第12話~西の問題児「破壊娘」7~
コンサート事件で容疑者の男はストーカーとしてでは無く対妖法にある容疑で逮捕された。
人間が自らの意思で妖になる行為を禁止する(妖による力、その他の遺物からの力等を使用するを含む、ただし意思が無く妖になった者に関しては一定期間の監視を行い十分な調査を行い判断する事とする)
そして最終的に府警では埼雲寺の証言もあり首謀者は鎧武者とされ、その妖に操られ自らの欲望を満たすため自ら妖となった人間とされた。
鍛え虐めた体を冷やす為にお日様が海に沈む頃、未だにこの地方ではセミが鳴く程の暑い日が続いたが鎧武者襲撃から幼稚園の周囲にはセミが寄り付かず遠くから聞こえるセミの鳴き声が小さく聞こえていた。
幼稚園の職員室にほぼ元の上司に戻った
「あ、そうだ凪彩君こないだのコンサート事件の報告書だけど読む?」
埼雲寺は極秘と書かれコピーされた書類をカバンから机に出すと凪彩はペンを止めコンサート事件と聞いて恐る恐る埼雲寺の方を見て以前と変わらない上司を確認するとゆっくり書類に手を出した。
「凪彩君、あれはあれ、これはこれだ・・あまり気にすると老けるよ」
凪彩は体を「ビクッ」とさせ手を引っ込めるが眼鏡を押し改めて書類に手を伸ばした。
凪彩は書類の表紙を見ながら「極秘なのにコピーがあるなんていいのか?」と思いながらも気になる
埼雲寺は最後まで天駕海恋が妖である事を報告するか悩んだが本人の意思もあり自ら府警に出頭し対妖法違反の取り調べが行われた。
が!
事件解決もあり府警のイメージキャラクターが決まっていた天駕海をあくまでも人間の被害者と言う事で処理され、天駕海恋が妖である事は埼雲寺、凪彩、府警のお偉いさん2名までで止まり埼雲寺と凪彩は他言無用と同意書まで書かされた。
そして国民的声優アイドル「天駕海恋」は今回の事件の影響という事で活動を休止が世間には発表され事情を知る4名は取り調べで聞いた天駕海の事情の話に人間の手出し出来る問題では無いと判断し、今までの功績を踏まえ特例で元の場所に戻るまでの1日の間は監獄では無く幼稚園の2人の監視下に置かれる事になった。
凪彩が報告書を見ていると静かな職員室にメールの標準着信音が鳴り凪彩がタブレットを取り受信フォルダーを開けるとそこには送信者「天駕海恋」の名前がありメールを開くと「事務所の用事が終わったから今から行くね」と書かれていて凪彩が返信しようとタップしたところで「ガラガラガラ」と扉が開く音が聞こえた。
「こんにちはー天駕海でーす、不束者ですが明日までよろしくお願いしまーす、それよりおじさんの影結界が強すぎて中まで飛んで来れなかったよー」
埼雲寺と凪彩が「飛んできちゃ駄目」と心で突っ込むと、スリッパに履き替え2人の前にバックを背負い両手の袋にこれでもかと詰め込まれた例のお菓子を持った天駕海が制服姿で現れると浮かない顔の埼雲寺と凪彩を見るなり
「もう、おじさんたら泣かないで下さい、凪彩もそんな暗い顔しないでよー」
そう言われ凪彩が埼雲寺の方を見ると細い目にジワーっと涙を浮かべていた。
「おじさんも凪彩も気にしない気にしない、元々1年って約束だったし・・こっちの処理で1週間過ぎちゃったけど、もう終わったし明日返るだけだから・・天駕海恋は目標より楽しく過ごせたし・・みんなのハートを甘嚙みできたから何の問題もないよ、それに違法行為をしたのは私の方だから・・」
天駕海がバックと袋を置き腰に手をあて笑顔で言うと我慢出来なくなった埼雲寺が目頭を押さえ立ち上がると隣接している扉を開け元遊戯室(物置)へ消えて行ってしまった。
「もうおじさんたらーしょうがないな」
天駕海は埼雲寺の机からマジックを取り机の端にスペースを作ると最後になるだろうサインを書きマジックのキャップを「パチン」と音を立てて締めるとその音に「終わり」を感じたのか少しの間そのサインを寂しそうな顔で見ていると凪彩が立ち上り
「天駕海さん本当にいいの?」
「いいのって言われても素性がバレちゃったし対妖法でこっちには居られないし、もし約束通り戻らないとこっちにお父さんが出てきたら人間相手の一方的な戦争になっちゃうから・・それと天駕海恋はもういないから
顎に指を添え笑顔で答える水恋は笑顔が崩れそうになり顔が見えない様に惚けた声で凪彩の後ろに回り込むと
「水恋!私は・・本当に・・本当にいいのかって聞いているの・・このまま帰って一族の為に別の天狗の所にお嫁に行くなんて・・18になったばかりじゃない・・」
途中から涙交じりで話す凪彩に本名を呼ばれた水恋は立ち止まりギュっと拳を握ると。
「私・・凪彩より数百年は長く生きている・・18歳なんて人間の世界の年齢だけで架空の人の年齢だよ・・それが現実」
現実と言われ凪彩は返す言葉も無いでいると
「凪彩に会えてよかった、私が何度かあいつに操られていた時に薄い意識の中で助けを求められたのは凪彩だけだったから、社長にしても藤間さんにしても私の事は気付いてくれない・・藤間さんのお陰で2人に出会えて救って貰ったからよかったけど・・お父さんに妖力を封印されていた私は正直怖かった・・妖なのに抵抗も出来ず意識を乗っ取られ消える記憶の繰り返しに、いつか食われるのを待つ自分を想像しただけでも気が狂いそうになっていた・・」
途中から涙交じりになった天駕海に凪彩が近づき
「もう、どうにもならないの?」
「決まっている事だし、説得するって言ったって私の力じゃ勝てないから」
「勝てない?お父さんに?」
「お父さんは水天狗の長で水神の
「もし勝てたら破談に出来るの?」
「勝って破談にしたとしても一族の存続を任せられる代わりの物がないと・・」
「いればいいのね・・・・・・・・地雷帝が名乗りを上げて私がその地砕って天狗に勝って水恋を私の使役妖にする、そうすればこっちの世界でも暮らせる」
凪彩は少し間を開けると無茶苦茶な提案をした。
「凪彩・・気持ちは嬉しいけど・・負けたら・・」
「殺されるか食われるかだよね・・その時は・・」
「ちょっと待ちたまえ凪彩君、そんな事をしたら人間と天狗の戦争になる、もし勝てば考えはあるが負けたら間違いなく人間と妖の間に問題が起こるから許可は出来ない」
話を聞いていたのか聞こえたのか元遊戯室(物置)の扉をあけ埼雲寺が細い目を赤く染めて現れた。
「私個人の行動なので埼雲寺さんには止められません、もし止めたいのなら・・」
「・・力ずくで止めてもいいんだぞ」
「好きにしてください、本日付けで退職届でも何でも書きますから」
「ちょっと待ってよ、うちの問題に2人が喧嘩なんてしないで」
「「・・・・・・・・」」
凪彩と埼雲寺の無言の睨み合いが続き先に口を開いたのは頭に汗を滲ませた埼雲寺だった。
「・・勝てるのか?」
「勝った後は何とかして下さいね」
「・・策でもあるのか?お父上の線は使えないぞ」
「勝って水恋を私の使役にします」
「グヌヌヌ・・」
「もう一度聞きます、勝った後は何とかして下さいね」
「わ、わかった・・後の事は任せろ・・いいな絶対に勝って来い、これは埼雲寺命令だ」
埼雲寺は頭から湯気を上げながらそう言うと掛けてあった上着を羽織ると机のカバンを取り扉の前で立ち止まりそのままの姿勢で
「明日は朝から府警で会議だから昼までここには来ない・・だから聞いていないし見ていない・・寝坊はするなよ」
そう言い残し職員室を出て行くと水恋が追いかけ園庭で「ありがとう」と言うが埼雲寺は何も答えないまま門を出て行き姿が見えなくなると職員室に戻った水恋は裸足のまま部屋に入ると大きな息を吸いゆっくり吐いた。
「はぁぁーまったく埼雲寺さんも凪彩も無茶苦茶だわー何でそんな馬鹿な事するの」
「埼雲寺さんが許可するとは思わなかったから勝手に行こうと思っていたけど・・私には理由は無い・・けど水恋がいないと・・何て言うか・・」
「それ以上言うな・・それよりお腹すいたから何か食べ物は無いの?」
「カップラーメンなら直ぐ用意できるけど」
水恋に手で制され急に話を変えられた凪彩は高ぶった気持ちに何も考えず思いついた物を提案してしまった。
「えー最後の食事がカップラーメンなんてー何かこう美味しい物とか・・よし・・・・もしもし藤間さん恋だけどご飯食べに行かない?そうそう最後に美味しい物が食べたい・・30分後ねーわかったー待っていまーす」
水恋は藤間に連絡を取るとバックからタオルを取り出し「シャワー貸して」といい凪彩に案内されてシャワー室に入って行き凪彩が職員室に戻ると地雷帝が珍しく話しかけて来た。
「いいのか、相手は若いとは言え天狗だぞ」
「さっき聞いた話が本当なら後は私次第」
「そうは言ったが・・もう数百年も昔の事だしな・・それより勝ったら水恋はワシの嫁になるのか?」
「その件は建前で使役は本当・・ただ
「そうか・・建前・・なのか・・」
凪彩の答えに寂しそうに地雷帝が答えると少し間を置き今度は嬉しそうに
「水恋と会ってから随分と変わったな凪彩・・」
「変わったとしても事が終われば約束は果たす・・だから問題は無い・・でしょ?」
「それならいい・・これ以上は言うまい」
少しして水恋が珍しく青いワンピースで現れ凪彩の前で1回転すると
「どう?黒い服で来ると思ったでしょう?黒い服はもし術が解けた時に羽が出ちゃうから・・なんちゃって堕天使って誤魔化す為に着ていただけだし、黒も嫌いじゃないけどやっぱり青が好き水天狗だしね」
水恋が腰に手をあてウインクしたところで藤間が現れ青い服の水恋を見るなり泣きだしたが水恋がなだめるとタクシーを呼び3人はレストランに向かい最後になるかもしれない食事をすると今度は藤間の我儘で恋の歌が聞きたいと言い出しそのままカラオケに行く事になり3人は楽しい時間を過ごした。
食事が終わり深夜近くに幼稚園に戻るとまた泣き始めた藤間をタクシーに押し込み返すと凪彩は未開の地へ行く準備をするべく部屋に戻り水恋は袋から好きなお菓子を出し職員室でテレビを見始めた。
凪彩は準備が終わり部屋をでると職員室で椅子を反対に座り背もたれに両腕を乗せ腕に顎を乗せテレビの曲に合わせ口ずさみながら眺めていた。
「・・今日2期の1話放送日だったんだ、番組表見ていたら予約録画の中に見つけちゃった」
曲が終わり水恋は寂しそうに言うと
「予約録画は埼雲寺さんが」
「そう言えばーおじさんって凄いよね、コンサートの時も1人目立ってし・・それに恰好よかった・・」
「え?恰好よかった?私から見れば異世界の変態住人ですが」
凪彩がハッピ姿の埼雲寺を思い出しながら項垂れて言うと
「あぁ、その時じゃなくて赤と黒の狩衣で私を助けてくれた時」
「狩衣の時?そう言えば府警の人から聞いたんですが・・府警では術士界の服だけホストって言われていますよ埼雲寺さんは」
「服だけホスト?プッ」
天駕海がバラを銜えた埼雲寺の姿を思い浮かべ吹いてしまうと
「髪があった頃は相当モテていたらしいです・・ただ理由は分かりませんが影法術士になる時に髪を剃らないといけなかったらしいです」
「へぇー今まで色々な人間の術士に会ったけど髪を剃るなんて聞いた事ないね・・何か術と関係しているのかな?そう言えば凪彩の所は何か制約とかあるの?」
「うちですか?羽澄流の妖降士には特にそんな制約は無いですけど・・本家の麻薙流の妖降士は分かりませんが」
2人がそんな話をしているとコマーシャルが終わりビリビリ娘2期第1話が始まった。
「これだけ見る位なら・・さ、30分だけだからいいよね?・・監視官の凪彩ちゃん」
「許可しますが・・その次の白き樹神兵アルシュールの再放送は却下します」
「意味不明だわー凪彩ちゃんには情けって物がないのかな?」
「そんな物は・・あ、り、ま、せ、ん、本来なら外出も許可出来なかったんですから」
「そうなんだ、でもテレビくらいいいじゃない、昼までおじさんだって来ないし」
水恋が頬を膨らませながら足をバタバタさせ言うと凪彩が自分の椅子を水恋の横に並べ座るとテレビを見ながら
「駄目です、事が終わって無事に帰って来たら、埼雲寺さんに言って自分の出ているアニメのDVD借りて好きなだけ見てください」
水恋は一瞬「え?」と思い凪彩の言葉を理解すると椅子を凪彩の方に向けると小さな声で
「本当に戻す気でいるの?そんな事したって凪彩に何の得が・・」
「水恋がいなくなると・・メル友が1人から0人になってしまうので困ります・・それに埼雲寺さんが言っていました、ビリビリ娘の3期の制作が既に決まっているそうで・・ビリビリ娘はもうやらないんですか?他のアニメは分かりませんがビリビリ娘だけは私は見ようと思っていましたが?水恋が声優やらないなら・・見るの止めますが」
「メル友?ビリビリ娘の3期?・・ウウッ・・・・な・ぎ・しゃ~」
涙腺が緩み瞳に熱い物を溜めながら水恋はテレビの方を見ている凪彩に倒れ込む様に抱き着くと2人は態勢を崩し凪彩に覆い被さる様に倒れてしまった。
「キャー、水恋何するの?」
「本当に・・凪彩が悪いんだからね」
水恋は背中の黒い羽を広げると片足を凪彩の足の間に滑り込まし両腕で凪彩の腕を押さえると妖の赤い眼差しをしながら石鹸の香りのする顔をゆっくり近づけ耳元で囁くと凪彩の耳から首に舌を這わし辿り着いた鎖骨を「カプッ」っと何度か甘嚙みをした。
「ヒャ・・な・に・し・て・る・の・や・め・な・さ・い・・か、体が動かない」
「動かないよね・・術使っているからね」
「水恋・・これ以上したら」
「したら、どうするの?」
「これ以上したら対妖法に基づき・・」
凪彩は力が入らない体でなんとか抜け出そうともがきながら言うと水恋は赤い眼差しに薄笑いを浮かべながら凪彩の顔に近づけると凪彩の口を塞いだ。
「退治・・んんっ・・・」
凪彩は人生で初めての事に目を瞑りながらも必死に抵抗するが水恋は重ねた唇で逃げる唇に合わせて追いかけ離す事も無く少しの間繋ぎ続けた。
「ふぅ~これで契りは終わりっと」
水恋が唇と手を離し羽を隠すと体が自由になった凪彩は水恋を押しのけ距離を取るとズレた眼鏡のままドキドキ高鳴る心臓の音を聞きながら整える事が出来ない息をしながら水恋に向かい構えた。
「何をする水恋」
「本当は里に帰ってからしようと思っていたんだけど・・何かこう我慢出来なかったよ凪彩ちゃん」
「我慢出来なかったって・・私は」
水恋は倒れた2脚の椅子を立てながら凪彩の味を確かめるかの様に舌を唇に這わすと
「私を嫁にするんだろう?なら必要な事じゃないか?」
「ひ、必要って言ったって私は女で」
「妖は人間に対して男女の区別は無い、人間は人間としか見ていない」
「だからって」
「あーもうー分からないのかな?凪彩ちゃんは・・う~んとね人間で言うなら寄生事実とか唾を付けるってところかな?」
「・・・・」
凪彩はそう言われると先ほどの行為を思い出し耳を真っ赤にしていると
「凪彩と私の気を結んだんだよ、こうすれば私の嫁入りに待ったを掛けられるし、2人に何も無しじゃ父上様も納得しないだろうしね、後は凪彩が私を強奪愛してくれれば目的は終わる・だから・あ・と・は・よ・ろ・し・く・ね(⋈◍>◡<◍)。✧♡」
水恋は人差し指を立て言葉に合わせて振ると凪彩は構えたまま目線をずらし照れた表情を見せた。
「よろしくねってそれならそうと言ってくれれば」
「言ったらキスさせてくれた?濃厚なキスだよ濃厚な」
「そ、そう言う事情なら・・私は・・」
「じゃーもう一回いい?さっきのより濃厚なやつで・・凪彩ちゃんの味なのか地雷帝の味なのか分からなかったし、ちゃんと確かめないと・・もの凄く美味しかったから」
水恋は「さぁ」とばかりに両手を広げ目を閉じると凪彩の大きな深呼吸が聞こえ近づく足音の後に口に優しく何かが触れた。
「ん?さっきとは違うけど何か美味しい妖力が感じる・・」
水恋が目を開けると目の前に立つ凪彩が片手を水恋に向けていた。
「どう地雷帝は美味しい?」
「いやー、何百年振りかのぉー若い妖と接吻するなど」
笑顔の凪彩と地雷帝の囁きに水恋が唇を離すとそこには妖の頭になっている凪彩の手が髭をゆらゆらと揺らし黒い頭を赤く染めていた。
「・・・・・」
水恋は無言でバッグからブレスケアー1式を取り出すと地雷帝の赤くなった頭を睨みながら洗面所に向かうと大きな音をたて、うがいを始めると地雷帝が愚痴をこぼした。
「な、うがいするなど失礼なやつだ」
結局2人はビリビリ娘の前半を見逃し後半だけを見終わりエンディングの曲を聞いていると
「あ、そうだエンドロールに凪彩の名前出ているから」
「エンドロールに名前?」
凪彩が何それと思っていると水恋が画面のエンドロールを指で追いながらある所で指さし、そこには一般市民の悲鳴 羽澄凪彩(友情出演)と書かれていた。
「社長がいい悲鳴だから他でも使おうって言って、それならって載せてもらったの」
凪彩は自分の名前がエンドロールに載っていて、水恋の好意に今までの事を思い出しながら複雑でありながらも嬉しかった。
「載せてくれてありがとう・・また埼雲寺さんの羨ましいオーラが出るけど」
「そうだね・・ハハハ」
凪彩の困った顔を見ながら水恋は笑ったが本当は「最終回にも出ているから・・一緒に見ようよ」と言いたかったが「里に戻ってから一緒にこの場に戻って来れるのか」と言う不安に言えなかった。
2人は荷物を持ち園庭の中央に立っていた。
「凪彩いい?行くよ」
凪彩が頷くと水恋は凪彩の見た事も無い文字が書かれた呪符を取り出すと2人を囲う様に配置し凪彩の向かいに立ち両手を取ると深呼吸を1つして
「我名は水天狗の水恋である、郷へ続く門よ開き送り給え」
水恋が呪文を言い終わると呪符が浮き上がり2人の体の周りをゆっくり回り始め次第にスピードを増し景色が見えないくらいまで早くなると地面が光りだし2人を包み込んだ。
「・・凪彩着いたよ」
光に目を瞑ってしまった凪彩に水恋が声をかけ凪彩が目を開けると涼しい風が吹き同じ日本とは思えない程過ごしやすい気候でそこには湖があり湖畔に小さな村を見下ろす崖の上に立っていた。
「ここが水恋の故郷?」
「小さすぎて恥ずかしいけど私はここで生まれ育った・・生まれる前はもう少し大きかったらしいけど物心がついた時にはこんな感じだった・・」
凪彩には数百年間の事に想像がつかなかった。
「このまま行くと大騒ぎになるから」
そう言うと水恋は首から青い宝石の中に黒い羽の入ったネックレスを外し凪彩に渡すと
「これ付けてれば迷い込んだ人間を追い払う結界を通れるし、もし別々になってもこれを見せれば村から追い出される事はないから」
水恋は凪彩の手を取るとゆっくり歩き始め天狗の世界の事を教えてくれた。
天狗は基本となる神通力等の術以外に4つの属性(火、風、土、水)に分かれていてそれぞれが属性に合わせた術を使用し、日本全国に大小の村が点在しその地域を守っていて、ここと同じ水属性天狗の村も他に存在していてそのほとんどが湖や海辺の近くにあり場所によっては人間と共存している村も存在している。
そして度重なる鬼との戦争で数は減ったものの未だ妖の中では力を持った種族である。
「と言う訳だけど、うちの村は海辺の村とは違い湖の村は同じ属性の横繋がりが少ないから数が減り出すといずれは消滅してしまう、そこで属性を越えた他属性同士手を組んで行くんだけど、昔と違ってここの村はこの辺りでは弱小で組むと言うよりも守ってもらうと言うのが正解かな・・守ってもらう代わりに弱い村は強い村に何かを差し出す、それが食料であったりするんだけどここの村はそこまでの余力がない・・だから嫁を出してその代わりにする」
「それじゃまるで人質じゃない」
「人間の世界でもそうだけど妖も裏切り行為って言うのは嫌う、属性は違っても同族ならなおさら嫌う、だからどうしてもそう言う物が必要になってくる・・ただ私がこれから生涯かけて生んだ3人目の子供からはうちの村の所属になるから・・」
「そんな話は無茶苦茶じゃない」
「人間の世界では許される事じゃないけど、現状の天狗の世界では普通に行われている、滅べば終わり・・そして力のある妖がその土地を奪い自分達の物にしてしまう・・最初は納得行かなくて、それでも事の重大さに気が付いた私は迷った挙句にプレッシャーに負けて何も考えずに家出をした」
「それで京都に?」
「ううん、京都は2番目の街で最初は南の島の方に行ったんだけど直ぐに見つかっちゃって・・また家出したら困るとお父様が術を使えない様にとしたわけだけど・・」
「それでも家出したんだ・・」
「島に行った時にテレビってのを始めて見てアイドルを知った、歌ってー踊ってーそりゃ輝いていたし憧れたよ、アイドル目指そうと思ったけど顔が出ちゃうからって調べたら声優って職業を見つけて、これならバレないと思って2度目の家出をしたわけ」
「水恋ってやっぱりおてんばだったんだ、リアルビリビリ娘って感じだし」
「ビリビリ娘は楽だったよ地で行けたからーじゃなくておてんば言うな」
「ごめんごめん」
口を膨らませ水恋が凪彩に抗議すると続けて
「それで2回目に見つかった時にお父様と約束したんだ1年だけ好きな事させてって1年過ぎたら嫁でも何でもするからって・・」
「それであれだけの仕事量を・・」
「そう、人間の1年は長く感じるかもしれないけど私達の1年なんてほんの1か月くらいにしか感じないからね、あっと言う間」
「ねぇ水恋、私の使役になったら制約はあるけど人間の世界で暮らせるけど・・」
「もしその夢が叶うなら今までの続きをやりたい、そしてみんなの喜ぶ顔が見たい」
「私は今の埼雲寺さんが見たくないから・・見たでしょ埼雲寺さんのあの顔」
2人は最後に会った埼雲寺の顔を思い出して顔を見合わせると同時に「ぷっ」と吹いてしまった。
「駄目だよそんなに笑っちゃ一応上司なんだから」
「そうだけどーそう言えば後は任せておけって言っていたけど、埼雲寺さんどうするのかな?」
そんな話をしていると松明が焚かれた村の入り口に辿り着いた。入り口には山伏衣装に背中に羽を生やし人間の顔をした男天狗が2人を気にする様子も無く立っていて水恋は立ち止まる事も無く凪彩の手を引っ張り素通りをしたが、男天狗の目だけは凪彩を追って動いていた。
「初めて人間を見る若い天狗だし気にしないで、若いって言っても100年は生きているけどね」
「あんたもまだ若いし大して変わらないよ・・家出娘」
暗闇の中から大人の女性の声が聞こえ180cmはあろうモデルの様な長身に山伏衣装から食み出しそうなナイスバディーの女性がすうっと現れると水恋は凪彩の手を離し出て来た女性に深々と頭を下げ
「お、お母様、た、ただいま戻りました、お体の方はよろしうけう」
母親の突然の登場に緊張したのか水恋が噛むと凪彩はこの人が水恋の母親なのかと認識し同じ様に頭を下げると。
「初めてお目にかかります、京都から来ました妖降士の羽澄凪彩と申します」
「あら、お婿さんって聞いていたけど女の娘なの?水恋たら人間界に行って百合に転向?私は水恋の母親で
母親がやらしい流し目で水恋を見ると
「あ、ち、違います、お婿さんになる人は凪彩ちゃんの中にいて・・」
「中にいる?妖降士・・あーなるほどね・・まぁいいけど今お父さん機嫌が悪いからはなれの家に行きましょう、このまま帰ったら親子喧嘩で済めばいいけど巻き込まれたらこの妖降士さんが危ないから」
水葉が凪彩をチラッとだけ見て振り向くと大きな胸を揺らし松明で照らされた道を歩き出し、水恋は凪彩の手を引くと母親の後を追って行った。
「ごめんね、狭いところで」
水恋が小さな家に入ると先に靴を脱ぎ手招きをすると凪彩も靴を脱ぎ家に上がった。
家は入り口から靴を脱ぎそのまま1段上がると部屋になっていて部屋の中央にちゃぶ台が1つ置いてあり電気の灯りでは無く水恋が妖術で点けた部屋を照らすには十分な光量の灯りが灯り部屋は清掃が行き届いている綺麗な部屋だった。
凪彩と水葉がちゃぶ台を囲んで座ると水恋は座らずに備え付けの棚から箱を取り出すと飲み物を用意し始めた。
「凪彩ちゃん勘違いしないでよ、ここでは若い天狗が飲み物の用意をする決まりなの、決して藤間さん喉乾いたからお茶―なんて事はしないから」
凪彩は向こうでは「していたんだ」と心で突っ込むと
「ところで水恋、本当にこの娘と結婚するのかい?かーさん強奪愛ってのは嫌いじゃないけど」
「だからそうじゃなくて・・もう・・」
水恋は飲み物を出すと今までの話とこれからの話を母親に分かりやすく説明した。
「そう言う事だけど、頼んでおいた物は?」
水葉は胸元から黒い液体の入ったガラスの小瓶を取り出すとちゃぶ台の上に置いた。
「こんなに沢山手に入ったの?」
「かーさんを誰だと思っているの?ただこれに見合った物がこの妖降士にあるのかしら」
凪彩が何故小瓶と私を天秤にかけているか不思議に思っていると地雷帝が話しかけて来た。
「凪彩、あれは
「妖命酒?」
「そう、分かりやすく言えば飲めば寿命が500年は伸びると思ってくれていい」
「500年、こんなちっちゃい瓶で・・」
凪彩はようやく理解した凪彩と寿命500年を天秤にかけられていたと・・
「後は水恋が自分でお父さんに話しなさい、私は帰ってご機嫌を直しておくから、それじゃーまた明日」
水葉は立ち上がり玄関に向かうと扉の前で立ち止まり振り向かずに
「そう言えば羽澄凪彩さん、あなたの中にいる妖の名前は?」
「私の中にいるのは地雷帝と言う名の妖です」
「じ・ら・い・て・い?じらい・てい・・じらいてい・・なるほど地雷帝ね、水恋もとんでもない妖を婿さんに連れて来たのね、明日の楽しみが増えたわよーかーさんは・・フフフ、楽しみにしているは羽澄凪彩さん」
水葉はそう言うとはなれを後にした。
「凪彩ちゃん地雷帝ってかーさんが知っているくらいだから有名なの?」
「私は詳しくは知らないけど地雷帝が水恋のお父さんの事を知っているみたいで」
「そうなんだ、昔に何かあったのかな?」
「明日にならないと地雷帝も教えてくれないって」
「教えないとか意味不明だしーまぁ朝になれば分かる訳だし、疲れたから今日は寝よう」
水恋はそう言うとちゃぶ台を壁に立てかけると押し入れから敷き布団を出すと間を空けずに並べて置いた。
「水恋、何で並べるの?」
「そ、それは・・ほ、ほら人間で言うところの2人は恋人ですアピールだよ、だ、誰が見ているか分からないし・・お、お父様にバレたら大変だから」
慌て誤魔化す水恋を凪彩は腕を組み半目で「じぃー」と見ると
「分かった5cm離すから」
「5cm?」
「10cmにするから」
「はぁ・・いいよ、終わるまでだし」
凪彩がため息を吐きながら言うとパッと明るい顔になった水恋は敷布団をピタッとつけ掛け布団を2枚敷くと「どう見てもそこはおかしいだろう」場所に枕を2つ繋げて並べた。
「これでよしと、じゃー凪彩ちゃんお風呂はそこの扉の中にあるからー入っておいでよ」
水恋が顔を上げ嬉しそうにそう言うと目が攻撃色を放ち仁王立ちの凪彩と目が合い「あ、枕はここじゃなかった」と慌てて言いながら額の汗を拭き本来の場所に移動させるとバタンと扉の閉まる音が聞こえた。
「まったく凪彩ちゃんはジョークが通じないんだから」
水恋が扉の方に向きながらやれやれと言うと扉が少し開き隙間から赤い眼光が現れ水恋を恐怖に追い込んだ。
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