業火

譚月遊生季

ある少女の物語

「マッチはいかがですか?」


 少女は、食い扶持のためにマッチを売る。

 ほとんどが見向きもしないか、または冷やかしてくる。糧になるほどの額を稼げないことなど、わかっていた。


「全部売らないと、お父さんに怒られてしまうんです」


 瞳に涙を浮かべ、声をかけ続ける。


「……あ」


 ふと、通りすがった恰幅のいい紳士の袖に縋り付く。


「お願いします!ㅤマッチを買ってください。お母さんが病気で、お金がいるんです……!」

「わっ!?ㅤいきなりなんだ、離しなさい!」

「……あっ」


 振り払われ、少女の痩せた体が冷たい石畳に転がる。しんしんと降る雪は見かけばかりは美しいが、少女の身も心も冷えさせ、希望を奪っていく。


「うう……」


 誰も助け起こさない中、少女は、紳士から掠めとった袋を胸元で握り締めた。


「……買ってくれないおじさんが悪いんだよ」


 こうして、少女は今日も糧をせしめた。




 売るよりも、奪った方が上手くいくと、気付いたのはいつからだったか。

「お父さんに怒られる」「お母さんが病気で」……あらゆる言葉を用い、少女はか弱く、みすぼらしい自分をあえて誇張し続けた。


 父は怒らない。簡単に売れるわけがないと、分かっているからだ。

 昔悪くした腕をさすりながら、すまなさそうに「今日はどうだった」と聞いてくる。

 母は病ではない。あくせく働き今にも倒れそうだが、どうにか父と、少女と、兄弟を支えてくれている。……最近は「春をひさぐ」らしく、出稼ぎに行ってまともに帰ってこられない。


 だが、足りない。

「生きている」と安堵するだけの稼ぎには、到底足りない。


「……ちょっとくらい、いいじゃんか。お金なら持ってるんだから」


 飢えと凍えは、少女の心を着実にすり減らし、尖らせた。

 痛む足を引きずり、家に帰る。……これだけ稼げたら、家族全員分のパンぐらいは用意できるだろう。溜めていた家の貸し賃も払えるかもしれないし、ぼろい服も新調できるだろう。


 ……その時だった。

 賑やかな笑い声が、少女の鼓膜を震わせたのは。


 その光景は、幸福そのものだった。


 父が五体満足なら、

 母がいつも家にいてくれたら、

 もっと、稼げる手段があれば、


 彼女にも、手が届く幸福だった。


 売り物のマッチに火を灯す。

 ……その光景が欲しかった。




 売るよりも、奪った方が上手くいくと、気付いたのはいつからだったか。


 魔が差したのは、いつだったのか。




 少女の罪は暴かれなかった。


「お花を買ってくれませんか?」


 ……数日後、少女がマッチを売る街道で、見覚えのある顔が花を売っていた。

 幸福の絶頂にいたはずの彼女は、自分と同じように、みすぼらしく食い扶持を稼ごうとしていた。


 その夜。

 少女は売り物のマッチを全て使い、自身を焼き尽くしたのだという。

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