第8話~西の問題児「破壊娘」3~

太陽系の中心に君臨する紫外線番長こと「お日様」は今日も最高の笑顔で周りを周回する星々に鍛え抜かれた暑い眼差しボディーを24時間惜しみも無く披露していた。


妖対策捜査第一課のある元幼稚園はお日様の鼻息の様な生温かい風が吹き、毎年繰り返し行われる誰が1番煩く鳴くかを決めるアブラゼミのコンクールが今年も行われ、夕方になると煩いコンクールの終了が近づくと今度は「これより夜の部」とばかりにヒグラシ達が鳴き始め薄暗くなった空に向かって深夜まで鳴き続けた。


大阪府警との事件解決後から京都府警管轄の妖事件件数が減り、特に妖力の弱い妖によるいたずら程度の事件がほぼ無くなり出動回数の減った妖対策捜査第一課の凪彩と埼雲寺の2人は机に聳え立つ書類の山を小高い丘程度まで片付ける事が出来た。


エアコンが効いた元職員室で頭に汗を滲ませ埼雲寺は細い目でパソコンを無言で見ていた、その画面には隣の県で行われる声優でアイドルの「天駕海あまがみれん」の野外コンサートの追加チケット購入ページが表示されていて販売開始まで後60秒・・59秒・・58秒とカウントダウンがされていた。


「当日の開始は19時か・・午後の府警の会議を仮病で途中退場すればギリギリ間に合う・・か」


埼雲寺は手帳を開きその日の予定を確認すると、既に登録情報を打ち込み購入ボタンを押すだけの画面に目を移すと頭に流れる汗をそのままにカウントダウンを始めた画面に集中した。


「5、4、3、2、1、0・・」


埼雲寺は予めカーソルを購入ボタンに合わせおいたマウスのボタンを押した。


「只今アクセスが集中しています、ただいまアクセスが集中しつながりにくい状態です。誠に申し訳ございません。しばらく時間をおいてから再度ご利用ください」


その画面を見た埼雲寺は本当に開いているのかと思うぐらい目を見開き、マウスを素早く動かすと別ウィンドに用意していた購入画面を開き購入ボタンを押した。


「只今アクセスが集中しています、ただいまアクセスが集中しつながりにくい状態です。誠に申し訳ございません。しばらく時間をおいてから再度ご利用ください」


埼雲寺はそれから何度か購入を試みたが1分もしない内に「チケットの売切れ」画面が表示されると立ち上り園庭が見渡せる窓までゆっくり歩くと顎に手をあてながら細い目で遠くの夕日を見ながら「今回も・・やっぱり駄目だったか・・神(髪)は私をお見捨てになったのか・・」と寂しそうに頭から流れ落ちる汗で泣くとガラガラと扉が開く音と共に凪彩が入って来た。


「おはようございます・・・・って埼雲寺さん?何かあったんですか?ま、まさか左遷?」


いつもなら席に着きパソコンか書類のどちらかと睨めっこしている埼雲寺が夕日を見て黄昏ている異常事態に凪彩はスリッパも履き替えず問うと


「いや・・何でもないよ・・左遷って・・ここ以上の左遷先はないよ」



京都府警 妖対策捜査第一課は大都市(東京の第1・第2、大阪、名古屋、福岡)と本州から離れていると言う理由での北海道の5か所より後に作られ「大阪府警の出張所」か「土地柄もあり妖軽犯罪処理場」などと言われていた。



凪彩が席に着くと小高い丘を平地にするべく書類に目を通し始め1時間が過ぎても埼雲寺は窓から離れず微動だにしていると、埼雲寺の黒電話が鳴り出したが埼雲寺は聞こえないのか反応がなかった。


「ジリリリリーン・・ジリリリリーン・・」


「埼雲寺さん電話ですよー・・埼雲寺さん?・・で、ん、わー鳴っていますよー」


凪彩に呼ばれ鳴り響く電話の音にようやく現実に戻ると埼雲寺は机に向かい電話を取ると。


「あー、えー、はい、妖対策捜査第一課・・です・・あ、はい・・すいません・・この後18時からですか?・・分かりました」


埼雲寺は気の抜けた応対に怒られたのか電話の相手に謝りながら頭を掻くと電話を置いた。


「どこからですか?」


「府警のお偉いさんからで・・ここにお客さんが来るそうだ」


埼雲寺が時計を見ると17時を少し過ぎたところだった。


「お客さんが来るなんて珍しいですね、私は宿題があるので、これで・・」


凪彩は書類を整え立ち上がると


「凪彩君も同席してもらうよ」


「え?何で私が?埼雲寺さんにお客さんが来るんでしょ?」


「仕事だよー仕事・・内容を私が聞いて内容次第だけど凪彩君に話して実行部隊として行ってもらう訳だから・・どうせいるんだから一緒に聞かないと時間の無駄だよね」


「・・・・」


凪彩は眼鏡を押し無言で座ると「結局行くのは私なんだ」と思いながらカバンから宿題のプリントと教科書を取り出し教科書を開き宿題に取り掛かった。



時刻は17時50分、1人の女性が妖対策捜査第一課に訪れて来た。


女性は紺のパンツスーツに白いシャツ姿、首後ろで纏めた黒いロングヘアー、手には使い込まれた革のビジネスバッグを持っていた。


セーラー服姿の凪彩が出向くとその姿に最初は戸惑っていたが、パーテーションで仕切られた打合せスペースで話を始めると気にする様子も無くなった。


「オフィース渦潮うずしおから来ました藤間ふじま 香織かおりと言います」


「ここの管理をしています埼雲寺正義です、お話は府警の方から伺っています」


埼雲寺と藤間が挨拶と名刺交換が終わり席に着くとお盆にペットボトルのお茶を乗せた凪彩が現れると。


「この娘が羽澄凪彩でこんな格好していますが・・ようこう・・陰陽師です」


妖降士・・・の羽澄凪彩です」


凪彩は笑顔でお茶を置きながら妖降士を強調し挨拶すると


「妖降士って言ったって分からないだろう・・」


「元は同じ陰陽師かもしれませんが、私の術職業は妖降士ですから、埼雲寺さんだって陰陽師って言っているけど本当は影法術士えいほうじゅつしじゃないですか」


「影法術士って言ったって藤間さんが分かる訳ないだろう、ですよね藤間さん」


埼雲寺は頭を掻きながら言うと凪彩がお盆を抱きながら反論を始めるとそれを眺めていて急に埼雲寺に話を振られ藤間は思わずプッと吹いてしまった。


「ご、ごめんなさい、親子喧嘩に見えてしまって」


親子と言われた凪彩はお盆で埼雲寺を指すと半目で


「1時間も夕日を見ながら黄昏る埼雲寺さんがお父さんだなんて嫌です」


「ちょ、ちょっと、こ、こら止めないか恥ずかしいじゃないか」


埼雲寺が凪彩に手を振っている姿を見ながら藤間は警察に相談に来ているはずなのに高校の親子面談をしている教師になった気分になっていた。



凪彩も席に着き落ち着いたところで


「それで藤間さん、ここに相談があると聞いていますが」


「はい、府警に相談したら偉い人が出て来てこちらに行ってくれと・・」


「あ・・あー偉い人ですね、はいはいそれで」


埼雲寺は府警からの電話の主が多分この偉い人なんだろうと思うと


「うちに所属しているタレントがファンからのストーカー被害にあっていて、最初にマンションの近くの警察に相談に行ったのですが話をしたら府警に行ってくれと言われ府警に行ったら今度は・・」


「なるほど、ストーカーですか・・ストーカーなら・・」


顎を触る埼雲寺と眼鏡を押す凪彩が同時に「府警の管轄」と思っていると


「まずはこれを見て下さい、そうすれば私の言っている事が分かると思いますから」


藤間は小型のポータブルプレイヤーをバッグから取り出すと机に置き電源を入れ再生ボタンを押した。


映像が始まるとどこかの防犯カメラの映像でカメラには閉じられたガラスの自動扉と壁にあるカードリーダーが映されていた。


「これはタレントの住むマンションのエントランスで扉はカード式のオートロックです」


「見た目はよくあるオートロックマンションですな」


「はい、でもカードリーダーはカードを通した後に暗証番号を入れるタイプで、もし他人がカードを取得して侵入しようとしても暗証番号が分からないと扉は開きません」


「なるほど、そうすると住人と一緒に入る事くらいでしか・・」


「埼雲寺さんこの後ですストーカーが現れるのは」


画面を見ているとジーパンに黒いジャンバー、黒い帽子をかぶった小太りの男が現れ周囲を確認しカードリーダーに手を当てるとガラスの自動扉が開き男は難なくマンションに侵入した。


「開いたねー」


「開きましたね」


埼雲寺と凪彩が当たり前の様に開いた自動扉を見た感想の様に言うと画面が切り替わり今度はマンションの通路のカメラ映像が映った。


「通路は行き止まりで一番奥の部屋がタレントの部屋です、男がエレベータから降りてきますので」


画面の通路に男が現れ速足で通路を歩き突き当りのドアの前に止まるとしゃがみ込みドアポストを除き少しすると周りを確認して今度は鼻をドアポストに突っ込んで動かなくなった。


「何をしているんですかね?」


「そうだね・・匂いを嗅いでいると思うよ」


凪彩の質問に埼雲寺が細い目を「キラーン」と光らせ自信をもって答えた。


「匂いって・・変態じゃないですかこの人」


「だからストーカーなんだよ凪彩君」


「気持ち悪い・・」


凪彩の異性を拒絶した渋い顔で言うと画面の男が鼻を離し大きく深呼吸するとジャンバーのポケットから何かを取り出しポストに突っ込むと立ち上がりエレベータを使い中からは開く自動ドアを抜け走り去った。


「自動ドアが何故開いたかは分かりませんが管理会社が言うにはこの時間には扉が開いた記録は無かったそうです」


埼雲寺は顎に手を充て考えると


「犯人がポストに何か入れていましたが」


「それが本人に聞いても何も無かったそうなんですよ」


「何も無かった?なるほど・・扉の開け方は分かりませんが府警がこちらに話を振

ったのは何となく分かりました、羽澄君、早速ですが藤間さんの話を聞いて場合によっては現地調査に行ってくれたまえ」


「今からですか?」


「市民の安全を守るのが私達の仕事ですよ、藤間さん後の事は羽澄とお願いします・・あ、あー心配しないで下さい、羽澄はこれでも空手の有段者でストーカー男の数十人位なら1人で十分ですので、では」


埼雲寺は話を凪彩に丸投げすると席を立ち行ってしまった。


「藤間さん、すいません今ここで動けるのが私だけなので」


「いえいえ、調査していただけるだけでも助かります、それでストーカー行為がなくなってくれればいいと思っていますし・・」


「あんな変態が近くをウロウロなんて・・恐怖以外の何物でもないですよね」


凪彩は被害届兼報告書と書かれた書類を挟んだバインダーを取り出しながら言うと。


「それで詳細なのですが、まずはタレントさんの名前と年齢を・・」


凪彩が藤間と詳細について話しをしていると「ガラガラ」と扉の開く音が聞こえ


「すいませーん、オフィース渦潮の者ですがーうちの藤間さんが来ていませんか?看板あるけどここって本当に警察なの?住所合っているし?すいませーん」


「丁度来たから紹介するわ、れんちゃんこっちよーこっち」


藤間は立ち上がるとパーテーションから首を出し少女に手招きをした。


少女はセミロングのストレート茶髪に黒色のワンピースで凪彩にはどこにでもいる普通の少女にしか見えなかった。


凪彩、藤間、少女が席に着き挨拶が終わると


「改めまして、タレントさんの名前と年齢をお願いします」


「名前は・・えーと本名の方がいいのかな?」


藤間が顎に指を添え少女の方を見ながら言うと少女は首を傾げ


「いえ、普段使っていて慣れている名前でいいです」


凪彩が書類を見ながら答えると


「あ、それなら名前は天駕海あまがみれんでお願いします」


「あまがみれん?どんな字を書きます?・・いや漢字は後程で・・年齢は?」


凪彩が書類に「あまがみれん」と平仮名で書き込んでいると


「年齢は今月行われる野外誕生日コンサートで18歳になる現在17歳の高校生、声優を主とし現在はタレント業もこなしテレビにも多数ゲスト出演、初アルバム(あなたの心を甘嚙みしちゃうぞ(⋈◍>◡<◍)。✧♡)の円盤販売とDLの総数は5万を超え現在も売れている、そして春から始まった3大都市+1野外のツアーチケットは追加販売も含め今日までに全て完売・・好きな食べ物はジャンク菓子で特に「ちょーうまい一寸チョコ タラバガニ味」、嫌いな物は青魚全般、好きな色は黒・・ちなみにCDは3枚(視聴用、観賞用、保存用)を購入、着信音用はDLしましたが・・残念ですが恥ずかしいので使っていません」


埼雲寺が説明しながらお茶を片手に現れるとお茶を天駕海の前に置き凪彩を奥の席に行かすと天駕海の前の席に座ると


「天駕海恋さんにストーカー・・気持ちは分かりますが・・ファンとは言え行き過ぎた行動は慎んでもらわないと・・それに他のファンに迷惑をかけては駄目です・・あぁ、申し遅れました、ここの課長をしています埼雲寺正義です」


凪彩、藤間が唖然としていると天駕海が笑顔で顔を傾け


「ありがとうございます、埼雲寺おじさん」


埼雲寺は普段なら「おじさん」と呼ばれると怒るが今日は何故か細い目がとても嬉しそうだった。


「動画は拝見しました、ストーカー男が一般人であろうと妖だろうと必ず逮捕します・・警察としても1ファンとしても・・見過ごすことは出来ませんから」


凪彩は埼雲寺の良く分からないやる気に


「埼雲寺さんこの件は私が・・」


「1人より2人がいいさ、2人より3人がいいって言う歌を知らないのか凪彩君?人数が多ければ解決も早くなる」


埼雲寺が指を1本2本3本と立てながら言うと凪彩は「いや、ここには3人いないから」と心で突っ込むと


「初動捜査は羽澄がやってくれ、私は・・後で合流する、それでは」


埼雲寺は机に置き忘れた藤間の名刺を取ると席を立ち会釈をすると自分の席に戻って行った。


「何で俺は気付かなかったんだ、オフィース渦潮って言ったら・・天駕海恋の所属事務所じゃないか・・そんな初歩的な事を忘れるなんて・・」


埼雲寺は席に座るとパソコンの画面を見ながら己の失態に猛反省をしていた。



打合せが終わると藤間と天駕海はこの後まだ仕事があると言い会社の車を呼び行ってしまい、凪彩はマンションに行く為に許可を取ろうと埼雲寺の所に行くと


「埼雲寺さん・・」


「凪彩君、それ以上は聞かないでくれ野暮だから・・」


埼雲寺はパソコンを見ながら凪彩を手で制すると


「今からマンションに行ってみようかと思って・・」


「あ、マンションの方ね・・いいよ、気を付けて」


凪彩は埼雲寺に色々と突っ込みたかったが、今日の埼雲寺は「変」という事だけで止め、タブレットを充電器から外しマチの大きなポーチにしまうと肩に掛け自慢の脚力を使い自転車「普通のママチャリ」で現地に向かった。

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