第10話~西の問題児「破壊娘」5~

翌日、府警のお偉いさんの指示で始まった「国民的声優アイドルを救え」プロジェクトが府警公認で妖対策捜査課に立ち上がっていた。


府警からの人員でオフィース渦潮関係の施設を警護し、埼雲寺のどこで仕入れたのか分からない情報を元に凪彩が妖調査に行く事になった。


府警の狙いは「国民的声優アイドルを犯罪者(妖)から救い、警察内外へのアピールをする」と言う事だったが、ただ府警本部から無暗に動員するのでは無く最小限の人員で犯人逮捕をしようとしていて、そこにまだ分からない妖の関与を「関係有り」と前提にして出動回数の減った妖対策捜査課にその矛先を向け・・そして指示を受けた埼雲寺は・・悩む事も無く2つ返事で答えた。


「と言う事だ凪彩君、妖が関わっていてもいなくても犯人逮捕を行う」


「はぁ・・妖がいなくてもですか?」


「我々は市民を犯罪者(妖)の脅威から守るのが仕事だ・・分かるかな凪彩君?当然天駕海恋さんも例外では無いという事だ」


「はぁ・・府警の指示ならやりますが・・どうなっても知りませんよ」


昨日よりはまともになった埼雲寺に説明を受けた凪彩は小さなため息をしながら呆れていた。


「心配するな、今マンションの自動ドアが動画の様に開けられるかどうか調査中だ、もし開けられなければ妖の関与もあり得るから結果が出るまでは妖降術の使用を禁止する、それと私はここで独自・・の調査を行うから後はよろしく」


凪彩はれを通り越していたが一応仕事なので指示に従う事にした。



「羽澄・・さん?何でそんな恰好をしているんですか?それよりもここで何しているんですか?」


翌日、天駕海の前に藤間と同じビジネススーツを着た凪彩が現れると天駕海は半目で突っ込むが凪彩は「ハハハハ・・仕事なんで」と顎を掻きながら答えるしかなかった。


そしてその日から凪彩は天駕海のマネージャー藤間のアシスタント(雑用係)と訳の分からないポジションを与えられ2人に付いて回る事になった。


数日が過ぎ要領が分かってきた凪彩は天駕海の身の回りの準備を淡々とこなし始めた、仕事という割り切りもあり今まで特に会話もなかったが、数日したある日のアフレコ前に控室でブレスケアの準備をしていた凪彩に天駕海が話しかけて来た。


「凪彩ちゃん、毎日毎日飽きない」


「一応仕事ですから・・でもここに来てから色々と新しい物が見れるし、笹川さんも和良橋さんも面白いので飽きる事はないです・・それに天駕海さんのお陰で色々な所に行けるので楽しいです」


「ふーん、そうなんだ」


天駕海はそう答えるとカバンから「ちょーうまい一寸チョコ タラバガニ味」を取り出すと封を開けサクサクと食べ始めた。


「天駕海さん、アフレコ前にお菓子は駄目って藤間さんから言われているのですが・・」


「気にしない、このお菓子があるから頑張れるんだよ、凪彩ちゃんも食べてみる?」


「いえ、味を想像すると危険な香りがするので・・」


「何でみんな同じ様な事言うのかな?美味しいのに・・」


天駕海はジュースでお菓子を流し込むとブレスケアの道具を持ち控室から洗面所に向かうと凪彩は机に残されたお菓子の包装をクルクル小さく丸めると自分のカバンに隠す様に入れると藤間が控室に入って来た。


「凪彩ちゃん丁度良かった、ん?この独特な匂いは・・」


「私が味見に頂きましたので、天駕海さんではありません」


凪彩は入れたばかりのお菓子の包装をカバンから取り出し見せると。


「それならいいんだけど、凪彩ちゃんちょっといいかしら、エキストラの声優さんが風邪引いちゃって、セリフ2個だけだから代わりにお願いできないかしら?代役を探している時間が無いし・・録音してもし監督が駄目って言ったら諦めるから」


藤間はビリビリ娘の台本を開くとそのページを凪彩に見せた、セリフは「キャー助けてー」と「ビリビリ娘が来たからもう安心ね」の2つだった。


「私の声でよかったら」


「本当?ありがとうー助かるわー」


今までの凪彩なら「仕事中なので埼雲寺さんの許可が無いと」と言っていたが、普通にOKした自分に不思議な感覚を感じていると天駕海が入って来た。


「恋ちゃんエキストラの声優さんが来れなくなったから凪彩ちゃんにお願いしたからよろしくねーそれとあのお菓子は危険だから他人に食べさせるのは止めなさい」


藤間は嬉しそうに部屋を出て行きアフレコが始まるといつもはガラスを挟んで反対側の部屋にいた凪彩はその部屋からの目線に緊張が高まっていった。


最初のセリフは始まって直ぐに訪れ「キャー助けてー」は2度取り直しでOKになり2目のセリフまで天駕海のセリフが続き目で台本を追い掛けて行き凪彩の2つ目のセリフがやって来た。


「ビリビリ娘がきちゃからもう安心ね」


「・・・・・」


映し出された映像が止まりスタジオ内に静寂が訪れ凪彩の耳が徐々に赤くなってくると。


「噛んだ?」


「噛んでない」


「噛んでる」


「噛んでない」


天駕海の突っ込みに凪彩は真面目に答えるとスピーカーから。


「はい、羽澄さん今の所をもう一回お願いします」


「凪彩ちゃん・・」


「ごめんなさい、噛みました」


凪彩が耳を真っ赤にしたまま下を向き答えるとそれを見た天駕海は台本を丸めると凪彩のお尻を勢いよく叩いた。


「ヒャッ」


「凪彩ちゃん緊張しすぎ、もっとリラックスして」


「た、叩かなくても」


「私も初めの頃こうやって笹川さんに叩かれて緊張が取れたから」


「だからって・・」


「ヒャッって意外と可愛い声出すんだ凪彩ちゃんは」


「可愛いとか今は関係ないし、それよりそんな顔で言わなくても・・」


半目で口に手を当て意地悪そうに言う天駕海に凪彩は顔を真っ赤にして抗議しているとスピーカーから


「あー2人共そろそろいいかな?」


その後3度取り直してOKを貰い無事に収録が終わると控室に戻りグッタリしている凪彩に天駕海がジュースを渡すと


「お疲れ様・・えーと・・お菓子の事はありがとう」


「お菓子の事?」


「藤間さんに誤魔化してくれたでしょう?だからありがとう・・って」


天駕海はそう言うと口を尖らせたまま耳を赤く染めブレスケアを持ち控室を出て行ってしまい、それを見た凪彩は緊張で枯れた喉をジュースで潤すと「天駕海さん・・収録は終わったから・・もうブレスケアの必要はって・・私もありがとう」と天駕海が出て行った扉に向かい笑顔で言った。


そしてその日を境に仕事終わると天駕海の「仕事でしょ護衛しなさい」と言う名の食事の誘いで凪彩は時間の合う時にはマンションの1階の洋風喫茶店で夜ご飯を食べる様になり、その2人の姿を見ていた藤間はまるで弟を木の陰から見守る姉の様に涙をハンカチで拭っていた。



その後は臨時のアフレコも無く数日が過ぎ凪彩は天駕海の仕事ぶりに驚いていた。


平日は学校に通い放課後と休みの日は声優、アイドルの仕事を淡々とこなし「いつ休むの?」と言いたいくらい多忙の毎日を送っていた。


「藤間さん天駕海さんの仕事ってこんなに忙しいんですね、正直びっくりしました」


「恋ちゃんだけだよ、こんなに忙しいのは・・他のタレントは休みもあるし・・ただ今の仕事量は恋ちゃん本人の要望だから」


「よく体壊さないですね」


「そう、社長も私もそれが怖くて、たまには休んでもいいと言っても学校で寝て休んでいるからいらないって言うし・・心配しているんだけど」


凪彩は「学校で寝るな」と心で天駕海に突っ込んだ。



カーテンを閉め切りPCのモニターの灯りだけが男と部屋を照らしていた。


「恋ちゃん、何で僕をハブるんだ、こんなに大好きなのに・・大事にしているのに・・」


モニターの置かれた机には合成であろう男と天駕海の写真が並び、壁には天駕海の担当したアニメキャラのポスターが壁地が見えないくらい貼られ、男は床に敷いた布団の上にあぐらをかき男女2人の写る写真を見ながら目を血走らせ半泣きしていた。


「こんな生活は嫌だ、いる場所は分かっているのに会えないなんて絶対に嫌だ・・こうなったら会ってちゃんと告白して俺嫁になってもらわないと・・ヒヒ・・ヒヒヒヒ・・」


表現するならアイドルの亡霊に憑かれた異常なファンと言うのが正解だろう。



犯人逮捕どころか有力な情報もなくコンサート開催3日前、埼雲寺は数日前から過去の公開、未公開映像の資料を借り「悶絶」しながら妖対策捜査課のテレビを占領し独自調査と言う名の快楽に浸っていた。


「あーもしもし京都府警の「国民的アイドル天駕海恋を救えプロジェクト」の埼雲寺ですが、藤間さんですか?いえいえこちらこそ貴重なコンサートの映像資料をありがとうございます・・それでですね、お聞きしたいことがありまして時間あれば妖対策捜査課に寄っていただけませんか?・・はい、そうです犯人に繋がるかもしれないので・・はい19時ですね分かりましたお待ちしています、それでは」


電話を聞いていた凪彩は「突っ込み所満載な会話に」心をグッと抑えていた。


「犯人が分かったんですか?」


「分かったと言うか犯人の心理から追ってみたんだ、まずストーカー行為だけど恨み以外で考えるとどう考えてもファンの仕業だと思う・・異論は?」


「無いです」


「では次にこの映像を見てもらおう・・・・お、ここだ、ここ」


埼雲寺はリモコンを操作するとコンサートの映像が流れ遠くから観客席を映す所で一時停止させた。


「凪彩君の目には何が見える?」


「えーと、沢山の観客と・・他には・・」


「まだまだだな凪彩君、こことこことここを見てごらん、周りと比べて何か変だと思わないかな?」


目の悪い凪彩はテレビに近づき埼雲寺が指した場所を見るととある事に気が付いた。


「白い服の集団、赤い服の集団、ピンク服の集団、黒い服の集団ですか?」


「正解だ、まだ私もコンサートには行った事がないのだが・・天駕海恋のファンには2パターンいてアニメのキャラクターから入って来るファンと天駕海恋が好きで来ているファンに分かれる、熱血なファンの間ではその服を正装と呼んでいるらしい」


「なるほどー」


凪彩には理解出来なかったがそう答えると


「白はファンタジーアニメ白き樹神兵アルシュールの神官役リーナ、赤はスポコンアニメ炎のスイマーの天然マネージャー役の天葉てんば芽衣めい通称テンちゃん、そして今一番勢いのあるビリビリ娘がピンク色で黒は黒い服が好きと言った天駕海恋・・と言うわけだ」


「服の色で何処のファンか分かるって事ですか?」


「正解だ凪彩君、そこで何か気が付かないかな?」


凪彩は眼鏡を押し埼雲寺の問いかけに首を傾け考えるとある事を思い出した。


「あー黒のジャンバーに黒い帽子の変態」


「この暑さにも関わらずあの恰好、おかしいと思わないか?」


「言われてみれば確かにそうです」


埼雲寺は細い目を光らすと拳を握りこう付け加えた


「確定ではないが犯人に近づいたと私は確信している」


「おぉーさすが埼雲寺さん」


凪彩は「黒い服」のキーワード以外の事は理解出来なかったが、埼雲寺の迫力に小さく手を叩いて褒めた。



時間は19時、仕事が終わった藤間が天駕海恋を連れて妖対策捜査課に現れた。


「「こんばんはー」」


「どうぞ、スリッパは適当なの履いて下さい」


スリッパを履いた2人が現れると凪彩がいつもの窓際のテーブルに案内しお茶を取りに冷蔵庫に向かいながら


「埼雲寺さんペットボトルのお茶しかないですけどいいですか?」


「・・・・・・・・」


冷蔵庫からペットボトルを取り返事の無い埼雲寺の机に行くと微動だにしないで時が止まった埼雲寺が頭から大量の汗を流していた。


「埼雲寺さん?・・・・えい」


「お、おう、大丈夫だ、心配無い・・まだ生きている」


「藤間さんと天駕海さんが来ていますよ」


冷えたペットボトルを額に当てれられ体をビクッとさせ時が動き出した埼雲寺は意味不明な事を言うと大量の汗をタオルで拭いているとクスクス笑う声が聞こえて来た。


「駄目でしょ笑っちゃ」


「だって・・クククク」



凪彩と埼雲寺が席に着くと


「いや、天駕海さんまで来るなんてびっくりしました」


「恋を送る途中にこちらがあってマンションまで送ってまたここに来るならって」


「そうですよね天駕海さんを1人にするならここにいた方が安全ですし・・私も嬉しい・・じゃなくて、来てもらったのは他でもありません、もしかしたら犯人に繋がるかもしれない情報があったので意見を聞こうと思いまして」


埼雲寺はそう言うと凪彩に説明した事とまったく違った事を長々説明し始めた。


「・・・という訳で正直捜査が行き詰っていてストーカーが現れる前辺りで天駕海さんでも藤間さんでも会社の方でもいいので何か心当たりが無いかと思いまして・・この手の犯罪のタイプは親密追及型の精神病系と思われ分かりやすく言えば・・・・・・・」


埼雲寺が顎に手を当て天井を見ながら焦らす様に言わないでいると黙っていた天駕海が急に立ちあがり机を叩くと


「埼雲寺さんは何が言いたいんですか?」


「恋、何しているの失礼でしょ」


急に立ち上った天駕海に驚いた藤間が慌てていると


「藤間さん、いいんですよ、言葉を選んでいたので・・そうですね・・デブ型妄想変態系が一番近いですかな?ハハハ我ながら最高ですなー」


埼雲寺の高らかに笑う声が部屋に響くと天駕海は埼雲寺を睨むと藤間を置いて部屋を出て行ってしまい藤間は「すいません」と頭を下げ天駕海の後を追って妖対策捜査課を出て行ってしまった。



埼雲寺と凪彩が天駕海と藤間の2人が幼稚園の出口から出たのを確認すると


「凪彩君にも見えたでしょ?前に来た時にはいなかったんだけどな」


「はい、確かにいました、私も仕事で同行していた時にはいませんでした・・」


埼雲寺は目より太い眉を歪ませると


「まさか相手むこうから結界に入って来るなんて思ってもしていなかったよ」


「はい、2人が部屋に入って来た時に分かりました・・けど藤間さんか天駕海さんのどっちか私には分かりませんでした」


「何かの妖術なのか遠隔操作か何かで本体はここには居ないだろうけど・・憑いているのは間違いなく天駕海恋の方だね、最近こちらの行動を知っているかの様にピタッと動かなくなったからおかしいと思っていたんだよ」


「それよりいいんですか?相当怒っていますよ」


「私の影結界に気づかない妖程度なら1人でも相手出来るだろうし、どーせなら怒ってここに来てくれないかな」


「そうですね、どうせなら・・!?って私に相手させるつもりですか?」


「ん?だってここに住んでいるのは凪彩君だけで・・あ、もうこんな時間じゃないかーそろそろ帰らないと・・それから外の結界は張っておくからーそれじゃー来たら後はよろしくー」


埼雲寺は笑顔で時間を確認するとカバンを手に取り手を上げ妖対策捜査課を後にすると自宅兼事務所に1人残された凪彩は「この薄情上司」と呟いた。


残された凪彩は園内の戸締りを確認すると園庭の外灯を残し電気を消すと元園長室の自室に戻りもしもの為の準備を始めた。



天駕海に追いつき息を切らした藤間が腕を掴み止めると天駕海は虚ろな目で体を左右に揺らしていた。


「恋ちゃん大丈夫?さっきはどうしたの・・恋ちゃん?」


藤間が何度か名前を呼ぶと天駕海が我を取り戻すと。


「あれ?藤間さん私何で?タクシーに乗って・・あれ?頭が痛い・・」


「え、頭がいたい?救急車を呼ぼうか?」


頭を押さえしゃがみ込んだ天駕海に危険を感じた藤間が救急車を呼び天駕海は近くの病院に運ばれて行った。



カーテンを閉め切り部屋に灯りは無くPCのモニターの灯りだけで照らされた男はPCで京都府警のHPから妖対策捜査課を調べていた。


「何なんだあいつら、俺には意味わからないよ、こっちの事を知ってそうだったし」


男は府警のHPから大した情報が得られなかった男は検索サイトを駆使したが妖犯罪を取り締るという事だけで欲しい情報が手に入らなかった。


「俺どうすればいいんだよ、そうだ俺は妖じゃないから捕まらないだろうハハハ・・」


男が自分に言い聞かせていると頭の中にトーンの高い男の声が聞こえて来た。


「どうした小僧、心配事でも出来たのか?それよりお前の彼女は元気にしているか?」


「それどころじゃないよ、お前から貰った玉で恋を監視していたら警察が動いていて・・それより何処に行っていたんだ、警察が出て来てから何回も呼んだのに」


男はモニターの前で半泣きで頭の中に現れた妖に訴えると


「すまん、すまん、お前の願いを叶える為に力を蓄えに行っていた」


「じゃー」


男は腕で顔を拭くと目を見開き答えると


「そうだな、お前の彼女が誕生日コンサートを行うだろう?当然知っているな」


「あぁ隣の県でやるイベントだ」


「何で誕生日にわざわざイベントをすると思うか分かるか?」


「誕生日をファンと一緒に祝って・・」


男は当たり前の様に答えると


「小僧、お前は馬鹿か、彼女はいくつになるんだ?」


「彼女は18歳になる」


「そうだ18歳だ・・人間の18歳と言えば何が出来るんだ?」


「・・・・」


男が悩んでいると妖が男の手を操って「18歳になったら」と検索させると更にマウスを使い「現在の法律では女性は18歳になったら結婚が出来る」と言うサイトを開いた。

「そう言う事だ小僧・・彼女はお前の前で18歳になりお前を待っている、そして2人の幸せをみんなに祝ってもらいたいじゃないのか?」


「あ、あぁ、そ、そうか、そうだったのか・・俺と恋がみんなに祝福される・・その為のイベントだったのか・・」


息を荒くしながら妄想と言う名の自分だけの現実に入ると


「いいか小僧、イベント当日まで動くんじゃないぞ、俺がお前の心配を取り除いてやる」

妖はそう言うと男の中から消えて行った。



田舎の夜は早い・・人々は早々に家に入り21時を過ぎればもう外には誰の姿も見えなくなり、妖対策捜査課の畑を挟んだ周りの民家も早々に灯りが消え道を照らす街灯だけが地面を照らしていた。


街灯の光が届かない妖対策捜査課の裏の畑に赤い目を2つ光らせ鎧兜を着た2mを超える鎧武者が静かに1人立っていた。


武者は鎧の継ぎ目から瘴気を漏らしながら腰の刀を金属の錆びた音を立てながら抜くとゆっくり地面に突き立て「仲間を助ける為に戻って来たのに・・これ以上人間に邪魔はさせない」と言い骨の手を上げると畑の中から次々と骨の手が飛び出し、刀を片手に鎧を着た者や槍を持ち体の骨を剥き出しにした者と様々な格好をしていた亡霊武者達が姿を現した。

最初にいた鎧兜が刀を抜き幼稚園に向けると地面を滑る様に武者軍団がゆっくりと音も立てずに幼稚園に向かって動き出した。



就寝して数時間後埼雲寺の影結界に反応があり凪彩は目を覚ました。


「来た・・1,2,3,4、5・・・・いっぱい」


埼雲寺の作った大きめの呪符に妖が影結界を通った数の黒い点が現れるとその数を増やし黄色の呪符がほぼ黒に染め上げられていった。


凪彩は眼鏡を押し半目で黒くなった呪符を見ながら「これ・・私が1人でやるの?」と思いながら予め呪符を入れておいたベルトポーチを腰に絞めるとゆっくりとドアを開け妖視で暗い廊下を確認し元職員室を抜け園庭が見える窓下に滑り込み隠れるとゆっくり頭を上げ外灯が照らす園庭を見渡した。


「まだ園庭には入っていないけど・・嫌ってくらい入口にいる」


幼稚園の周囲には埼雲寺が帰り際に張った強力な影結界があるが入り口の門にはあえて弱い結界を張り妖が入りやすい様にしている。


凪彩はしゃがんだまま部屋の入口に移動するポーチから呪符を数枚取り出すとその時を待った。


入り口に集まった鎧武者達が遂に弱い部分の結界を破り園庭に侵入を開始すると凪彩はドアを開け園庭に飛び出し妖の前に立ち構えると


羽澄流奥義はすみりゅうおうぎ 妖降術ようこうじゅつ 出ろ!地雷帝じらいてい!妖狩りを始めるが如何に」


「了解した、妖狩を始める」


「羽澄流 破潰脚術はかいきゃくじゅつ 地柱壁ちちゅうへき


体に電気を纏い宿る妖の同意を得ると凪彩は足でトントンと地面を踏むと妖達を挟む様に地面から斜めに壁が生え数匹の妖が通れる程度の屋根のトンネルを造ると呪符を持つ手を横に振り呪符をトンネルに向けて投げると呪符がトンネルの外側に貼り付き妖が通れるトンネル結界を作った。


「羽澄流 破潰脚術 雷刃脚らいはきゃく


トンネルから出て来た数匹の鎧武者を確認した凪彩は膝を曲げ体の重心を前に倒すと地面を蹴り地面と平行に飛ぶと足に電気を集中させ先頭の鎧武者を飛び蹴りで倒すとしゃがむ様に着地し右足を振り左にいた鎧武者の足を破壊するとそのまま左足をバネが伸びる様に伸ばし体を捻り上げ回し蹴りで武者の頭を砕いた。


「京都府警 刑事部 妖対策捜査 第1課 所属 羽澄神社 羽澄凪彩、対妖法に基づき不法侵入及び器物破損の現行犯で逮捕する、あなた達には3つの権利と供述は法廷であなたに不利な証拠として用いられる事がある、ただし妖には場合と状況によっては適応しない」


「こいつらにそれは必要なのか?」


「一応ルールだし、埼雲寺さんが言っておかないと後々面倒だからって・・」


「・・この世界の対妖刑事という職業は命の保証も無いのに無駄な事を・・ただこの世界で妖でありながら対妖刑事と呼ばれるのはムズムズする」


地雷帝の宇宙人的突っ込みにも動じず、その後も続々と現れる妖を凪彩は破潰脚術で蹴り倒し死体の山を作り上げた。


「はぁはぁ・・切りが無い」


トンネルから出て来る妖が止まると凪彩は構えたまま肩で息をしながら妖の死体の山を見ながら宿る妖に声を掛けた


「地雷帝、不味いかもしれないけど食べる?」


「腐っていて不味そうだが・・食わしてもらおう」


凪彩は両手を開き死体の山に向けると手がグニャっと丸まり別々の髭を生やした黒い魚の頭を形取ると魚は口を開け死体の山から妖力を吸い始めた。


「最悪の味だが、無いよりかはましだな」


魚の手が愚痴をこぼすと妖力を吸われた死体の頂きは低くなり、代わりに凪彩の体の電力が増し元の手に戻った凪彩は眼鏡を押し戦闘態勢を整えた。



凪彩の実家である羽澄神社は海上に建てられた有名な神社と同じく規模は小さいが湖の上に建てられ全国でも珍しい神を祀っている、通常1神を祀る所は多いが羽澄神社の場合2種類の神を祀っている。


今風の名前で言うなら「電気ウナギ」と「地震ナマズ」であり羽澄神社の門の守護像には狛犬などの獣では無く「ウナギ」と「ナマズ」の守護魚像が並んで立っている。


羽澄神社に残る伝書では電気を放つ魚の妖と地震を起こす魚の妖がこの地方で退治されこの湖に封印安置されていると言われている。



一時止まっていたトンネルからの侵入が再開され心太ところてんいた様に出て来る妖に後退しながらの戦いになると、今までモグラ叩きの様に出て来た妖を叩いていたが叩けずに横の漏れ出し徐々に「正面だけ」から「正面と横」と対応する範囲が広がり始めた。


「いい傾向ではないな・・このままでは妖狩ではなく人狩になってしまうぞ」


「分かっている、黙って」


凪彩は羽澄流 破潰脚術では支えなどの補助でしか使わない腕を防御に使い宿る妖を制すると多くなってきた妖を見ながらポーチに付けているある物を取ろうと手を伸ばし


「羽澄流 破潰脚術 雷水流撃らいすいりゅうげき・・・・・あ、水筒忘れた」

(今日の水筒は飲み水用では無く地雷帝の力で圧縮された大量の水が入っていた)


凪彩の一瞬の隙を妖は見逃さすほど甘くは無かった、凪彩は同時に来る攻撃を致命傷になる場所を除いて受けると錆びた槍が体を切り裂き錆びた刀が腕を貫いた。


「グッ・・」


顔が歪み痛みに歯を噛むと動きの止まった凪彩に攻撃の第2波が襲って来た。


「こ・ん・な・所で・・」


凪彩は刺さった刀を掴むと刀の持ち主を上段蹴りで倒し第2破の攻撃を高く飛び避けると歯を食い縛り体の電気を刀の刺さった腕に集中させた、刀からバチバチと音を上げながら大量の放電が始まり刺さった刀が電解され徐々に粉々になっていったが刀を通して凪彩の体にもその電気が流れていた。


地に足が着いていれば余計な電気を漏電させる事が出来たが、空中ではそうもいかず自然に空気中に放電させるしかなく思った以上に残った電気に今にも意識が飛びそうになっていた。


「い、意識が・・」



幼稚園が見える送電塔の上に黒と赤の狩衣を着た埼雲寺が錫杖片手に座り片膝にひじを立て手に顎を乗せ下に見える戦場を眺めていた。


「籠城もいいけど、あれじゃー体力がいくらあったて持たないよ・・って相も変わらず無茶苦茶だね凪彩君は・・外のアレを何とかしないと・・」


埼雲寺が目線をずらすと幼稚園の裏で次から次へと死人兵士を呼び出す他より大きな鎧兜がいた。


「さてと、中は任せて外のをっと」


埼雲寺は「よっこいしょ」と立ち上がり懐から呪符を取り出し呪文を唱えると足元に魔方陣が現れ影伝いで下に降りようと魔方陣に乗り腰まで沈んだ時にとんでもない物が目に飛び込んで来た。



このまま落下して妖の餌になるまいと食い縛る歯を強め体に力を入れ意識をギリギリで保った凪彩は落ちながら園庭にある物を見つけた。


「み、水が・・あった」


この状況をひっくり返せるかもしれない希望に意識が戻ると


「いるか地雷帝」


「このまま落下してあいつらの餌になるくらいならこの場でお前を食べようかと思っていたところだ、電気焼けでいい感じになっているからな」


「・・・」


お互いを確認すると凪彩は電気の縄を使って園庭にある施設の前に着地すると


「グッ・・・・痛いなんて言っていられない・・地雷帝こいつを持ち上げる」


「何をするつもりだ?」


「地雷帝最大震度だ!」


着地した衝撃で腕の痛みが走ったがそれを堪えると右足を壁にある排水溝の穴に差し込んだ。


「ゴゴゴ・・・」と地響きが鳴り施設の床にあたる地面が1m程陥没し施設を配管と足で宙に浮かせた状態になった。


事に気付いた妖が凪彩に向かいゆっくり歩き始めると凪彩は足に力を入れ「増妖術 大解放」を唱え体全身に力を込め足で施設を押し上げたが施設が少し上がったところで配管が「ギーギー」音を立て持ち上げる邪魔をしていた。


「は、い、か、ん、邪魔―」


凪彩は片手に電気の綱を作り配管に向けて投げると配管に絡ませ引き千切ると水が噴き出した、邪魔になる最後の配管を切ると施設の全ての重さが凪彩の体に伸し掛かって来た。

「羽澄流 破潰脚術 大地柱壁」


凪彩は電気を地面に広げ反発力を作ると支える左足を上げ排水溝の穴から右足を抜くと両足で地面を強く踏んだ。


「飛んでけーー」


地面から大地柱が飛び出し反発力で浮いている施設を水平に上空に打ち上げた。


施設は内蔵された水をそのままで上がる力が止まると地面から飛んできた凪彩の飛び蹴りで床裏から破壊されると内蔵された水が幼稚園上空でまるで花火の様に散らばった。


凪彩は施設を破壊した反動で体を反転させると園庭にところ狭しと妖がいる中心に降りた。


「凪彩私流 秘奥義 雷水流撃らいすいりゅうげき


術を唱えると同時に散らばった水が雨の様に降り出し凪彩を中心に纏う電気が雨を伝いまるで稲妻が走る様に広がると妖を次々と貫き園庭と雨の降る範囲の妖を一掃させた。


「ふぅ、プールが無かったら危なかった・・」


凪彩は妖探波を使い周りに動いて攻撃の意思がある妖がいないのを確認すると濡れてドロドロの地面に尻もちを着くと痛む腕を支えながらそのまま後ろに倒れた。



魔方陣に腰まで沈んだ埼雲寺はそのままの体勢を維持しながら細い目を点にしながら


「このまま下に降りていたら私も危なかったね・・」


幼稚園の裏で死者を呼び出していた鎧兜も含め全ての妖は倒れ、昼間大合唱をしていたセミも「ジジジジ・・」と弱く鳴き、そこにいた生物の焼けこげて嫌な匂いをさせていた。


埼雲寺は行先を園庭に変えると凪彩の近くの影から浮かび上がると、その気配に凪彩は体を半分起こしたが埼雲寺だと分かると女の子座りをして頭を掻き始めた。


「凪彩君、裏にね・・・」


「すいませんプール壊しちゃいました」


埼雲寺の話を待たずに凪彩が謝ると。


「そうじゃない、裏の畑で妖の親分が妖の子分を大量生産をしていてだな・・」


「えーそれでいつまでも経っても減らなかったんですね・・」


凪彩は半目に涙を浮かべ埼雲寺はヤレヤレと手を広げると


「まだまだ周囲に目が配れていない証拠だ、大阪に戻って父上に再修行をだなー」


「そ、それだけは絶対に嫌です・・戻るくらいならまだ妖に食べられた方がマシです」


凪彩は腕の痛みを忘れて大粒の涙を流し埼雲寺に訴えた。

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