狙われた術士と陰謀
第16話~狙われた術士と陰謀1~
冷夏となったこの地方はそれでも平均気温が30度を超え10月になってもその温度は殆ど変わらない「残暑」を迎えていた。
筋トレが終わり冷却に入りますと夕日が沈む陽光寺は山の上とは言え市街地と例外なく暑さにさらされ1台数万円もする扇風機がフル稼働していた。
中間テストを来週に控えた
「舞ちゃん、鎖納、いいこの日本語は・・」
傍から見れば画面前に小さな妹を2人座らせ年の離れた姉が後ろから手を伸ばしてキーボードを操作している、今時ならありそうな姉妹の勉強風景が何故か本堂の中で行われていた。
「そうしたらママ、この酒豪って言うのは
「まぁ、そんなところだ」
依琴をママと呼ぶ少女はくせ毛があり小学低学年の様に見え、依琴が生まれる前から陽光寺に住んでいる天狗の子供。
「依琴、紅麗の子供、依琴、酒豪? ナー」
「いや、それとこれとは別物」
「依琴、沢山食べる、食豪 ナー」
「食豪?それを言うなら大食漢が正解だな?」
語尾に「ナー」が付くおかっぱ頭に赤い小袖姿に赤に黒い花柄の毬を抱える少女は夏の事件で陽光寺に引き取る事になった名も無き座敷童で袖から鎖を操る妖。紅麗の調べで座敷童になる前は船の碇をしていた事が分かり、遥か昔に碇として船を守っていたが嵐で船が沈没し1人で海の底に長い間いたが腐食で船が崩れるとその役目も終わり気がついたらA県に座敷童として生まれていた。
鎖納と言う名前は「鎖を操る」「袖に納める」「語尾にナーが付く」事から依琴が付けた妖の名前だった。
「依琴さーん、そろそろ夕食が出来ますが本堂でいいですか?」
「ああ、ここで食べる」
「分かりやした、用意しますね」
本堂の入り口に現れドスの利いた声を掛けて来たのは白衣姿がどう見ても似合わない身長2mのいかつい顔の大男で鬼の「
「舞ちゃん、鎖納、今日の勉強はここまで、夕食にするから片付けて」
「はいママ」
「・・・・」
「どうした鎖納?」
「えーと・・鎖納、パソコン欲しい、買わない 貰う いいか? ナー」
舞風がノートPCを片付けていると鎖納はじーっとノートPCを見ながら覚えた単語を並べると依琴は脳内変換しながら。
「自分のパソコンが欲しいの?買わない?貰うって・・」
「あーと、えーと・・舞風・・何だっけ? ナー」
「鎖納がパソコンを欲しいって言ったから・・舞がタダで貰える所を教えた・・えーと懸賞って言ったかな?」
「アンケートに答えるとかの懸賞?」
「それ、依琴、名前分かる、でも、鎖納、陽光寺、場所、知らない・・」
鎖納の言いたい事は懸賞に応募したいけど入力する個人情報が分からないという事だった。
「それで私の名前とかを借りたいという事?」
「ナーナーナー(そうそうそう)」
「使うのは構わないけど懸賞って当たるのか?そう言えばかなり昔のテレビで懸賞品生活って怪しい番組があったけど・・あれはテレビだから当たったんじゃないかな?まぁ当たればいいな鎖納」
そして1か月後、依琴宛に最新のディスクトップパソコン、ディスプレイ、プリンターなどの1式が懸賞サイトから届き依琴は鎖納が座敷童だという事を完全に忘れていた。
「座敷童の属性をこう言う使い方をしてもいいのか?」
「鎖納、術使ってない、実力、貰った、問題無い ナー」
鎖納はどこで覚えたのか毬を抱えながら「Ⅴサイン」を見せると届いた商品を鎖で釣り上げ、陽光寺に隣接している自分の部屋にした麻薙家の奥座敷にPCをセットすると、その日から物凄い勢いで日本語を覚えると、たまたま見つけた「とあるサイト」に今後どっぷりと浸かって行くのであった。
20帖はあろう応接室、天井にはシャンデリアが輝き壁には高価なインテリアが飾られ中央に黒い革の応接セットが置かれ長椅子に背をもたれ足を組むグレイ色のスーツの男は煙草を銜え天井を見上げていた。
「
「杉原さん、例の鬼の詳細が分かりました」
壁のインテリアの影から浮き出る様に猫背で黒い肌の1本角の黒鬼が現れると天井を見上げる男にゆっくり近づき古い書物を机に置いた。
「この書物によると
「そうか・・急いで調査を頼む・・お前もそうだが、四匹の
「分かっております」
黒鬼はそう言うと出て来た影に吸い込まれる様に消えると杉原は煙草を消し置かれた古い書物を手に取った。
「疫鬼を退治した話・・第4巻・・なるほど」
杉原は力を入れれば破れそうなページをゆっくり捲りながら書かれている内容を確認していった。
「疫青鬼を退治したのは4人の術士で・・3人の術士を贄に疫青鬼を封印した・・著者は「弥」と言う名前の生き残った術士・・封印の場所までは・・ん?何だこの絵は?」
書物の最後のページに鬼と並び狩衣に「獄」と書かれた人間の絵とそれを囲む3人の狩衣にそれぞれ「千」「塔」「鏡」の文字が書かれた絵が描かれていた。
「
杉原は煙草に火を点けるとポケットから札を出しテーブルに置き短い呪文を唱えた、すると札が人札に変わりすうっと立ち上った。
「闇隠鬼、聞こえるか?」
「どうされました?」
「持って来た本にある獄、千、塔、鏡と言う文字だが・・」
「その文字については残りの疫鬼と共に既に取り掛かっておりますので安心を」
「そうか、それなら結構だ・・いい報告を待っている」
人札は問いかけにカタカタ動きながら答え話が終わるとパタッと倒れて動かなくなり、杉原は新しい煙草に火を点けるとポケットから黒い札を取り出し3体のカラスの式神を作ると庭が見える窓を開け夜空に放った。
「今度の鬼は使えそうだな・・」
依琴は制服にお気に入りのオレンジ色のカーディガンを羽織り、ミディアムの黒髪をゆるふわヘアーにして細い目に縁無しの眼鏡をかけていた。
「何でいつもこうなのよ・・」
I県に向かう為に深夜に出発した高速バスの窓から暗闇に永遠と続くオレンジの電灯を眺め窓枠に肘をつき顎を手に乗せ少女は窓に映る縁なし眼鏡が少しずれた澄まし顔の自分にまた愚痴っていた。
今回も愚痴る原因となったのは今から3時間前の陽光寺での事。
「ただいまー・・」
「あーちょっと待っていて依琴が帰って来たからー依琴~今からO駅発の高速バスでI県に行って頂戴、詳細はタブレットに送っておいたからー荷物は今舞風と鎖納に用意させているから・・はい、高速バスのチケット~じゃよろしくー・・・・それで引き取り先の無いその娘を家で預かればいいのねー人手も足りないから了解した~・・いいって気にしない気にしない・・」
依琴は部員では無い空手部の練習に付き合わされ遅い帰宅をすると、玄関で庵角に酌をさせどこかに電話をしている紅麗が待っていた。
「だから・・かーさん・・着替えとか・・ん?乗車時刻まで時間が無い・・」
「あーこれ依琴さんの夕食と夜食です」
「ママーお帰りー何時もの着替え持って来たよー♪」
依琴は着替えようと玄関から上がろうとすると庵角が夕食と夜食にしては大きなカバンを差し出し、依琴の手伝いが出来て機嫌のいい舞風が現れ、その後ろからと旅行サイズの大きなピンク色のショルダーバッグを鎖で持ち上げ両手で毬を持った鎖納が歩いて来た。
「依琴、大変・・遅い時間、家出・・頑張る」
「家出と言うよりは・・強制出向だな・・舞ちゃんと鎖納の為に頑張って来る」
依琴は眼鏡を押しお弁当のカバンとバックを受取ると手を振る4人に見送られ今来た玄関から手を振り返しダッシュで駅に向かい電車でO駅に向かうと高速バスの乗車時間5分前に乗車場に到着した。
「ダッシュしてなかったら・・乗り遅れていた・・まったくかーさんはいつもいつも・・」
依琴はバッグを預けまばらな乗客の高速バスに乗るとブツブツ言いながら最後部を陣取りどうみても数人分はあるだろうお弁当を狭い座席に広げると「いただきます」と小さな声で挨拶をすると黙々とたいらげて行った。
毎年10万人前後の失踪者がいると言われている、失踪者の殆どが自分の意思、他人の意志でいなくなるが中には現代の科学をもっても理解出来ない失踪の話も存在する。
紅麗から依琴のタブレットに送られた今回の調査はそんな理解出来ない方の失踪事件であった。
詳細には失踪事件が10件ほど記載してあり年齢は13歳から18歳の男女で失踪場所は各々別々で失踪していて失踪期間も数日から半年、共通点と言えばその全員が失踪以前に万引きなどの軽犯罪で補導経験があると言う事だけでこの失踪事件に妖が関わっているとは思われない事件ばかりだったが、この10人の失踪者の発見された場所が何故かI県内に限定されていた。
事件当初I県警では失踪期間から割り出してもI県に行けない距離ではなかったのでただの失踪事件として取り扱っていたがI県で保護される人数が増え、保護された全員がその間の記憶が無く「償いの時間は終わった」と同じ事を話していて「気味が悪く」なったI県警のお偉いさんは警視庁に報告を上げると対妖捜査2課に調査を命じた。
高速バスの終点I県に朝8時丁度に到着した依琴は旅行バッグを掛けると駅にガラス屋根のドームとイベントで使う鼓をイメージした巨大なアーチのオブジェを見ながら、寝るまでの間タブレットで調べていた現地の現物を見て感動していると「そろそろ朝食の方が・・」とお腹が騒ぎ出し時計を見ると時刻は8時10分、「待ち合わせの10時まで時間があるな」と呟くとタクシーに乗り運転手に「港まで・・すいませんが途中I県警の前を通って下さい」と告げるとタブレットを膝に乗せ調べておいたこの時間でも開いている2件のお店を見比べていた。
「お客さん、修学旅行ですか?この辺で見かけない制服ですが」
「いえ、仕事で来て・・じゃなくて色々とありまして・・」
依琴はタブレットに映し出される2件のお店の「寿司」「海鮮丼」を見ながら「地元ならではのネタの寿司と海鮮の宝石箱やー」とこれから「出会える幸せ」にすまし顔で浸っているとドライバーの質問におもわず「仕事」と答えてしまい慌てて言い直すとタクシードライバーは修学旅行でもなく制服姿でタブレットを見ながら不敵な笑いを浮かべI県警の前を通る様に言った少女に怪しさを感じていた。
「お客さん、この後はどこかに行かれます?よかったら観光名所の案内とか出来ますけど?」
「朝食が終わったらI県警に行くので・・I県に来るのも今回が最後になるかも知れないので・・観光とかしたいですが・・出来るかどうか時間があまりないので・・」
依琴は今まで行った場所の「観光名所」に興味が無いわけでは無かったが仕事以外の全ての時間を「食」に割り当てていた為にそう答えると運転手は赤信号で止まったタイミングで助手席に置いてあるバインダーを取ると1枚の紙を依琴に渡した。
「お節介な話かもしれませんが、ここらのタクシー協会所属のタクシー会社ではお客さんの様に悩んでいる人に声を掛けています・・気が変わったらここにある連絡先に電話して下さい・・相談でも何でも聞いてくれますので・・それと県内だったら無料で駅まで送迎しますので」
信号が赤から青に変わり運転手は無言でタクシーを走り出し依琴は渡された紙を見ると「もう一度誰かと話をしてみませんか?」「私で良かったら話を聞きますよ」と大きく書かれその下に相談窓口のフリーダイアルが3か所書かれ10円玉が貼られていた。
「あ、私は・・こんな格好をしていますが一応警察に所属をしていますので・・決して自殺をしにこのI県に来た訳ではないので・・」
依琴は澄まし少し引きつった笑顔で可愛い警察手帳を見せながら「怪しい格好とそう言う言動と素振り」で勘違いさせた自分に反省をし、ここに送り込んだ母親で上司の紅麗を恨んだ。
「あーそうだったんですか、お客さん警察の方、あはは・・それなら安心しました、いやーてっきり・・昔から多いんですよ目的がそれな若い人が・・あーよかったよかった」
運転手は安心したのか港に到着するとI県の「観光名所」「隠れた観光名所」と書かれたパンフレットを依琴に渡すと帰りにI県警の前を通るから来たついでにI県警まで乗せると提案し依琴は30分くらい掛かると言ったが運転手は平日だし暇だからと了解した。
「どっちに行く?30分勝負なら・・」
依琴はそう言うと県内でも有名な地場で取れた魚を使った寿司屋に入り30分間途切れる事も無く食べ続け「海鮮丼」「イクラ丼」各1杯、握り寿司20皿、もうどうでもいい普通の味噌汁1杯を完食し、店を出ると依琴は膨れたお腹を摩りながら寿司屋の看板を細い目で見上げ「
午前10時の待ち合わせ30分前にI県警に着いた依琴は荷物を持ちそのままの恰好で入り口にいる警備2名に目線で追われ署内に入ると総合案内に向いタクシーの件もあったので先に「可愛い警察手帳」を出してから「今回の件の担当者」をお願いすると少しして若い私服の男が現れた。
「お待たせ・・しました、あー・・」
「諸事情がありましてこんな格好していますが・・警視庁 対妖捜査2課から来ました麻薙依琴です」
依琴を見た若い男の反応に「もう慣れています」とばかりに挨拶をすると
「すいません、えーと・・失踪事件対策本部の
依琴は美濃に付いて階段を上がると「失踪事件対策本部」と新しく書かれた看板の部屋に通されると部屋は10帖ほどの部屋の中に窓を背に高そうな机と椅子にどっしり座る背広を着た体格のいい頭を73に分けた偉そうな男が座り、その向かいに2列の簡素なテーブルが並び前列に2人の私服の男が座っており依琴と美濃が部屋に入ると前列の2人が振り返り依琴見ると部屋にいた3人はその姿に時間を停止させた。
「署長、お連れしました・・警視庁 妖対策・・えーと」
「警視庁 妖対策捜査第2課から来ました麻薙依琴です、諸事情で制服ですが失礼します」
「「「・・・・」」」
その場にいた全員がいつもの反応に「やれやれ」と思っていると署長が最初に時間を戻し口を開いた。
「ようこそ、I県警へ・・まぁー席に座ってくれたまえ・・まずは私が署長の
今回珍しく事前に簡単ではあるが紅麗から渡された詳細を読んでいて依琴は全員の紹介とその詳細と同じ内容の鈴島の長々と続いた事件の詳細を聞かされ、更にI県警のやり方の話を聞かされた挙句に他県警への面目を聞かされ「妖が関わっているかも分からないのに早期解決しろなんて・・しかも妖が関わっていた時に足手纏いになる術の心得もない人が3人も・・そもそも3人共守れと言うなら無理な話・・県警は何処も同じなんだな」と依琴は思いながら質問と言うか注意を促した。
「それでは・・まず私は陰陽師では無く
鈴島は顔色を変えなかったがそれ以外の3人が「え!」と言う顔をしながらお互いを見ると鈴島は何かの書類を取ると
「警視庁からの応援とは言え、うちの管轄で単独行動は困るんだよ、わざわざ失踪事件対策本部まで立ち上げたし・・他県警への報告やら何やらと我々も状況把握が必要だから」
今までなら何も知らないA県警の熊田の様な担当が1名付くだけの捜査だったが、今回の依琴に関してはあくまでもI県警の応援と言う形に拘っている様子だったので依琴は眼鏡を押し立ち上り目を細めると
「それでは・・失礼を承知で申し上げます・・妖の関与が確認出来るまでは構わないですが妖の痕跡又は出現した後の捜査はこの中で失ってもいい人員1人を選んで下さい・・妖から3人同時に守るのは私でも不可能です・・同行する1名なら少なくとも遺体の回収は可能だと思いますので」
「いくら警視庁だからって失礼じゃねーか?地方だからって・・」
「おいおい調査も始まっても無いし、その妖って言うのがいなければ口出ししないって事だろう麻薙さん?」
依琴が言い終わると同時にオールバックの西宮が振り返りパイプ椅子に肘を乗せ依琴に抗議すると年配の高橋が顔だけ向けると念を押した。
「妖の関りが無ければ私は不要ですから・・早々に帰らせていただきます・・中間テストの勉強をしないとならないので」
「だってよ西宮、俺らには妖がいるのかすら分からないから、出たら頼りにしているよ麻薙さん」
「チッ、分からない物の調査って・・気に入らねー」
3人のやり取りを見ていた鈴島は咳を1つすると依琴を座らせ
「そうしたら妖降士としての麻薙さんの意見を聞きたいが・・よろしいかな?」
「それでは、保護された人の情報は頂いているので被害者が保護された場所を新しい順に案内をお願いします、そこで手掛かりが無ければ他の方法を考えます・・それとこれを皆さんにお渡しするので必ず身に着けて下さい・・餓鬼程度の妖から身を守れますので」
依琴はそう言うとバッグから舞風特性の表に舞風の顔が印刷され裏には小さな護符が入ったアクリルキーホルダーを人数分取り出し机に置いた。
「へぇーこんな物でそう言う物から身を守れるのかい、ほい署長の分」
「俺はそんな物はいらねぇー」
「私は記念に貰っておきますよ、可愛いじゃないですかこれ」
高橋は2つ取り1つを鈴島の机に置くと西宮は腕を組みそっぽを向き美濃は興味から手に取ると護符では無く舞風の写真に興味を示すと依琴は受け取らない高橋にため息を吐くと
「鈴島署長・・私は今までいくつかの県警の所に行きました・・見た事も無い妖と聞いて皆さんの様な対応を何度も見てきました、私が調査で行った先でまだ身内の死者が出ていませんが・・我々対妖捜査課では一般市民の救出保護と妖の退治を最優先で行い身内の犠牲はやむを得ないと考えています・・なので最初にお見せしますのでブラインドと部屋の明かりをお願いしてもいいですか?使役しているとは言え妖は明るい所が苦手なので・・」
依琴に「見せると」言われ「見れるなら」と鈴島が指示を出すとブラインドが閉められ電気が消されるとブラインドの隙間からの光だけで薄暗い部屋になった。
「それでは・・麻薙流奥義 妖降術 来い!舞風、庵角、鎖納」
「ん?ママ・・妖の気配が無いです」
「依琴さん・・これは?」
「つつげきでし(出撃です) ナー?」
「皆済まない調査に必要だから呼んだ・・契約は次に繰り越ししてくれ」
「はいママ」「了解しました」「ナーナー」
依琴の頭だけに聞こえる3人の妖にそう答えると3人は了解した。
薄暗い部屋で依琴は眼鏡を押し目を細め印を組むと無風の部屋に風が舞い頭から長さの違った角が生え背中に黒い翼を広げ制服の袖からジャラジャラと鎖を垂らし対妖の戦闘状態になった。
「「「!!!!」」」
依琴の変身した姿を見た4人は金縛りにあったかの様に固まり声を発する事も出来なかった。
「これが妖降術で使役している妖を降ろした状態です・・必要なら妖の術を使いますがどうしますか?」
依琴の問いかけに鈴島が我に戻ると
「麻薙さん・・熊田の言った通り・・いい物見せてもらった・・高橋どうだ魔除けを貰っておいた方がいいんじゃないのか?」
「死にたくなければ貰っておけ・・相変わらずだな高橋も・・よう麻薙さん久し振り」
薄暗い部屋の扉が開くと中年の男が入って来て以前依琴に貰ったキーホルダーを指で回しながら変身したままの依琴に手を上げた。
「く、熊田さん?何でここに?」
「何でって言われてもなぁー署長」
「私と熊田は同期で熊田は昔I県警にいたんだよ・・今回の件で熊田からA県警の事件の事を聞いたが・・私がその話を信じないでいたら、麻薙さんが困るからって熊田がこっちに来るって言い出してな・・」
「鈴島は署長で俺は平で大分差がついちまったがな・・麻薙さん前に言っていましたよね、行く先々で困るって・・だから俺が来たって訳よ・・少し遅くなってしまったが」
依琴は術を解き元の女子高生に戻ると
「ありがとうございます・・それと熊田さんも失踪事件対策本部に?」
「いんや、俺は麻薙さんの繋ぎとタダ酒が飲める同窓会に来ただけだから・・明日には帰るよ」
熊田は自分なりの「恩返し」が出来て嬉しそうに言うと鈴島が全員を座らせ
「全員見ての通りだ・・捜査は全員で行うが妖が確認出来た時点で高橋、西宮は後方支援に美濃は麻薙さんと同行という事で・・いいかな麻薙さん」
「それでお願いします・・危険があれば美濃さんも下がっていただきます」
「危険も何も俺はまだ死にたくないです」
熊田は「賢明な判断だ」と頷くと席を立ち「それじゃー俺は朝が早かったからーホテルに行って寝るわ」とあくびをしながら失踪事件対策本部を出て行った。
捜査に否定気味だった高橋も変身した依琴を見てキーホルダーを受取ると操作が始まり、鈴島は美濃を足に依琴に現場周りをさせ高橋と西宮には失踪元の県警から失踪者の必要な残りの資料の取り寄せと壁に大きなI県の地図を貼り付けると保護現場に印をつける役割を指示した。
熊田のお陰で必要な「自由」を手に入れた依琴は保護された場所を新しい順に回って行ったが10件の現場を回っても妖の痕跡も無く夕方を迎えた。
「麻薙さん、妖と戦うなんて凄いですよね・・俺なんかまだまだ下っ端で雑用ばかり・・」
「雑用の方が楽でいいですよ・・妖で無いほうきやバケツに食われる心配がありませんから・・」
「ほうきやバケツに食われる・・やっぱり映画みたいに・・一飲みですか?」
「・・映画?そんなに綺麗に食べてくれませんよ・・美濃さんも一口に出来ない物は分けて食べますよね・・そんな感じです」
「あぁ・・なるほど・・そう言う感じね・・ハハハ」
I県警に戻る車内で無言が続き「やはり興味」で美濃は助手席でタブレットを見ている依琴に話しかけるが話を聞いて想像すると冷たい物が背中を走り運転に集中をした。
依琴と美濃が対策本部に戻ると部屋には誰もいなかったが完成した地図と保護をした10名の資料が机に並べられていた。
「あれ?誰もいないなんて・・捜査課の方かな?ちょっと報告して来ますね」
美濃はそう言うと部屋を出て行き残された依琴は全開の窓から入って来る風に髪を揺らし「何か手掛かり」が無いか完成した地図を眺めていた。
結局その日は手掛かりが無く解散となり依琴は美濃に送られ近くの今風で5階建てのホテルに着くと「明日の朝8時に迎えに来ます・・それとここはバイキングが美味しいので食べ過ぎない様に・・麻薙さん結構食べるみたいなので」と美濃は依琴の荷物を降ろしながら冗談を言ったが依琴は真剣に「バイキング?食べ放題?本当にいいの?」と思いながら美濃を見送ると荷物を引きながらエントランスに入るとそこに嫌でも目に入る魚介の看板が立ち「食べ放題バイキング」と書かれていて当然の様に反応した依琴のお腹が「腹減った」と囁き始めた。
「そう言えばお昼・・県警の手配してくれたお弁当・・遠慮して2個しか食べてなかったな・・」
依琴は受け付けを済ますと海と街が見渡せる最上階の部屋に入ると荷物を置き着替えを出すと応援練習の部活の後に入って以来のシャワーを浴び動きやすいGパンに青いタンクトップに着替えるとベッドに転がり陽光寺に電話を掛けた。
「・・はい、こちら安全・安産・・」
「あー依琴だけど、かーさんいる?」
何時もの庵角と依琴の会話に少しすると紅麗では無く鎖納が電話に出た。
「はい、ここは安全と・・何だっけ・・破産?悲惨?ナー舞風・・ナー」
「違うよ鎖納、変わって~えーと安全・火山の機嫌からが何でもやれるよーの「陽光寺」です、それで舞はママの担当の「舞風」です」
「・・プッ・・舞ちゃん・・ママだけどかーさんは?」
庵角の真似をする舞風と鎖納に思わず吹いてしまうと依琴は誰にも見せた事の無い澄まし顔を崩した。
「こら、勝手に電話出ちゃだめだろう」
「酒豪の紅麗が来たー鎖納―撤退撤退―――♪」
「撤退―酒豪童子―撤退 ナー♪」
バタバタと逃げる足音と共に追い打ちを掛ける楽しい会話に「空腹」と「笑い」に溢れたお腹を摩っていると
「誰が酒豪童子だぁーそれを言うなら酒呑童子だろう・・もしもし」
「かーさん楽しそう・・」
「馬鹿を言うな・・舞風に鎖納が加わり依琴がいない陽光寺は妖の幼稚園だぞ・・そんな話はいいとしてそっちはどうだった?」
「I県警に行ったらA県警の熊田さんが来てくれて取っ掛かりは早かったんだけど今日の調査では成果無し」
「そうか・・まぁーA県警が来てくれたなら捜査もやりやすくなるだろう・・他には」
「他にと言うか気になったのは・・回った現場とその周辺に餓鬼の姿がまったく無かった・・言っても分からないから県警には報告していない・・」
「餓鬼も見かけなかったのか・・この世の中にそんな場所があるのか?それともI県民が平和で純粋で餓鬼すら生まれない・・そんな事は無いな」
「理由は分からないけど、今気になっているのはその事くらい」
「分かった、餓鬼の件は調べてみるから、後は頼んだぞ」
「はい・・それと・・庵角は・・やっぱりいい・・夕食食べに行くから・・じゃー」
依琴はいつも様に一方的に電話を切り立ち上ると、これから始まる「食べ放題と言う名の食の戦闘」にオレンジのカーディガンを腰に巻き眼鏡を押し戦場に向かった。
その日、ホテルの関係者は今まで見た事の無い「聳え立つ皿の高層ビル」を目撃する事となり、翌日からの食材の調達に頭を悩ませる事となった。
「まさに和洋中のインディージョンズ・・失われた
閉店時間でようやく食べる事を止めた依琴は意味不明なセリフを残し勝利した戦場を後にするとジャージに着替えホテル周辺に結界を作る為に恒例のランニングに出掛けた。
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