、お城に住まわせてもらったりできるんだろうか。
「いっ、いろいろあるでしょ!いろいろ……。」
なぜだかチコリスはそっぽを向いてイットキから目をそらす。
何か機嫌を損ねちゃったんだろうか。でもチコリスのこんな平和な一面も見られたんだ、ウガルザードとの戦いを――頑張って、――乗り切って、やっと報われたような気がする。
イットキはほっと胸をなでおろしてチコリスを見つめていた。
コンコンっ、と部屋のドアをノックする音が聞こえ、扉の向こうから渋く厳めしい男の声がした。
「チコリス姫殿下、そちらにブレンダ・ストリークスはお邪魔していませんか。しばし城下の巡回に借り受けたいのですが。」
ハニースが緊張したようにガタッと椅子を揺らす。
「きっ、騎士団長っ!?」
「ええ、大丈夫ですよ、アルフリッド騎士団長。すぐに向かわせますね。」
「ありがとうございます、殿下。では失礼します。」
重厚な足音がドアの向こうから離れていくと、ハニースがせかせかと席を立つ。
「すいません、チコリスさま。巡回の通達来てたの忘れてましたあぁ~……。急いでいかないと怒られちゃうので失礼しますっ!」
「ええ、行ってらっしゃい、ハニース。」
チコリスがニコニコと手を振ると、ハニースはドアを開けざま、
――さっきの話、忘れないでくださいねっ――と言い残して部屋を出て行った。
「ハニースったらよっぽど悔しかったのね、時間もないのに言いに来るなんて。」
チコリスはくすくすと笑う。
「らしいね。あのハニースの相手して、無事に済めばいいなぁ……。」
「ふふっ、頑張ってねイットキ。」
笑顔の絶えないチコリスに半ば呆れてイットキはベッド近くの窓から外を見る。
輝く太陽の元、庭に咲いた桃色と赤色の花が仲睦まじく風に揺られていた。
(エピローグへ)
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