十日ほどが過ぎ、汽車の最後の日。朝からカメラを持った人が沢山、線路の傍を歩いている。家が線路沿いにあるからよく見えた。

 政重からの誘いで、一往復だけ乗ることにした。待ち合わせは、最近、どうも人が多い僕らの家から近いあの小さな駅だった。

 待ち合わせの時刻に五分ほど早く着くように駅に向かったけれど、政重すでに駅の壁にもたれかかって待っていた。

 「よお」彼が僕に気づいて言った。

 「ちっす」僕も返す。

 ホームにはカメラを構えた人が沢山いた。最終日というだけで、こんなにも人が集まるものなのだと思った。

 「来たぞ」

 「よし、乗ろうか」僕は気を引き締めた。

 覚悟を決めたようなものだったかもしれない。

 一瞬、あの時の光景が脳裏をよぎったから。

 汽車のドアが開く。

 「ふぅー」息を吐いて、心を落ち着かせた。

 彼に続いて、車内に足を踏み入れた。ほぼ満員に近く、人々の熱気で少し暑かった。沢山の声が聞こえた。

 その中に、あいつらの声が聞こえてきそうで、それが、少し怖かった。

 時々、彼と話しながら終点まで乗っていた。汽車に乗っていた人のほとんど、というか全員が終点まで乗っていた。駅前は色々な商品を売っていたので二人で別々になり、記念のものを買った。僕はキーホルダを買った。すると、なぜか、店のおじさんが服のポケットからもうひとつ、同じキーホルダを渡してきた。

 「もう一つ持って行きな」おじさんが言う。「もう、大変な目に遭わないようにな」

 その声には訊き覚えがあった。事故の時に必死に声を掛けてくれた、声だった。その声を、しっかりと覚えていた。

 しばらく、そこで突っ立っていた。

 「街も見て帰るか?」彼の声がした。「どうした?」

 「色々あるんだ」政重にそう言い、おじさんの方を向く。「おじさん、ありがとう」

 そして、礼をした。

 辺りはとても騒がしかったけれど、それでも、僕らは静かだった。

 おじさんは頭を撫でてくれた。

 「気にするなよ。そればかり、気にしてると……」

 最後がうまく聞き取れなかった。

 「え? 最後なんて言ったか……」

 「いや、いい。気にするな」

 少しだけ気になった。何を伝えたかったのか、分かる気がした。顔が少しばかり、赤くなったと思う。政重は黙って僕を見ていた。

 「あの時も、今日も、ありがとう……」僕は言った。

 泣きそうになった。でも、必死でこらえた。

 「達者でな」

 僕は政重と共に歩き出した。少し歩いてから一度振り返った。

 「少年! グッド・ラック!」おじさんは手を振りながらそう叫んだ。

 その時の僕はまだ、その言葉の意味を知らなかった。

 駅から少し離れて、商店街を歩いた。いつもそこそこの賑わいを見せていた所だ。何か、面白いものでもないかと二人で気の向くままに店に入ったり出たりして、途中で、小学校の時の友達(もちろん、中学校も一緒だ)のグループと逢って一緒にぶらぶらしていた。

 そこに二、三時間ぐらいはいたと思う。結局、僕と彼は何も買わなかったけれど途中で逢ったグループの奴らは色々と買っていた。洋平が最後に本を買った、あの本屋にも寄った。

 駅前に戻ると、相変わらず人で溢れていた。今まで、この駅に、この鉄道にこれだけの人が集まったことがあったのかなと思った。

 僕たちはその人の間を縫うように進み、汽車に乗った。藍色の車輛だった。あの時、僕らが乗りたかった……。

 あの時に、トンネルの中で見たのはこの車輛だった事を思いだした。

 汽車が発車した。分岐点を過ぎて、畑のど真ん中にある単線をのんびりと走る。車窓から見える畦道には沢山のカメラの三脚が並んでいた。

 降りる駅に着いた。僕らの家から一番近い小さな駅。

 親父からカメラを借りてきたことを思い出して、何枚か写真を撮った。彼も写真を撮っていた。

 「先帰るなー」途中で合流した奴らは手を振って歩いていった。

 「じゃなー」僕は手を振った。

 汽車は再び動き出し、ホームを離れていった。

 「なぁ、墓参り、しないか?」僕は彼に言った。

 「二人だけでいいんか?」

 「うん」僕は頷いて、歩きだした。「むしろ、そっちの方が心が落ち着くような気がするから」

 「そっか」

 毎年、事故があった日になると、僕は彼ら、彼女らのお墓参りをすることにしている。その時はいつも、クラスメイトのほとんどが一緒で、こんな少人数で来るのは初めてだった。

 今日は、別に事故があった日ではない。でも、この鉄道が廃止になるというのは、つまり、彼ら彼女らの最期の場所が無くなってしまうという事だと思った。その事を知らせたかったのだ。

 その後、僕らは家に帰った。

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